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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
祝福された呪い子

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94、微風は止まらず






「マレ! おいマレ! クソッどうなってる………!?」


 歓声はすでに、疑問に変わっている。

 決闘場の中央では、灰の武器を全て消したマレがデラクルの首を掴んで持ち上げていた。

 デラクルはもがいているが、それ以上にマレの力が強いらしく、びくともしていない。

 だが、マレにそんな膂力はなかったはずだ。一体、何が起きている?


「え、なんっ、お、お待ちください! 双嵐龍様、待ってください!」


 隣のルルノイが悲鳴のようにそう叫ぶ。

 その視線の先には何もいないが、何やら双嵐龍が離れていこうとしているらしい。


 いや、それは重要ではない。

 とにかくマレを止めないといけないのだが、この決闘に割り込んでいいのか………


「なぜ………なぜですか! 参加者はあの四人だけ、他に参入した者はいません! 私のは力の解放をしただけですし、それは双嵐龍様も───!」


 決闘のことをよく知っているはずのルルノイに諸々を聞きたいのだが、当人は双嵐龍と会話中らしい。


「え、違う? あれは、ファドマさんじゃないと………?」


「………確かに、あれはお母さんじゃない」


「ちょっと待て、それはどういうことだ?」


 ルルノイとミズノが、同じような言葉を発する。

 ということは、なんだ? 今デラクルを掴んでいるのは、決闘には全く関係ない別人だと?

 だが、なぜマレの身体で………


「いやそうじゃない。おい、あれ割り込んでいいのか!?」


「………はい、決闘は無効と、なりました」


 ルルノイが肩を落としてそう答えるが、私にしてみればそれはどうでもいい。

 すでに決着はついている上、力量差も歴然だ。

 今はとにかく、マレの………マレのカタチをしたナニカを止めなければ。


 現在、マレは観客達の悲鳴を浴びながらも、もがき苦しむデラクルを不思議そうに見ている。

 まるで、なぜ苦しんでいるのか理解できないというように。


「『大いなる風よ!』」


 風で身体を浮かし、瞬時にマレのそばに飛ぶ。

 マレはそれに気づいて私を見たが、その目は旧知を見る目ではなかった。

 例えるのならば………そう、今初めて会ったかのような。


「マレ、デラクルを離せ。手を汚す必要はない。もう勝っている」


「─────────」


 マレが口を開く。

 だが、それは会話のための行動ではなく、声なき詠唱だった。


「ッ!?」


 咄嗟に上に飛ぶ。

 しかし、それは失敗だった。


 マレのもう片方の手が払われ、私が元いた場所が炎によって焼き払われる。

 その炎熱が、上にいた私の服を揺らす。


「ぐっ!? 灰しか使えないはずでは………!」


 マレに教えたのは灯火の魔術、その始まりの『種火』だけだ。

 マレが新たに作った魔術もその灰から派生であり、ここまで強い炎を主とした魔術ではないはずなのだが。


「───めて? 私………違う。お、わたっ………」


 マレの身体がふらつく。

 デラクルはその隙により強く抵抗しようとしたが、それはさらに自らの首を締めることになった。


「はなっ………せ………ぐ、ぅ………」


「誰? 誰なの? 死にたい?」


 明らかに、マレではない。

 こんな殺意を溢れさせているのは、マレではない。

 では、このマレの身体を動かしているのは、誰だ?


「ねぇ、誰? 誰? 誰?」


 マレの手により力が入り、その手から白が混じった炎が漏れ出す。

 これ以上はマズイ!


「すまん、マレ!」


 風をひとところに集め、大きな塊としてデラクルの身体にぶつける。

 横からの衝撃には強くないのか、デラクルはマレの手から離れて地面に転がった。


 マレはそれをぼーっと見つめるが、やがて私の方に向く。

 死人のような表情で。


「だ、れ? 私は………違う。やめて。そうじゃ、ない………」


「………なんだ?」


 マレは私に手のひらを向けるが、先ほどのように詠唱はせず、何かを迷うように瞳を揺らす。

 せめぎ合っている………のだろうか。ならば、こちらから呼びかければ………


「マレ、戻ってこい! そんな知らんやつに負けるな!」


「ま、れ………?」


 マレの身体がさらに揺れる。

 やはり、身体をナニカに乗っ取られているだけのようだ。この程度で揺らぐのなら、もう少し呼びかければ戻るはず。


「おい! お前はなんだ! マレを返せ!」


「まれ………身体、返す………」


「あ、ああ、そうだ。マレの身体を返せ!」


「返す、身体………うん、返さなきゃ」


 ………思ったより素直だ。敵対しているわけではないのか?

