第九十六話 服を買いに行く
ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
外部生の今までの生活や、生い立ち、過去などについては、あまり深入りして詮索するなと先生方から強く言いつけられている。それも、かなり真面目な口ぶりでだ。
どうも外部生の境遇はかなりハードらしく、気軽に触れるようなものではないらしい。
実際一年の頃に入ってきた外部生達は、どいつもこいつも雰囲気がただならぬ人ばかりだった。いくらノンデリな俺でも、流石に聞けないほど。
ただ、最近俺も少しずつ外部生と仲良くなってきたので、本人達からちょくちょく、それぞれの生い立ちなどが語られるようになってきた。
例えば外国人美少女なんかは「長年孤児のリーダーとしてたくましく暮らしていた」とか。
例えば宇宙人美少女なら「母星を守るために帝国に人質となり、ずっと心を殺して生きてきた」とか。
例えば古風転校生なら、「一人のある女によって親兄弟が全員殺されてしまい、復讐だけを心の拠り所にして生きてきた」とか。
俺が過去を知っているのはこの三人くらい。
な? 触りだけでも、なかなかのハードさだろ?
でも安心してくれ。こういう問題の一つ一つを、主人公君が人知れず解決しているからさ。外国人美少女なら今では母がいるし、宇宙人美少女は温かい家族と再会できているし、古風転校生は一対一でその女をみねうちで倒したうえで、罪を償わせているらしい。
そして、この外部生三人は、共通してこんなことも言っていた。
『翼のお母様に導かれてこの高校に入学することになった』
うーん、主人公君のお母様、何者なのだろう。そして、そもそも外部生が暮らす世界観って、どうなっているのだろう?
とりあえず外部の世界でも男女比が【男1:女5】であることだけは確からしいが……
うん、柄にもなく考え込んでしまったな。
こんなこと考えても、スケールが大きすぎて俺にできることはない。だからこそ、俺は仲の良い人達が少しでも幸せに暮らせるように、普通に心を通わせていきますかね。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
今日はゲーマーお姉さんと服の買い物へ行く約束の日だ。
待ち合わせ場所にて。五分前に着いた俺は、すでに待っていたゲーマーお姉さんに笑顔で声を掛けた。
「ういっすういっすー。おまたせしました」
「うへへ、泰平、おはよぐはっ!」
俺の方に振り向いたゲーマーお姉さんが、急に口を押さえ膝をついた。
ああ、相変わらず様子がおかしい人だな。
これはやはり浄化計画をどんどん進めなきゃ。
「ゲーマーお姉さん。今日は金曜日なんで、二日連続一緒ですね!」
「あひょ!? ……た、泰平。ちょっとこっち来て?」
「? はい」
店の前だというのに、服屋には入らず店の脇の人目のつかないところに連れてこられた。
「あのー……ね? へへっ、あのえと、その。全然、全然悪い意味で捉えないでほしいんだけどね」
「なんですか? 言い淀んでないで、バシッと言っちゃってくれていいですよ?」
「分かった。んだけど、ちょ、ちょっと待ってね。すぅーーーー……はぁーーー……。うん、えっと……泰平、今日のその格好とか、そういうことについて言いたいことがあるんだけど……」
今日の格好は黒のズボンに、白Tシャツ、爽やかな青色の五分丈シャツと、割とシンプルにしてきたのだが、何か問題でもあるのだろうか?
