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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
祝福された呪い子

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95/107

95、嵐の夜に灯る火よ







『聞こえていますか?』


「ええ、しっかりと」


「うん、大丈夫」


 頭の中にファドマさんの子ども達の一人、モニちゃんの声が響きます。

 これはモニちゃんが使う魔術らしく、どれだけ離れていても言葉を届けることができるそうです。

 先ほどの決闘でもこれを使い、ファドマさんを支援していました。今回は私も参加するので、支援される側となります。

 ただ、モニちゃんとファドマさんの声が全く同じなのは少々混乱しますね………


「よし、これでいいな。じゃあ、行ってこい。全てを終わらせるために」


「うん、分かった」


 ライムさんの激励に、ファドマさんは力強く頷きます。


「お嬢様も頑張ってください」


「我々は少々蚊帳の外気味ですが………いつもルルノイ様を想っていることを忘れないでください」


 私も、テンとベイラが励ましてくれます。

 民衆から心無い言葉を言われても、二人の暖かな手に救われてきました。

 二人も、同じ言葉に晒されているというのに、私を第一に優先してくれました。


 なら今度は、私がそれに応える番です。


「さあ! やりましょう!」


 新たな刺剣を掲げ、叔父様は嗜虐的に笑います。

 その様子はもはや壊れたからくり人形であり、誰がどう見ても狂っているようにしか見えません。

 先の決闘で、よほど尊厳を踏み躙られたのでしょう。そんな尊厳など、不要のはずなのですが。


 ファドマさんと二人並んで、決闘場の中心まで歩きます。

 すでに学園長の許可は得ています。あとはこの決闘で、今度こそ完膚なきまでに叩き潰すだけです。


「名無し様、私のことをあれだけ言ってくれたのですから、相応の覚悟はおありなのでしょう。そして小娘、このような舞台を用意してくれて感謝しますよ。目障りな貴女方をこの手で握り潰せるのですから」


