続いてメイド長。
まめまめしく世話を焼いてくれるカルロッタを側に置いて、押しつけられた作業をこなしていれば昼食時間になり。
部屋の中で今までにないバランスの取れた、全部食べるとちょっと食べ過ぎかしら? と思う量の昼食を堪能し。
引き続き作業に集中した。
作業を抱え込みすぎていたから、まずは優先順位を決める。
何ヶ月先にしても大丈夫な作業から、今日中にこなさなければならない作業まで様々だった。
夕食前にはその日に終わらせなければならない作業を終えたので、ボニファーチョとアンナベッラの元へ送り届けた。
二人の分は手をつけていない状態だ。
たまには自分でやるがいい。
今後は一切引き受けない! といった内容を貴族的な表現で書いた手紙を添えるのも忘れなかった。
ブルニルダではなくカルロッタを送ったので、二人仲良くどういうことだ? と言いに来たが答えるつもりは更々ない。
無論しっかりと持ってきた次の作業を押しつけられる気もなかったので、家令が本人確認の上で手配してくれた従者に追い払ってもらった。
ボニファーチョ付の従者だ。
一時兼任するらしい。
ボニファーチョは呆然としていた。
二人を追いやってから大きな溜め息を一つ吐く。
本来であればもう一人、押しかけてくる人物がいたはずだった。
葵とベアトリーチェの記憶がいい感じにかみ合って気がついた重要な一点。
この世界、弟が存在しなかった。
ゲーム内では父、母、兄、ベアトリーチェ、弟、妹の六人家族だったのだ。
弟が一番暴力的だったので、いないなら有り難い。
そうなってくるとやはりこの世界は、葵が知る乙女ゲームの世界と同じではない可能性が高かった。
葵の記憶を元に乙女ゲームについて、覚えている全てを書き出してあるので、摺り合わせは忘れないようにするつもりではいるのだが……。
ボニファーチョとアンナベッラをあしらったあとは、これまた今までの夕食とは比べものにならない手が込んだ夕食に舌鼓を打つ。
料理長はブルニルダの言うことなんて聞くんじゃなかった! と絶叫していたらしい。
何でも、ベアトリーチェは偏食でほとんどを残してしまうから最低限の食事でいい! と主張していたようだ。
それでも生真面目な料理長が作った、配慮の行き届いた料理は、なんとブルニルダが食べ尽くしていたというのだから笑えない。
ベアトリーチェの食事は基本、休憩所などに置いてある、メイドや従僕達が小腹を満たすためのものだったと教えられた。
そこに下剤だの媚薬だのお酒だのを仕込まれて、美味しくはいただけない日々だったと伝えれば、倉庫にまだ収容中のブルニルダの食事は家畜用にまで落とされたようだ。
休憩所では飲み物しか取らないブルニルダが、だんだんふくよかになっていった理由が判明しました……とカルロッタは肩を落として、謝罪をしてくれた。
専属メイドがちゃんとやってます! って報告をしたら、それ以上は介入しないのが、公爵家のお約束だったからね。
カルロッタや料理長は謝罪なんてしなくていいと思うよ。
これを機会にいろいろと見直そうと思っております、と常にも増して忙しいだろう家令がわざわざ足を運んで言い残していった。
ベアトリーチェもカルロッタや家令を頼れば良かったのに……と思うも、彼女の性格では難しかったのだろう。
だからこそ、自分が頑張るのだ。
どうにも葵=ベアトリーチェの自覚が薄い。
時間が経過すれば本来のベアトリーチェが望んだであろう彼女になれるだろうか。
所作はベアトリーチェが鍛えていたお蔭で、常に品の良さを保っていられる。
本当に感謝しかない。
思案に沈む前に、料理長の作る料理は最高なので、今後もよろしくね! という内容をきちんと伝えてもらうように、カルロッタにお願いした。
ワゴンの上に片付け物を乗せたカルロッタは気安く頼まれてくれ、手早くワゴンを運んでいく。
就寝前の紅茶という物を初めて出してもらい、その旨を告げればカルロッタが激怒するという、この日で幾度となくやり取りされた流れを経て、就寝した。
疲れていたのだろう。
今までよりも随分と遅く起床する。
扉の向こうで言い争う声が聞こえなかったら、もう少し寝ていたかもしれない。
「……カルロッタ?」
