第九五話 察しのいい後輩
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ぱんっぱんっ。
二礼二拍手一礼。
「(今日もこの世界が崩壊しませんように)」
ちょうど来週から、お盆が始まる。
この世界でも、前世のお盆とそう変わりはない。家族や親戚で集まったり、お墓参りで亡くなった人を偲んだり、そんな感じ。
ただ、ご先祖様の霊が帰ってくるとか、そういうのはあまり聞いたことがない。そういう意味では、ここのお盆は信仰や儀式的なニュアンスが少し薄くなっているのかもな。
ここでは、ただ亡くなった人の話をしたり、懐かしんだりと、イベント的な風に楽しむ。かなり大々的に楽しむからか、しんみりとした空気はほぼない。とにかく賑やかだ。
でも、俺は前世の感覚が残っているから、少しだけしんみりしてしまうんだよな。
この時期、俺は俺自身を弔う。
前世の俺の心(?)が何をきっかけにこの体にするりと入り、混じり合ったのか。実ははっきり覚えていない。どうもその辺りの記憶があやふやなのだ。
でも、少なくとも前世の俺の肉体は、死んでいるのではないだろうか。
なにせ、この世界に連れてこられる前、事故にあったような記憶がうっすらと存在する。
この世界で流行っている定番の異世界転生や、異世界転移の物語の流れを鑑みるに。
……まあ、亡くなった可能性は高いよなあ。
一人残していったお前には申し訳ないが、お前ならまあ大丈夫だろう。
というか、逆に申し訳ないと思って生きている方が、お前にとっては屈辱だよな。
だから、俺はここで強く生きるよ。お前のことだ。心配なんてしていないだろうが、俺は俺なりに楽しんで、全力で淡々と生きてるから。
それこそ、お前のようにな。
「うし、普通っ子、行こうか」
「うん」
さあ、今日はどんな一日が待っているだろうか。
◆◆◆
「田舎っ子、昨日ぶりだな。今日の合同基礎練習、よろしくな」
「うん、よろしく」
今日は弓道部と合同基礎練習の日。ウチのクラスでいえば、田舎っ子と古風転校生が所属している部だ。
部長である田舎っ子と握手を交わしたのち、弓道部顧問の指示に従ってランニングをしていく。
弓道部は「トレーニング中も息を乱さず、静かに集中して行う」という方針なので、いつもよりも賑やかさは少ない。
「姿勢!」
「腹式呼吸!」
「静止!!」
顧問の女性の凛とした注意の声だけが響いていた。
俺達柔道部は賑やかに練習するほうが得意だが、たまにはこういうのもいいだろう。
練習のメインは、体幹、ゴムチューブを使った引っ張りトレーニング、空気椅子など。決して難しいことはしない。ただ、歪みのない姿勢や呼吸方法など、意識することが多くて割と大変だった。
練習の休憩の間には、古風転校生とちょっとした会話を楽しんだ。
「ういーす、お疲れー、古風転校生。相変わらず今日もサラリとした黒髪が綺麗だな」
古風転校生がチラリと俺の茶色の首輪を見て、ほんのり頬を染めた。
「……以前から気になっていたのだが、その呼び名、どうにかならんのか?」
「うえ? あー……まあ、こうやって馴れ馴れしくあだ名で呼ぶのが俺の個性? あいでんててー? みたいな?」
ここで「下の名前呼びが俺の中で明確な性的アピール」なんて、童貞みたいなことを言えない。基本的に俺は何だってフルオープン人間なのだが、これについては妙に知られるのが恥ずかしいんだよな。
異性とのスキンシップくらいなら全然大丈夫なのに、下の名前呼びだけは全然慣れないもんだ。
「……なるほどな。もしや泰平、私の名前を知らないな?」
「ぇと。いやいや、知ってる知ってる。あれだろ? なんか美味しそうな名前?」
「………」
ごまかそうにも、じいーっとひたすら見てくる。絶対に俺が名前を言うまで許してはくれなさそうだ。
ここで「違う! 名前は〇〇だ!」みたいな反応を期待してたんだがなあ。そうなったら、いかにも知ってましたみたいな態度を取れたのに。
「………」
ヤバい。追求の視線が止まらない。これは俺が名前を呼ぶまで許してくれなさそうだ。
……仕方ない。
「ええっと……花子、さん?」
こうなったら、渾身の決め打ちだ。
名前なんてそんなにパターンはないのだから、一パーセントくらい当たるはず!
……どうだ?
「はぁー」
あっ。
「私の名前はミヤコだ。ちゃんと覚えるように」
「あ、あー……し、知ってたよ。知ってた上で、あえてボケてみた。みたいな?」
「つまらん言い訳はするな。そんなことより、ほら、さっさと私の名前を呼べ」
「いやいや、古風転校生よ。それとこれとは話が別――」
「ミヤコ、だ。早く」
「……えと、あのー」
「………」
また、あの目だ。きっと名前を呼ぶまで許してくれないだろう。
どうにか誤魔化せないかなあ。
「……ミヤコ、さん?」
「声が小さい」
「ミヤコちゅわーん」
「おちゃらけて誤魔化すな。後、ちゃんと私の目を見て、呼び捨てで呼べ」
「……あのー。許しては――」
「くれない。ほら、早く」
これは覚悟を決めないといけないか。
……しゃあねえなあ。
「ミヤコ」
名前を呼び捨てにし、目が合う。頬がカッと熱くなる。手先が小さく震える。
ああ、体の内側が焦げ付きそうだ。
なんで俺、こんな下の名前呼びが恥ずかしいんだろうなあ。あー、情な。
――パシャリ。
「……え?」
古風転校生が、耳まで赤くして言った俺の姿を写真に収めていた。
「ふっ、以前やられたお返しだ」
以前?