「………貴方の蛮行は、今日でお終いです。全てを、終わらせましょう」


 懐から継角を取り出します。

 叔父様はそれに気づくと、その狂った笑みをさらに深めました。

 このままではニャテルさんにも危害が及ぶでしょう。しかし、そんなことはさせません。

 ここで双嵐龍の名のもとに、叔父様に敗北の烙印を刻むのですから。


「私、ルルノイ・デラクルが願う。今一度決闘の裁決を!」


 継角を掲げてそう叫ぶと、視界の上、明かりの消えたシャンデリアの上から覆い被さるように蒼い靄が現れました。

 それは龍の形を成し、翼を大きく広げます。


 これが双嵐龍。その幻視です。

 彼がこの決闘を見、この場に留まる限り、この決闘の勝敗は確実に決まります。


「では、どうぞ」


 靄が止まったことを確認してから、叔父様に継角を手渡します。

 これで、刻印のない叔父様も決闘に参加できます。


「………我が名はデラクル・サイルガ。身勝手たる二人に、敗北を刻み込むと誓いましょう。貴女方は私一人で十分です」


 継角が一瞬光り、叔父様の参加が認められます。

 叔父様は継角をそのまま懐に入れると、刺剣を構え直しました。


「さて、開戦はそちらで行っていいですよ。楽しい決闘にしましょう」


 叔父様の笑みが消えます。本気、なのでしょう。


「では、遠慮なく行かせていただきましょう………………両者、抜刀」


 私は常に背中に忍ばせている杖を取り出し、ファドマさんは詠唱して灰でできた大きな盾と大槍を生成しました。

 それを構えて、叫びます。


「決闘、開始!」


 即座に後ろに下がり、詠唱を開始します。

 その隙は、ファドマさんが埋めてくれます。


「『水じ───ぐっ!」


「残念でした」


 詠唱破棄ですぐに私を攻撃しようとした叔父様の目の前に、ファドマさんが躍り出ました。

 ファドマさんの盾は非常に硬く、さらにその大槍は刺剣よりも間合いが広いので、叔父様は下手に攻められず、一瞬の膠着状態ができます。

 そのわずかな時間で、詠唱を完唱させます。


「はたき、吹き飛ばせ! 『嵐流』!」


 先端に紅い宝石が嵌め込まれた木製の杖を横に薙ぐと、ファドマさんの目の前を強烈な風が通り過ぎます。

 ファドマさんが叔父様の視界を塞いでくれていたおかげで直撃し、吹き飛ばされた叔父様の服から水晶の欠片がポロポロ落ちました。

 やはり、すでに魔含晶の補給は終えていたようです。まずはこの防御を崩さねばなりません。


「くっ、あまり舐めないでいただきたい!」


 瞬時に体勢を立て直した叔父様は、ファドマさんに向かって突進します。

 当然ファドマさんは盾を構えますが、叔父様は刺剣で突くのではなく、その盾に手をかけました。


「まずは貴女です!」


 叔父様は一息に盾を駆け上がると、ファドマさんの頭上を飛び越え、その勢いのまま刺剣を振り下ろします。


「ファドマさん!」


「あーるえん てりす!」


 ファドマさんがそう叫ぶと、ファドマさんの身体の周りに灰に塗れたいくつもの小さな火が現れました。

 そのうちのいくつかが叔父様に降りかかり、叔父様はその手を止めます。


「汚らわしい………ですが、後ろは取りましたよ」


 叔父様は私を見ます。やはりこちらから先に潰すつもりですか。

 ファドマさんはすぐに私の方に駆けようとしますが、残念ですが間に合いません。

 しかし、こういうときの作戦も、事前に決めてあります。


「『追加武装(アタッチメント)・針鼠(ニードル)』!」


 ファドマさんがそう叫ぶと同時に、私を囲むように外側へ伸びる無数の巨大な針が現れました。これはファドマさんが事前に私に渡してくれた原点を中心にして展開しており、私には影響はありません。

 そして、その針は拳ほどの大きさで、叔父様が持っている刺剣よりも遥かに長いです。

 そこまで鋭いわけではありませんが、走る勢いのまま突き刺されば、致命傷は免れないでしょう。


 ですから、叔父様は立ち止まるしかありません。

 次の魔術を詠唱して待っている私の前で。


「『飛岩』!」


「ぐっ………!」


 再度杖を薙ぎ、針の外に生成された人の頭ほどの岩を叔父様にぶつけます。

 防壁があるので叔父様に当たる直前に岩は砕け散りましたが、防壁にもヒビが入りました。

 この調子なら、次の魔術で防壁を敗れるでしょう。そうなれば、こちらの勝利は確実なものとなります。


「くっ、面倒臭いですね………!」


 よろめく叔父様にファドマさんが盾での体当たりを仕掛けますが、簡単に避けられてしまいます。

 しかし、これでまたファドマさんはこちらへ来ました。もう盾越えは難しいですし、ファドマさんを無視して私に攻撃することも不可能です。

 これで、勝ちは確実に………


「───とでも思っているんですか?」


「え?」


 叔父様が立ち止まり、私達を注視しました。

 それだけで、手が止まります。


 私の身体が私のものではないような、気味の悪い感覚が襲ってきました。

 これが、魅了………!


「ですが、私は対策済みです!」


 そもそもサキュバスの魅了の力は、同族相手には効果が薄いです。

 そう、同族には。


「………………………」


 ファドマさんの動きが止まり、大盾も大槍も、私を守る針さえ細かな灰となって消えていきます。

 ですが、それも織り込み済みです!


