第九四話 見栄
ご飯、納豆、味噌汁、卵焼き、キャベツの千切り、きゅうりの浅漬け。
我が家の朝食は大抵こんな感じだ。
ご飯と味噌汁と、ちょっとした野菜と、おかずになるもの。母はこういう定番の和食を好んでいるし、俺も朝といえばこれという感覚が強い。
母の隣で卵焼きを焼きながら、テキパキと料理を完成させていく。
「泰平のお母さん、なんか手伝いましょうか?」
「いえいえ、座っていてください」
「そうそう。俺の料理の練習でもあるんだから……いや待てよ、確か田舎っ子って料理うまかったよな?」
高校一年の頃、田舎っ子のお弁当が少し話題となったことがきっかけで、俺もがめ煮を一口もらったことがある。
あれはやけに美味しかった。甘くてじゅわっとしてて、少し濃いめの味付け。とにかく米が進む味だった。
「ウチはおばあちゃん仕込みの料理しか作れんぞ?」
「いやいや、それが美味しかったから質問したんだ。田舎っ子流の料理の極意とかあるか?」
「ウチが教えられたんは、結局のところ五つだけや。
調味料はテケトーにバーと入れる! 具材はごろごろと大きめで、とにかく量を多く! 油は惜しまん! 出汁は濃ければ濃い方が良い! 砂糖を思っている倍!
これで大抵のもんはうまくなるって、おばあちゃんは言っとった」
「あー、なるほど。ダイナミックだ。我が家とは流派が違うなあ」
我が家は全ての料理を精密なスイーツを作るかのように作る。ちゃんと大さじ小さじを使い、レシピ通り正確に、丁寧に、できる限り素早く。俺が目指すのはこっちの道だ。
ただ、田舎っ子のそれも、家庭料理における一つの正解だろう。
大雑把だろうが、できるだけ手間暇をなくし、そのうえで美味しくする。家庭料理なら、ある意味これができる方が「料理上手」って感じもするな。
「うーし、できたぞー。各々食べたい分だけご飯をよそってくれー」
「「はーい」」
この後は和やかな雰囲気で朝食を食べた。田舎っ子が「料亭のご飯みたい」と素直にこぼしてくれたのが、素直に嬉しかった。
母を職場へとお見送りし、俺達も準備する。
「じゃ、行こっか!」
「おう、先生! よろしくお願いします!」
「うん、よろしくね! 先生!」
「先生って……まあ、いい」
田舎っ子はどこか照れくさそうに、それ以上何も言わず口をつぐんだ。
彼女は人の世話を焼いたり、人に教えたりするのが好きなタイプだ。もしかしたら、先生と呼ばれたことが、思った以上に嬉しかったのかもしれない。
この後、俺達は一時間ほど田舎っ子に着いていった。
公園で始まるラジオ体操の元気な声。田んぼにうっすらとかかっていた朝もやが消える瞬間。あぜ道に咲く小さなツユクサ。キジバトの楽しげな鳴き声。
もっと何気ないものもある。
佐藤さんというおばあちゃんが育てている庭の変化。鈴木さんが家の前をほうきで掃除する音。西村さん家の前の打ち水された後の立ち込める土と水の匂い。牛乳配達の瓶の音。
一時間程だったが、とにかく大満足の時間となった。
(田舎っ子はこういう風に世界を見てるんだなあ)
なんだか、少しだけ心が柔らかくなった気がした。
「なんか、田舎っ子はやけに幸せそうに紹介してくれるよなあ。そんな表情されたら、こっちまで嬉しくなっちゃうよ」
帰り道の道中。ゆっくり歩きながら、ちょっとした会話のキャッチボールを三人で楽しむ。
「そうなー。ウチも女やけ、男の子に喜んでもらえるっちゅうのは、やっぱり嬉しいもんやな」
「おっ、意外と田舎っ子にもそういう部分があるんだ」
「そりゃそうや。ウチかってただの一人の女子高生、そんなもんや」
「そっか、そんなもんかあ」
「泰平だってそやろ?」
「へへっ、よく分かってんじゃん。俺は常に周りの女性の目を気にして生きてるぞ。なんせモテたいからな」
それにしても、こうして堂々とそう発言する女性というのは珍しい気がする。思春期の女子って、どこか見栄っ張りな部分があるからなあ。
少し思うところがあり、俺はチラリと隣を歩く普通っ子を見た。目が合うと、普通っ子は共犯者にそうするように、ニッといたずらっぽく笑ってみせた。
この、「異性の目を気にする」という話題は、実は秘密特訓のメインテーマだ。俺達の秘密特訓は多岐にわたるが、軸を一つ提示せよと言われればこれを指すだろう。
『異性に認められたい欲求って、この世界では泰平の前世以上に強いかもね。女の子はもちろん、案外男の子も』
こういう話題を、普通っ子と何度も議論している。
異性、特に好ましい異性に見られている時の方が、明らかにパフォーマンスが向上する。こういう現象は、観客効果、ホーソン効果、自己呈示などと呼ばれることがあるらしい。
聞き慣れない言葉で表現したが、つまりはただの「見栄」だ。
この見栄というものが、この世界では思った以上に原動力になる。
そんな発見をした俺達は、この見栄の力を十全に利用することにした。
