97、予兆
「辞退しちゃうの?」
「………………さあ」
カフェの一席、車の走行音が響く窓際にて、友人への答えをはぐらかします。
しかし、友人はそれを気にすることなく、レモンティーが入ったグラスの氷をストローでかき混ぜます。
「フェンちゃんは、外に出たいと思わないの? 何もかもが真っ赤な嘘で出来た世界じゃなくて、本物の世界に」
「………………」
前から薄々気づいていましたが、友人は少々危険な思想を持っています。
ここ第二世界ではなく、第四世界にいるような、破滅に導く思想。
「私は、そう思いません。私はここで育って、色んな人と、あなたと出会いました。その事実は嘘ではありません」
「それは、そうだけど………ごめん、いじわる言っちゃった。本当は羨ましいの」
友人はそう、羨望の眼差しを私に向けます。
私はその視線から目を逸らしました。
分かっています。私の方が異端ということは。
街中の誰かを捕まえて聞いてみても、友人と同じ答えを出すでしょう。
「本物の世界を見てみたい」と。
「でも、私は行きたくないんです。あなたの言う『真っ赤な嘘の世界』でも、誰かを傷つけずに暮らせるのなら、その方がいいんです」
「フェンちゃんは優しいもんねぇ」
違います。人を傷つけるのが怖いだけなんです。
人には必ず繋がりがあります。その人を傷つけると言うことは、その人と繋がっている人々も敵に回すということ。
寝首をかかれないよう常に警戒するなど、どう考えても辛いはずですから。
「フェンちゃんは極端なんだよ。人間、もうちょっと優しいよ? まあ、個人差があるのはそうだけどさ」
ええ、友人の言う通りなのでしょう。ですが、私は薄情なのです。
ですから、敵ができたとき、私を助けてくれる人がいるとは考えられないんです。
今、こうして話していますが、あなたも信用できていないんです。信頼を、返せていないんです。
そんな薄情者を、誰が助けようと思うのでしょう。
「………まあ、フェンちゃんに来たオファーだし、結局はフェンちゃんが決めないといけないんだけどね。ほら、『天使様』が来てるよ」
友人の言葉で外を見ると、頭に天輪を浮かべたスーツ姿の女性が一人、道路を挟んだ交差点の向こうで小さく手を振っていました。
歩行者信号が青になると、そのままこちらへ歩いてきます。
神話にある天使は神々しい姿で語られ描かれますが、この世界の天使は随分と庶民的です。
「今日は私が奢るから、行ってきなよ。天使様を待たせないでよ?」
「………ありがとうございます」
友人に頭を下げてから、席を立ち、カフェから出ます。
すると、ちょうどよく天使様もカフェの入口に到着しました。
「おはようございます、フェンダロリーネ様。お返事を頂きに参りました」
「………すみません、もう少し待ってもらうことはできませんか?」
「はい、大丈夫ですよ。しかし、期限は変わらずなので、ご注意を」
「はい、ありがとうございます」
私はそうお礼を言って、すぐに帰路につきます。
ですが、なぜか天使様がついてきました。今まで、こんなことはなかったはずですが。
「いえ、大変悩んでおられるようなので、その原因を聞かせて頂ければと」
「原因、ですか」
言われずとも、分かっています。
人を傷つけるのが怖い。それだけです。ええ、それだけなのですよ。私が任務に行きたくない理由は。
「支給品の弾丸を、非殺傷のものに変更することもできますが」
「しかし、銃口を向けることは変わりません。そして、たとえ非殺傷でも被弾点が悪ければ、良くて大怪我、最悪死に至ります」
「それは………はい、制圧に適するのが武器である限り、想定外は排除しきれません」
ですが、それは仕方ないと分かっています。
ええ、全て分かっているんです。あとは、私の勇気がないだけで。
「………ご安心ください。我が主も巫女様もサポートしますし、すでに受諾した者もおります。フェンダロリーネ様は、お一人ではありません」
「………………はい」
ああ、そうです。こんな薄情者でも、たった一人だけは、信じられるんです。
その人の為には、勇気を振り絞れるくらいには。
「………私、やります。神様のために」
「ありがとうございます。では、フェンダロリーネ様のお返事はそのように記録します。期限まで変更可能ですのでもう一度考え、それでも変わらないようでしたら『外出』の準備を進めておいてください」
「はい」
天使様はメモ帳のようなものを取り出すと、そこにペンで素早く何かを書き、再びポケットの中へとしまいます。
そして私に一礼すると、元来た道を戻っていきました。
天使様の姿が見えなくなるまで見送り続けた後、再び帰路につきます。
道行く人々の喧騒、ビルに張り付けられた巨大スクリーンに映る様々なCMの光、そして数々の文明の利器に囲まれながら、私は足を進めます。
何年になるか分かりませんが、しばらくはこの世界から離れ、当たり前のものだったものが非常識なものへと成り下がるのでしょう。
そのような世界で私は生き、任務を遂行しなければなりません。
「怖いですよ。もう、ずっと」
神様の頼みだからと受けましたが、怖いものは怖いんです。
ですがそれは、今回の護衛任務の対象も同じ心境でしょう。
しかもあちらは、訳も分からず気づけば見知らぬ土地に一人、言葉も通じぬ人々に助けを求め、前世界では見ることはなかった物騒な物事に怯え、恐怖してきたはずです。
私の何倍も、何百倍も、怖かったでしょう。
「ならば、この優しい世界でぬくぬくと生きてきた者こそが、手を差し出さねばなりません」
そもそも、私達は原因の一端とも言えるのですから。
本当に防ぎたかったのなら、落月を破壊すればよかったのですが、私達が今の生活の便利さ、そして己の命を優先した結果、このようなことが起きてしまいました。
彼らは被害者、そして私達はそうと知りながら見て見ぬふりをした加害者です。
罪は、償わなければなりません。
「幸いにも、私には力があるのですから」
私に神様からのオファーが来た理由も、この手を見込まれてのことでしょう。
自慢にはなってしまいますが、私は全世界トーナメントで優勝しました。それだけの力が、私にはあるんです。
まあ、無名すぎて全然話題にならなかったですけどね。こうして変装もせず普通に街中を歩いても、誰も気づきません。友人でさえ、優勝者が私だとは分からなかったほどですし。
「まあ、これも才能の一つ、ということでしょうか」
この全てを使って、無事に回収しましょう。
神様の為に。そして───
「転生者の為に」