『魅了が来ました! ライム様、お願いします!』


「さて、名無し様、先ほどの無礼を詫びるためにも私の手を………」


『お前がデラクルだ! 目の前の奴は、ナンパ野郎だ!』


 頭の中でライム様の言葉が響きます。

 騙しているようで気が引けますが、これでファドマさんは決闘を継続するはずです。

 そして、これは事前に双嵐龍様にもすでに説明してあります。納得してくださったかは分かりませんが、叔父様との決闘を続ける以上、これは避けては通れません。


「わたしが………でらくる………?」


「………何を言っているんですか? 私がデラクルですよ」


『その嘘つき野郎の言葉は聞かなくていい! 目障りなら、ぶっ潰せ!』


「わた、しは………」


 ファドマさんは混乱して動けないようです。

 ならば、私が叔父様を妨害してライム様の言葉だけを届けるようにしなくては。


「『飛岩』!」


「私こそが………なっ、この小娘が………!」


 不意打ちできたと思いましたが、軽々と避けられてしまいました。

 さすが、宮廷剣導師に鍛えられただけあります。私は女の子だからと、させてはくれませんでしたが。


 叔父様は動けないファドマさんを無視することにしたらしく、真っ直ぐこちらに駆けてきます。

 接近戦は苦手ではないですが、きちんと剣術を学んだ相手ではさすがに分が悪いです。

 ですから、剣士を遠ざける魔術も習得済みです。


「災い跳ね除け、我守護せん! 『刃嵐』!」


 刃のように鋭い風が私の周りを囲みます。

 この魔術は自身を守るだけに留まらず、そこから少し拡散するので相手を遠ざけることもできます。

 欠点は、風の向かう先を決められず近くにいる味方にも当たってしまうことですが、ファドマさんは少し離れたところで止まっているので、その心配はありません。


「………ですが、私がそれを考慮しないとでも?」


「な、ぜ───ッ!?」


 しかし、叔父様は風の中に飛び込んできました。

 その懐では、服を貫通してなお眩しい緑色の光が輝いています。

 噂で聞いたことがあります。嵐の影響を軽減する『嵐除けの帳』があると。ファドマさんと魔術を組み合わせて発動した炎嵐を耐え抜いたのも、それのおかげなのでしょう。

 眉唾物だと思っていましたが、本当に存在するとは………


 いえ、考えるべきはそれではありません! このままでは───!


「チェックメイトです」


「がっ───!」


 お腹に、冷たい感覚が突き刺さります。

 手足が痺れたように震え、杖を取り落としてしまいました。


「ぐっ、うぅ………」


 覚悟は、していました。

 していましたけど、痛みがこれほどとは………


「痛いですか? 痛いでしょうねぇ。もっと味わせたいところですが、もう一人の方も動けなくしてからにしましょうか」


 嗜虐的な笑みを浮かべた叔父様が剣を引き抜こうとしますが、私はその剣を握り、さらに深く身体の中へ潜り込ませます。


「なっ、そこまで愚かだとは………」


 なんとでも言うがいいです。この剣をファドマさんに突き刺せたりしません。

 今は少しでも時間を───


「まあ、どんな思惑があるとしても、残念なことに予備はあるんですよ」


「もう、一本………」


 一体どこから取り出したのか分かりませんが、叔父様の反対の手にはいつの間にかもう一本の刺剣が握られていました。

 いや、この可能性は考えるべきでした。先の決闘において、叔父様は刺剣を溶かされています。

 ならば、今回は予備を持ってくるのは当然のこと。思慮が浅すぎました………


 しかし、今後悔しても遅いです。

 叔父様が私に刺さっている刺剣から手を離すと、その手に支えられていた私の身体は呆気なく倒れました。

 手足は動かず、ベイラが選んでくれた装飾の少ないドレスが赤黒く染まっていきます。


「あ、あぁ………」


 思考が鈍くなっていくのが分かります。

 それと同時に、空いた意識を埋めるように闇が広がっていくのを感じました。

 これが、死なのでしょう。


「おや、この程度で倒れるとは情けないですね。まあ、そこで見ているといいでしょう。もう一人も倒れる様を」


 叔父様の目が、私からファドマさんへと移ります。

 ファドマさんはライム様からの言葉を受けていますが、それでも混乱したまま動けていません。

 つまり、その背後から悠々と近づく叔父様に対処できないのです。


 ファドマさんに、こんな思いはさせません………!


「ごほっ………はたき………吹き飛ばせ、『嵐流』………!」


 身体は傷つこうとも、魔力は健在です。

 放たれた風が、油断していた叔父様の背に直撃しました。

 ですが………


「なん、で………」


「………恐れを抱きましたか。まあ、実戦を経験したことのない小娘にはこれが精一杯でしょうね」


 ちゃんと詠唱したのに、なぜ立っていられるんですか………?