声をかければ耳障りな声がぴたりと止まる。
「お目覚めの支度をしてもよろしゅうございますか?」
「ええ、お願い。入って構わなくてよ?」
専属メイドであっても本来は一言断りを入れてから入室する。
言い争っていた相手が誰かわからなかったので少々上から目線の言葉遣いにした。
公爵令嬢としては普通どころか、これでも丁寧だろう。
「勝手にブルニルダを辞めさせるとか、何様なんですか!」
しかし入ってきたのはカルロッタではなかった。
貴様が何様だ? と咄嗟に突っ込みを入れなかったのを褒めてほしい。
「ベアトリーチェ・アンドレオッティ公爵令嬢様、ですわ。職務怠慢なバンビーナ・アンヌンツィアータ。メイドの不敬や窃盗に気づかないメイド長なんて、アンドレオッティ公爵家には不用でしてよ」
「え? は?」
今までとは違う態度に対応しきれないようだ。
そんなメイド長を冷ややかな眼差しで凝視したカルロッタはティーワゴンを押しながら、メイド長とベアトリーチェの間に割り込んだ。
「よく冷えた水と果実水。紅茶の茶葉はストレートティーとミルクティーの用意がございます」
「働き者の専属メイドになって本当に嬉しくてよ。前任者は水差しの補給を忘れる職務怠慢者でしたもの……果実水をいただくわ」
ちらりとメイド長への嫌味を忘れずに適量の果実水を渡される。
「あら、昨日とは味が違うのね?」
「はい。本日はレモン、オレンジ、グレープフルーツで作っております。お口に合いましたでしょうか?」
「ええ、大変好ましいわ。昨日の物と同じくらい私好みの味ですわね」
全力で仕えてくれるカルロッタの姿は大変好ましい。
それに比べて……。
「……貴女、何をしに来ましたの?」
「え?」
「ぼーっと立っているだけの人間に給与を支払うほど、当家は不抜けておりませんのよ」
「私は! 誰よりも働いておりますっ」
「おりませんわね? カルロッタ」
「はい。そもそも彼女は朝礼にて家令より解雇を伝えられております。様々な罪を犯しておりましたが、その中に職務怠慢も入っておりました」
「つ、罪なんて! でっちあげよ。え、冤罪だわ」
「それを私に訴えてどうしますの? 既に家令が決めた解雇ですわ。覆りませんのよ」
ベアトリーチェなら覆せる。
だがそんな気は全くない。
ディオニージアに上手く縋ればあるいは解雇を免れるかもしれないが、周囲の対応が大きく変化している状況だ。
彼女に他者を気遣う余裕はないだろう。
「ブルニルダと同じ真似をするとは……どちらが影響を受けたのですか? 貴女ですか。それともブルニルダですか」
呆れた口調で扉を開けたのは家令。
今回は二人の従僕を連れている。
力自慢で真面目な従僕だ。
ブルニルダより体格がいいからね、メイド長。
相変わらず適切な手配です。
「私物だけを持って出ていくようにと申しつけたはずですが」
「私が解雇なんておかしいわ。しかもあんな紹介状……ない方がマシよ!」
ブルニルダと同じように書かれたのだろう。
不敬と窃盗に職務怠慢。
あとは完全な監督不行き届きだから、人の上には二度と立てないはず。
「ねぇ、ベアトリーチェ。私から奥方様に話をしてあげるから」
「結構でしてよ、アンヌンツィアータ。必要であれば私が、自分で、話をいたしますわ」
ゲーム内でも押しつけがましくディオニージアとの関係を取り持とうとしていた。
勿論本人に取り持つ善意なんて欠片もないけどね。
メイド長はゲームでもこちらでも同じように虐げてくる。
登場人物上、一番ゲームキャラに似ている気がした。
「あんたの話なんて聞く耳を持たないはずよ」
「嫌でも持つと思いますわ。私があの人の仕事をどれだけ肩代わりしていると思っておいでですの?」
呼び捨てにあんた呼ばわり。
メイド長はまだ自分の立場が理解できていないようだ。
頭の回転は悪いらしい。
ディオニージアにべったりくっついている彼女だから、本来であればかなり把握しているはずなのだけれど。
「地味で手間ばかりかかる作業しかしてないじゃない。それを仕事とかって」
ぷぷっとメイド長が笑う。
主人を貶める癖がついているメイドなんて、誰が雇うというのだろう。
そういえばこの人にも突き飛ばされたなぁ。