……ああ、もしかして、前のテストの時の話か?
確かあの時は、思った以上にテスト成績の伸びが良かった古風転校生を褒めたら、すっごく可愛い表情をみせたんだったな。その表情を俺が写真を撮ったんだ。
そんな昔のこと、まだ根に持ってたのかよ。
「消せ」
「やだね。こんな可愛い泰平の表情は、そうそう見られないからな!」
俺が古風転校生のスマホを取り上げようとしたところで、顧問から「休憩終わり」という指示が出てしまった。
こうなったらもう、俺にはどうしようもない。
あーあ。あの時の復讐ということは、俺の恥ずかしい表情が、クラスのグループラインに晒されるんだろうな。
――と、思っていたのだが。
俺の恥ずかしい写真は、何故か一向にグループラインに晒されることはなかったのだった。
◆
「なんか先輩達、やけに強くなってませんか?」
「そうか?」
柔道の練習中、元気っ子が俺を問い詰めてきた。
「実力的に、私がルリ先輩に追いついていないのはまだ理解できるんです。でも、泰平先輩とユウカ先輩は流石におかしい。二人の実力ならとっくに追い抜いていて、大差をつけていてもおかしくないはずなんです!」
「おおう、言うねえ」
「生意気ですみませんが、私、そういうのが何となく分かってしまうんです。今までもそうでした。勉強だろうが運動だろうが、『このままだったら後これくらいでこの人を超えられるな』って、何となく分かるんです。この予想の精度が狂ったことは、今まで全然なかったんですよ!」
「しれっと天才めいたことを言うなあ。流石次期部長候補だ」
「でもですよ! どれだけ時が経とうと、実力が一進一退……これは絶対におかしい! ユウカ先輩と泰平先輩なら、夏休みが来る頃には明確に実力を超えている予定だったんですからね。絶対に隠れてなにかやってるでしょ! そうとしか考えられません!」
「そこで自分の予想の精度を疑うんじゃなく、俺達の方を疑うのが後輩のすごいところだよなあ」
「もう! さっきから地味に私の追求を逃れた返答ばっかり答えて! 泰平先輩のくせに生意気ですよ!」
「うへへ、バレたか。柔よく剛を制す作戦、失敗と。柔道と同じように会話を受け流すのは難しいなあ」
思い当たることは明確にある。きっと普通っ子と俺で、しょっちゅう秘密訓練していることだろう。
ただ、これはあくまで二人だけの秘密だからなあ。それこそ、今まで前世のことを含め、何でも伝えてきたぶりっ子先輩にだってこのことは伝えていないのだ。
可愛い後輩だろうが、バラすことはできない。
「ふぅん。バレたかってことは、やっぱり何かしてたんですね」
「ぎゃふん」
「なるほど。ちょっとした誘導尋問のつもりだったんですけど、その反応で確信しました。やはり先輩達、私に隠れて何かやってるんですね」
「激ぎゃふふんふん丸」
くそう。どうも後輩には隠し事が上手くいかない。
「ほら泰平先輩、何をしたのか吐いてください。そういうのって、可愛い後輩にも共有すべきだと思います! 何か柔道におけるコツでも見つけました? それとも、隠れて練習でもしてるんですか? ほら、ほらほら?」
「顔が近い! いい匂いがする! そんな顔を近づけるな! キスすんぞ!」
「誤魔化さないでください。何を今更照れてるんですか」
いや、これは誤魔化しとかじゃないんだが。もっと自分が可愛いことを自覚してくれ。
「ほーら、泰平先輩。可愛い後輩であるシホちゃんにも、ちゃんと教えてください? 仲間はずれは可哀想でしょ? ね?」
「分かった! 分かったから! ちょっとだけ教えるから!」
俺は毎晩のように普通っ子と秘密特訓している事実だけを吐いた。
「これ以上は絶対秘密! 具体的な内容は、俺達が後輩に明確に勝てるようになってから教えてあげるから!」
なにせ俺達は「見栄」の力を利用して強くなっている。可愛い後輩にいい格好を見せたいという見栄だって利用して強くなっているので、こんな中途半端なところでバラしてしまうわけにはいかないのだ。
ズルく思われようが、器が小さく思われようが、今は絶対秘密だ。そもそも人間ってズルい生き物なのだ。
「なにおー! いくら泰平先輩だろうが、私に勝とうなんて百年早いんですからね!」
「おおう、言うねえ」
「まあいいです。どうせ泰平先輩になら、いつだって口を割らせることはできますから」
「……ここで言い返せない所が俺の情けないところだよなあ」
俺の口がすべってしまうのは、全て後輩が可愛すぎるせい。つまり俺のせいではないってことで、なんとかお願いします。
「あ、そうだ。話は変わりますけど、来週一緒に行く夏祭り、妹達も一緒でいいですか?」
「おう、いいぞ。ぶりっ子先輩の母とか、白ギャル先輩のお姉さんとかも来るらしいし、自由に呼んでくれ。ただし、ちゃんと可愛い浴衣を着てくるように」
「はーい」
来週の夏祭りには、全員大集合って勢いでみんなが集まる。楽しみだなあ。