 魔力は十分だったのに、なぜこんなにも風が弱くなっているのですか………?


「なぜ、とでも思っているような顔ですね。まあいいでしょう。霊界への土産に教えて差し上げます。簡単に言えば、貴女は私を恐れたのです。私には勝てない、とね」


 その一言で分かりました。

 魔術とは想像で起こすもの。その想像に勝てないという恐れが混ざってしまえば、その魔術は自ずと負けるようになるのでしょう。


 そうです。私は、怖いのです。

 こんなにも血を流し、死に瀕している者を見ても、その眉一つ動かさない叔父様に。

 人を殺すことに喜びを感じている、狂人に。


「もう無駄な足掻きはしない方がいいでしょう。貴女は生かして差し上げます。その方が面白いですから。ですが、この女は例外です」


 殺人を厭わぬ狂人の歩みが再開され、ファドマさんに近づきます。

 このままでは、ファドマさんが………


『おい、決闘は中止だ! 私が行く!』


 頭の中でライム様が叫びます。

 ええ、それがいいでしょう。私はもう動けません。

 ですが………


「ですが………私にも、誇りはあるのです………!」


 ちっぽけだけど、何度も踏み躙られてきたけど、それでも確かにあるんです。

 民を導く、上に立つ者である貴族としての誇りを。


 部外者の手は借りません。私が、やるんです………!


「………あ、あああぁぁ!!」


 杖を拾い、足をもつれさせながらも狂人に突進します。

 狂人は私の行動が予想外だったのか、動きを止めました。

 その無防備な腹に、杖の先端を押し付けます。


「何を───」


「吹き荒べ! 『双嵐』!」


 それは、捻り、歪み、引き千切る二つの嵐の奔流。

 私に相手を傷つける覚悟がないゆえに使えなかった、人殺しのための魔法。


「ぐっ、ああああぁぁぁ!!」


 狂人はその風に揉まれながらも、その場で耐えています。

 零距離で直撃しても、なお立って抵抗しているのです。


 ですが、貴方の野望の芽は、ここで摘みます!


「小娘がぁぁ!!」


「ああああぁぁぁ───!!」


 杖を握る手にさらに魔力を込めて、嵐を強くします。

 狂人の手が私の肩を掴み、頬を引っ掻き、腕を握り潰しても、構わず魔力を流し続けます。


 やがて、狭まり行く視界に白く薄い破片が映ります。

 それと同時に、私のではない真っ赤な血が飛び散り行く様も。


「が、あああぁぁ!!」


 衣服が破れ、装飾が飛び、その端正な顔を歪ませながら、狂人は絶叫し抵抗します。

 このまま、最後まで共に

























「おい、聞こえるか!? ルルノイ!」


 遠目からでも凄まじい魔導であることが分かるほどの嵐が、嘘のように消えていく。

 舞い上がった砂塵が全て落ちると、晴れた砂煙の中から一つの人影が揺れる。

 それは、ルルノイではなかった。


「お、嬢様………」


 元は豪奢だったであろう服が傷だらけになりながらも立っていたのは、デラクルだった。

 ルルノイはその足元で跪き、やがて横に倒れる。


「魔力切れか………!」


 あそこまで高威力の魔導を継続して使うのには、それ相応の魔力が必要だ。

 しかし、人一人を降参に追い込むにはそれで十分………だったはずなのだが。


「ご覧ください! 貴方達の希望はこの通り! 私に敗北しました!」


「「………………………」」


 そう勝利を宣言する高らかなデラクルの声ですら、護衛達は動かない。

 その握り締めた拳から、薄く血が滲んでいるというのに。


 まだ、信じているのだ。ルルノイが勝つことを。

 魔力切れで倒れ伏しても、死にかけていると分かっていても、ルルノイの意思を優先しているのだ。


「くそっ、不器用な奴だらけだな!」


 出場口から出て、風で飛びながらデラクルに突進する。

 まずは奴を潰す!