つまり褒め合ったり、常にお互いを意識し合ったり、ダメなところがあっても「それでも好き」と暗に言い合ったりしながら、お互いの魅力や能力を高め合っているのだ。
一瞬のうちに、頭の中でそんなことを考えていると、田舎っ子からさっきの返答が返ってきた。
「モテたいっつっても……ウチは泰平のこと、好ましく思っとるがな。ただ、申し訳なかけど、ウチは翼に夢中やから、たまにおざなりにしてしまうんは許してほし――うん? 二人とも、やけに幸せそうやの」
「「いや、なんでもないよ」」
危ない危ない。こっそり通じ合っていたのが田舎っ子にバレそうになってしまった。
人目を忍んで通じ合うことが楽しいと言っても、やりすぎはよくないな。
「別にちょっとくらい俺をおざなりにすることなんて、気にしなくていいからな。それよりも、目の前の恋に全力でいてくれる方が俺は嬉しいから」
「そりゃあなんで?」
「だってさ、恋する女性って魅力的じゃん」
この世界の女性は基本的に、翼君に恋することで魅力的になってきた。恋に全力であればあるほど、魅力は増していく。
――恋する女性は魅力的。
俺達が見栄の力を利用するのに至ったのも、この言葉がきっかけだった。
この現象を普通っ子が細かく分解し、分析していった結果、そんな発見をしたのだ。
また俺は普通っ子の目を一瞬だけ見て、ほんの小さく口角を上げた。普通っ子とならこれだけで通じ合える。
「泰平からみて、ウチは魅力的か?」
「おいおい。野暮なこと聞くなよ。田舎っ子、お前は死ぬほど魅力的だぞ」
「あはははは! ウチは幸せもんやのう!」
「痛い痛い! 背中を叩くのはいいけど、手加減して!」
背中も痛いし、地味に普通っ子が俺の靴のかかとを踏んで、歩くのを邪魔してくるのも容赦がない。
普通っ子には、案外嫉妬深いところがあるからなあ。
でも、帰ったらそんな褒め言葉くらいいくらでも言ってやるのに。
確かに田舎っ子や他のクラスメイト達は死ぬほど魅力的だ。そのうえで普通っ子は、どんなに死にそうな場面だろうが、絶対に一緒に生きて帰ってきたくなるほど魅力的なのだ。
一緒にいてくれるだけでいい。それだけで、生きていてよかったと叫び出したくなる。近くにいてくれると、勝手に全身の細胞が生の喜びで満ち溢れてくる。俺にとって普通っ子とはそんな女性だ。
……あっ、流石に普通っ子も俺の心の中を読んで照れているな。かんわいい。せっかくの機会だし、帰ったらもっと褒めちぎってやろ。
「そ、そういえば、清水さんて、妙に泰平の評価が高いよね」
清水とは田舎っ子の名字だ。普通っ子が照れ隠しのように言った。
「まあな。みんな、翼以外にも優しくしてくれる男の貴重さを分かっとらんのじゃ。ウチの家族の中には、まあまあ男がおるんやが、あれはひどいもんだ。じゃけん、こんなに幸せなことはないって、人より実感しとるんだ」
「わかるー!! 私、毎日こんな幸せでいいのかなって、怖くなる時があるもん。幸せ過ぎて、死にそうだよねー」
「……それは言い過ぎじゃないか?」
「……え? あっ、ごめんね? ちょっと誇張しすぎちゃった……かな?」
珍しい。ポーカーフェイスが得意で、普段から隠れてこっそりイチャイチャすることが得意な普通っ子が、自爆している。
やーい、やーい。塩梅を間違えてやんのー。
秘密特訓の時、「泰平みたいに考える前に話すタイプじゃない」とか、「私は理性的で思慮深いから、大丈夫」だとか自信満々に宣言してたのは、どこのどいつですかあ〜???
もしかして、俺に褒められすぎて舞い上がっちゃったのカナ???
普通っ子も可愛いとこあんじゃん。ぐひょひょのひょ〜。
俺が心の中で煽ると、潤んだ瞳でキッと睨まれた。
「さて、家に着いたし、ウチは帰るとしますか。泰平、料理うまかったぞ。明日の合同基礎練習もよろしく。じゃあね」
「おう! またな!」
「またねー」
俺の家の前で、田舎っ子とお別れした。
「「………」」
少しの間、俺達はお互いの出方を伺うように、目を合わせていた。
「とりあえず家に入ろっか」
「……そうだな」
俺達は一緒に家に入り、扉を閉める。
――ドン。
俺は普通っ子に、お胸を押し付けるように壁ドンされた。
「泰平?」
「は、はい?」
名前を呼ばれただけなのに、妙に迫力があった。
「清水さんに言ったこと以上のこと、私にもちゃんと言葉にしてね。あと、前の川遊びの時、シホに泰平の隣を独占されたから、その埋め合わせもちゃんとするように」
「あ、なんだ、それくらいなら――」
俺が一安心した、その直後。
ぎゅむっと実際に音がするくらい、俺は普通っ子に体を押し付けられた。
「なにせ私、嫉妬深い女だから」
「は、はーい」
まあ、少し怯みはしたが、それでも普通っ子が好きなのは変わらない。俺達はこの先何があっても、共に支え合って生きていくのだから。
この後めちゃくちゃ褒め合いながらイチャイチャした。