倒れるほどの強さで突き飛ばしてきたのは、家族以外ではメイド長くらいだ。
「本来あの人がやるべき家計の管理を全てこなしておりますが」
「……え?」
「ですから貴女の給与に無駄な手当がついているのも知っておりますの。退職時には全額返金くださいまし」
一番笑ったのは寝かしつけ手当。
何時誰を寝かしつけているのかしら。
アンナベッラですら寝かしつけられる年齢ではない……や、もしかして絵本を読んであげている、とか。
まさか、父親の愛人ではないはず。
……だったら知っていると思うし。
他にも意味のわからない手当をさっ引けば本来の給与は半分以下になる計算だ。
「手当の返金の他にも賠償金を差し引きますと、退職金は出ません……そう説明したはずですが」
家令が追い打ちをかける。
公爵家に十年以上勤めれば結構な退職金が出るはず。
アンドレオッティ家もベアトリーチェが家計管理を受け持ってから、無駄な部分を削る手配をしたので随分持ち直していた。
真っ当な理由の退職であったなら、辞めたとしても十分に生活できるはずなのだ。
「退職金が出ない、ですって?」
どうにも話を聞いていないようだ。
外であることないこと吹聴されても困る。
面倒だとは思うが、もう一度説明をお願いしよう。
「家令。申し訳ないけれど、再度説明をお願いできるかしら?」
「無論でございます。きっちり、しっかり! わからせてから追い出しますとも」
家令の背後にめらめらと立ち上る怒りの炎を見た気がした。
昨日からたぶん徹夜だよね?
次のメイド長の任命をして、少しは仕事を分担してもらわないと。
「次のメイド長の選出はすんでいて?」
「はい。先代のメイド長に少しの間、頑張っていただこうかと」
「あらそうなのね。御老体を引っ張り出して申し訳ないこと」
「本人はボケ防止対策にはぴったりだと、二つ返事で了承してくれましたので、御安心くださいませ」
幼い頃の微かな記憶によれば、職業婦人という言葉がよく似合う、己にも他人にも厳しい人だった。
家令の負担も随分減るだろう。
「明日には到着する予定ですので、挨拶に伺いましょう」
「仕事のできる真面目な方が来てくださるなら何よりですわ。家令も即時仕事を分担して適切な休息をとるのですよ?」
「……お優しい御言葉、深く感謝いたします」
家令を挟んで並ぶ従僕も、同じく腰を折った。
似たような光景を昨日も見たわ! と内心で苦笑しつつ会釈で返しておく。
「さぁ、バンビーナ・アンヌンツィアータ。慈悲深いベアトリーチェ様に謝罪を」
「なんで私が?」
家令の目配せで従僕二人が動く。
一瞬のうちに、メイド長は土下座の体勢を取らされた。
「謝罪を」
家令の声が一段階、低くなる。
器用だ!
何段階下がるのだろうと、顔には出さず期待してしまう。
「だから!」
その先は言わせない! とばかりに頭が床に叩きつけられる。
ごん! といい音がした。
「い、いた、痛い……」
ごん! 更にもう一度。
「謝罪を!」
声は更に低くなる。
素敵な低音だが怒りが伝わってきた。
怒りの矛先が自分に向けられていないとわかっていながらも、冷や汗が出るような圧を感じる。
「ベアトリーチェ、さま。まことに、申し訳、ございませんでした。今までの御無礼を、どうか、お許しくださいませ」
「許しません。さぁ、家令。形ばかりでも謝罪はなされました。もぅその女は不要ですわ」
「畏まりました。放逐まで、自分の手で、手配いたします」
許されると思っていたのだろう。
反省の欠片も見えない表情が向けられるも、従僕が手早く猿ぐつわを噛ませてしまったので文句は聞こえない。
激しく暴れるも従僕二人にそれぞれ片手を引っ張られ、ずるずると引き摺られるというみっともない格好のまま部屋を出る羽目になった。
「……カルロッタ。朝から手間をかけるけれど、お風呂の用意をしてもらってもいいかしら?」
「はい。すぐに手配いたしますので、少々お待ちくださいませ」
朝から電波の襲来で消耗した。
こんなときは朝風呂に限ると手配を頼めば、疲れた頭に染みる甘いミルクティーを用意したカルロッタは、ミルクティーが飲み終わる短時間で風呂の手配をしてくれた。