『その必要はありません』


「………あ?」


 突然、マレの声が頭の中に響く。

 咄嗟にマレがいたところを見ると、その身体から炎を噴き出しながらデラクルの方に歩いていた。

 ベールや眼帯は燃え尽き、耐火性があるらしい変な服の隙間から、白混じりの炎が顔を覗かせている。

 何かを燃やしているわけではないらしく、その炎からは一切煙は出ていない。


 また、ナニカが身体を乗っ取ったらしい。

 しかし、魅了で混乱しているはずなのに、その目はしっかりとデラクルを捉えていた。

 魅力的な相手ではなく、敵として。


「『獄炎(インフェルノ)』」


 マレがデラクルにそう唱えると、マレが伸ばした手の袖から出ている火が蛇のように蠢き、デラクルを囲む。


「なっ、なぜ魅了が………」


 デラクルが混乱している間にも炎は勢いを増し、その身に焦げ跡をつけていく。

 デラクルは必死に逃げようとするが、獲物に捕らえた蛇のごとく、炎はデラクルに巻き付いて離さない。

 それはさながら、地獄の業火に燃える罪人のようだった。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁ──────!」


 デラクルの、長い長い絶叫が響き渡る。

 それは悲痛な叫びであり、「なぜ私が」という傲慢な声でもあった。


「焼かれなさい。全ての行いを後悔しながら」


 一方で、その痛快な惨劇を作り出すマレは、無表情だった。

 デラクルを、人間を追い込んでいるとは思えないほど全くの無感情で、焼いている。

 マレであれば、そもそもこんな魔導は使わない上、使ったとしても一瞬だけだろう。マレは優しいのだ。

 しかし、今のマレは、優しさの欠片もない。淡々と処理を行う処刑人のようだ。


「ッ! おい、もう止めろ!」


 我に返って、マレに止まるよう促す。

 その中身が誰であれ、マレに人殺しの咎は背負わせない。

 かつての私のように、悩ませたりさせない。


「………………………そうですか」


 マレは私を一瞥した後、手を下げる。

 すると、デラクルを囲んでいた火は途端に弱くなり、勢いを無くす。

 その火が完全に晴れると、全身を爛れさせたデラクルが倒れているのが見えた。

 死んではないようだが、このままでは一日と待たずに死ぬだろう。それでも人殺しになってしまう。


『モニ、学園長に二人分の救護を頼めるか!?』


『わ、分かった!』


 総合病院は学院内にある。今から緊急救護班を呼べば、間に合わないことはないはずだ。

 しかし、問題はまだある。


「お前は………誰だ?」


 デラクルはすでに気を失っている。つまり、魅了は解けているはずだ。

 にもかかわらず、マレはまだ戻ってきていない。魅了によって形成された人格が、なぜかまだ残っているのだ。


「あり得ないはず、なんだが………」


 マレはただ無感情に無表情に、デラクルを眺めている。

 己が作り出した光景だというのに、まるで他人事のように見ている。


「お前は、誰なんだ………?」


 マレは、私の問いに答えない。

 しかし、その代わりと言うように、ルルノイに近づいた。


「何をするつもりだ!」


 すぐに引き剥がそうとするが、身体が動かない。

 何か毒を食らったとか、魔導に当たったとかではない。ただただ、マレと目が合っただけだ。


 三重瞳の奥に、白い炎を宿している目と。


「まさ、か、神なのか………?」


 『望まぬ縁』。それが影響している、のだろうか。

 だが、白混じりの炎の神など聞いたことがない。人の身に宿ってなおここまでの力を振るえるのなら、相当高名な神のはずなのだが。


「………………『燃え消えろ(フレイム)』」


 マレの言葉が仄かに響く。

 すると、先ほどまでデラクルを包んでいた蛇のごとき炎が、今度はルルノイの腹に向かった。

 しかし、その炎はルルノイを傷つけることなく、腹の傷に群がり、血を蒸発させ………


「いや、違う。傷そのものが………燃えている?」


 理屈は分からない。