「この格好についてですか?」
「うん、あのえと、怒らないで聞いてね?」
「えっ、何その前置き。こわ」
「うん、今から言うね。言うから」
「………」
数秒後、満を持してゲーマーお姉さんが口を開いた。
「今日の泰平の格好、エロすぎるのっ!!!」
「………………はい?」
言っていることが理解できなくて、返事をするのに数秒を要してしまった。
「どこが?」
デートなのでおしゃれは意識したが、割と普通の格好のつもりなのだが。
「一応、ゲーマーお姉さんが『服屋に行くための服がない』とか言うから、あまり張り切りすぎてない服をイメージして選んだんですが……」
ザ・勝負服というより、抜け感のある、日常の延長線上のおしゃれ、みたいな。それくらいの塩梅の格好を選んだので、文句をつけるところなんてないはずでしょ。
「あの……ね? へへっ。何ていうのかな。そういうことじゃなくて、その気遣いが逆に作用しているというか……」
「うーん、ちょっとその感覚が俺には心底理解できないので、具体的にお願いできます?」
「そ、そうだね。ゆっくり順番に説明していくね。じゃあまずは足元。あの、今日はサンダルを履いてるでしょ?」
「はい、スポーツサンダルですね」
「そもそも、素足なのがエロい! それに、くるぶしが出てるのがエロい! 泰平は健康的な男の子なんだから、堂々とサンダルなんて履いちゃだめでしょ! 確かに刺さる人は少ないかもだけど、刺さる人には深ーく刺さっちゃうんだから!」
「……マジですか。そんなこと初めて指摘されましたが」
どうやら大学生の間ではサンダルはエロいらしい。
「あと、一番エロいのが、腕まくりだよ! シャツを腕まくりしてるのは、流石にエロすぎる! どう考えても誘っているようにしか見えない! 特に泰平は筋肉があるから、いかがわしすぎるの! まくられた腕から見える血管は、いつだって女を狂わせる。そんなの常識でしょ!?」
「………」
絶句。
腕まくりがエロすぎるなんて、ある意味目からウロコだ。
俺、普段から制服を腕まくりして着ているのだが、あれはダメだったの?
「だから泰平、申し訳ないけど、エロさを抑えてくれる?」
人生でそんなこと初めて言われたわ。
「あっ、はーい」
とりあえず俺は腕まくりしていたシャツを直した。
「うーん、これでちょっとマシになったかな。あっ、後は――」
「まだあるんですかい?」
思わず口調が変になってしまった。
「うん、えっとね。泰平から醸し出される雰囲気、これがそもそもセクシーすぎる。ちょっと抑えて?」
「無茶言うな」
「えと、じゃあ、その目。その私に向ける優しい目だけでも、もうちょっと抑えてくれると……あまりに刺激的すぎて、男に慣れていない女は焦げ死ぬから」
「……わっかりましたー。できる限り我慢します」
あくまでこれはできる限り。あんまり意識して冷たい目でみたりはしたくないからな。
と、その前に。
「痛いっ!」
俺はゲーマーお姉さんにデコピンをかました。
「指摘してくれるのはありがたいですが、目を血走らせるのは抑えてください。さらに言えば、息遣いが荒すぎます。変態にしか見えないです」
「うぅ〜。泰平のデコピン、なんか妙に痛いね。興奮が冷めちゃった」
うむ、興奮が冷めた女性は、俺にとって立派な淑女だ。こっちも紳士な態度で迎えないとな。
「ならよかったです。さ、行きましょうか」
俺はゲーマーお姉さんに手を差し伸べた。たったそれだけで、ゲーマーお姉さんの黒目があっちこっちに高速移動し始める。
長く幾重にもわたる逡巡の後。
彼女は俺の手を力強く握った。顔を真っ赤にさせながら、自らの意思で握ってくれた。
肩を並べて歩き出すと、隣からふわりと、若葉のような香りが漂ってきた。
俺の口角は、自然と上がっていた。
「あっあっ、なんかデコピンしてから優しくするの、DV男みたいで興奮す――痛い!」
「失礼な。誰が普段から女殴ってそうじゃ」
「そこまでは言ってないもーん」
こんな何気ない気安いやり取り。それでも俺の胸は小さく高鳴った。
いつもは俺がゲーマーお姉さんを振り回すほうなのに、ドキッとしてしまって少し悔しい。
「そういや、今年の夏祭りは来ます?」
「あー、そういうイベントは陰キャの私には縁がないかなって」
「なるほど。今回は俺とどうしても一緒に行きたいと」
「言ってないけど!?」
「俺も行きますから、少しの時間でも一緒に回れると嬉しいです」
「……聞いてないし」
ゲーマーお姉さんの小さくて柔らかい手。握った手をもう一度、ギュッと力を入れた。
「でも、泰平のクラスメイトとか、柔道部のみんなとか、親御さんとかもいるじゃん。それはちょっと難易度が高いかな」
「ちゃんと浴衣着てきてくださいよ」
「聞いてる? ねえ、聞いてる!? 私、無理だからね!」
「あ〜、ゲーマーお姉さんと一緒に夏祭りを回るの、楽しみだなあ〜。みんなにゲーマーお姉さんを紹介するの、誇らしいなあ〜」
「ちょ、ちょっと!? 死んでしまいます! 死んでしまいます! ねえ!?」