 しかし、今この目に映る事実として、炎に触れた傷は灰を舞い上がらせながら消え、そこから白い肌が顔を覗かせる。

 それに合わせるようにしてマレは刺剣をゆっくり引き抜くと、剣身についた血は瞬時に燃えて蒸発し、腹の穴も炎が一瞬隠しただけで綺麗さっぱり消え失せた。


「………な、デラクルもか?」


 さすがにやり過ぎと思い直したのか、虫の息のデラクルにも炎が手を伸ばし、時を戻すように焦げ跡を貴族特有の白い肌に塗り替えていく。

 それはむしろありがたい。ありがたいのだが、デラクルは全身を燃やされたのだ。この炎は服までは直さないらしいので、このまま傷を治すと………


「裸一貫になったな………………アソコちっさいな」


 まあ、貴族の尊厳も何もなくなったデラクルは置いておいて、これでマレは人殺しにならなくて済んだ。

 ルルノイも完治し、刺剣が突き刺さっていたとは思えないほど元通りになった肌が顔を覗かせている。

 しかし、それを行った当の本人は───


「や、やってしまった。約束を、破った………」


 先ほどまでの人間味のない表情はどこへやら、今は何かを思いつめるように頭を抱えている。

 それどころか、マレの身体から噴き出していた炎が勢いをなくし、やがて熱すら残さず完全に鎮火した。


「な、なんだ? まさか、また新しい人格か………?」


 マレは私の問いに答えることなく、そもそも気づきすらしておらず、仰向けに倒れているルルノイの前で言葉を零す。


「違う、本使はそんなつもりでは………いやしかし、事実は変わらず………犯した罪は───」


「ッ!? おい! 大丈夫か!?」


 急にマレが力なく倒れ、ルルノイの上に覆い被さる。

 そのとき「ぐえっ」と声がしたが、まずはマレの安否だ。

 マレの身体を横に転がして仰向けにし、口や胸に手を当てた。


「脈は………ある。呼吸も………しているな。だが、眼帯がなくなったな。何かしら代用できるものを………」


「私の心配も、してほしかったですね」


 むくりと、ルルノイが起き上がる。

 不思議そうに腹を見ているが、そういうことをしている場合ではないと判断したらしく、上を仰ぎ見た。


「敵気絶につき、決闘の裁決を!」


 ルルノイがそう叫ぶと、一抹の微風が髪を揺らす。

 それに、ルルノイは目を輝かせた。


「で、では、証を!」


 ルルノイが天に両手を伸ばす。

 すると、先ほどより若干強い風が吹き下ろし、それを真正面から受けたルルノイは右目を抑えた。


「ぐ………あ、あぁ………!」


「お、おい、大丈夫か?」


 痛みに呻き汗を流すルルノイは、それでも嬉しそうに笑いながら右目を開けた。

 龍のような、青い縦長の瞳孔を湛える右目を。


「おい、その目は………」


「この決闘において、私が勝利した証です! 叔父様の方には、バツ印のついた目が授けられているはずです」


「それが、証なのか」


 人外の目を植え付けられたというのに、ルルノイは小躍りするように飛び跳ね、その身で感情を表現する。

 未だ出場口で様子を見ている皆は、この状況がよく分からないだろうな。


『えっと、学園長がどういう状況か聞きたがってるんですけど………』


 私の予想をなぞるように、モニの声が頭の中で響く。

 とりあえず、戻った方が良さそうだ。


「あ、少し待ってください」


 マレを抱え上げて移動しようとすると、ルルノイがデラクルの方に駆け寄り、その傍らから何かを拾い上げる。

 その後、デラクルに何か一言言ったかと思えば、すぐに戻ってきた。


「継角ですよ。あちらは正式に敗者となりましたので、もう必要ないでしょう」


 計画の要を無事終えたことで肩の荷が下りたのか、ルルノイの物言いが少しきつくなっているように感じる。

 だが、私としても少し荷を下ろせたように思える。未だ、『望まぬ縁』の問題はあるが。


「さて、戻りましょうか。勝利を伝えるために」







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