 とりあえず、相手は返すつもりのようだが………


「返さなきゃ………返さ───」


「ッ!? おい!」


 突然糸が切れたように倒れ込むマレの前に滑り込み、私より大きいその身体を支える。

 マレは完全に脱力し切っているようで、魔法を使って自らの身体をも支えなければならないほどの重量がのしかかってきた。


「おい、大丈夫か? 起きてるか?」


 呼びかけても返事はない。

 しかし、微かに上下する胸とその鼓動音で、生きていることは分かった。


「決闘は中止だ。いや、違うな。マレの勝ちだ。帰るぞ」


 とにかくマレを休ませるため、だらんと垂れた手足を引き摺りながらも出場口に向かって歩き出す。

 しかし、それを邪魔する馬鹿者が一人、声を張り上げた。


「待てッ! 決闘はまだ終わっていない………!」


 振り返れば、貴族にあるまじき醜悪な顔で激怒しているデラクルが立っていた。

 その右手にはその感情を表すかのごとく固く握り締められた、剣身の溶けた刺剣が構えられている。


「………それで何ができる? 貴様はもう負けている」


「それは貴女にとってでしょう? 観客にとっては、まだ決闘の決着は決まっていません。なにせ、未だ降参が宣言されていないのだから」


 面倒くさいな、こいつ。

 素直に負けを認められず、戦えない者を前にしてなお決闘を続けようとするとは。


「さあ、渡しなさい。決着をつけます」


 明らかに殺す気だ。

 こいつは、私がウィンダリア家の出であることは分かっているはず。

 なのにこうして強気に出られるのは、ひとえに決闘に介入できないと思っているからだろう。

 その決闘が無効となった以上、その制限すら消え失せているのだが、こいつに双嵐龍の声は聞こえていないらしい。


「学園長は………黙認か」


 先ほどから、学園長の声も実況も聞こえない。

 あの慧眼を持つ学園長ならば、何かしらあれば必ず声を出す。そうしないということは、これでいいと思っているのだろう。

 さて、その学園長が、これから私がしようとしていることも認めているのか分からないが、そうでもしないとマレの身の安全を確保できない以上、やらないわけにはいかない。


「『大いなる風よ』」


「『水刃』!」


 同時に魔導を放つ。

 だが、相手は一つに対して、私は一度に複数を発動させた。詠唱破棄はこういうこともできる。


「なっ、決闘のじょうけっ………ぐあ!?」


 最後まで私が制限に囚われていると思い込んでいた男は、その風を一身に受けて大きく吹き飛び、決闘場の壁に叩きつけられた。

 その際、音は聞こえなかったが、デラクルの周りから白く薄い破片が飛び散る。あれがデルンツ王国の貴族に与えられるという防御魔術だろう。純粋な衝撃は発動するが、マレがやっていたような掴みには発動しないらしい。


「………気絶したか。貴様らには相応しい無様な最後だな」


 砂の上に転がる男達を背に、マレを出場口まで運ぶ。

 観客達の混乱した声は聞こえていたが、私はそれに応えるつもりはなかった。


「お母さん!」


 マレを下ろすと、すぐに子ども達が駆け寄ってくる。

 遅れてルルノイ、ニャテルも来た。


「ファドマさんは無事ですか?」


「ああ、呼吸も脈もある。気絶しているんだろうが………」


「ですが?」


「あの状態だったからな。目覚めるかどうかは………」


「そう、ですか………」


 皆には酷なようだが、それが現実だ。

 だが、本当にあれはなんだったんだ? マレの様子もおかしかったが、デラクルも同じく決闘として似つかわしくない動きをしていた。

 何か話していたようだが、デラクルの方はマレの方に手を伸ばし、マレも攻撃の手を止めていた。一体、何が………


「いや、待て。つまり、そういうことか………?」


 マレがおかしくなる直前、何か会話していたと思っていたが、あれがサキュバスが使えるという魅了の力の影響だとしたら?


「いや、それでデラクルの行動の説明はつくが………」


 魅了されたにも関わらずデラクルを締め上げたマレの説明がつかない。

 デラクルにも予想外のことが起こったのは分かるが、そうなると私達には推理しようがない。

 グランシアが持つ解析魔術なら今のマレの状態を知ることができるのだが、あいにくあいつは仕事中でこっちに来ていない。


「どう、すべきだ………」


 そう頭を悩ませていると、マレの顔を覗き込んでいたニャテルが立ち上がった。


「………とにかく、私は学園長に報告してきます。まずはこの決闘を終わらせなければ」


「はい、お願いします」


 ルルノイの許可を得たニャテルはすぐに廊下の奥へと走っていき、しばらくして決闘場に声が響き渡る。


「西方全員気絶により、勝者は東方。これにより此度の決闘を終了とする」


 観客達はそれに不満の声を出しつつも、その声も徐々に少なく、小さくなっていく。

 反対側の出場口からはサイルガ家の私兵達がわらわらと出て、未だ砂面に転がるサイルガ家を回収していった。


 やがて、決闘場は物音一つしない静寂に包まれ、すでに閉場の準備も進んでいるのか明かりも少なくなっていく。

 残されたのは、私達だけだ。


「………とりあえず、総合病院まで行くか。あそこには人体に関する知識が多い。今のマレの状態を調べる手立てもあるだろう。そこで解決策を───」


「その必要はありません」


 突然背後から声をかけられて振り向くと、そこには学園長がいた。

 その横には、ニャテルもいる。


「診断をしに来ました。ファドマさんを診せていただけませんか?」


 学園長のその言葉に、全員が道を開ける。

 確かに、この魔女ならきっと………


 学園長はマレの前に跪き、首、手首、胸を順々に触る。

 その後、何かを呟き、ベール越しにマレの顔へ手を当てた。

















「んあっ?」


 なんか、寝てた………?


「おはようございます、ファドマさ………ん………?」


 目を開けたら、不思議そうな学園長の顔が見えた。

 って、学園長!? なんで!?


「起きたか、マ………ファドマ!」


 固まった学園長をやんわり押し退けて、ライムが顔を覗き込んできた。


「起きれるか? 痛いところはないか?」


「え、あ、うん、大丈夫」


 ライムの伸ばされた手を取りながら、上体を起こす。

 ここはどうやら出場口のようで、決闘場はすでに暗く決闘はもう終わってることが分かった。

 でも、俺は最後………


「な、にがあったんだっけ………?」


 デラクルが変なことを言いだしたところまでは覚えてる。具体的に何を言ってきたのかまでは覚えてないけど。

 でもって、ポインターとアタッチメントが全部消えてる。決闘場に転がってもないし、誰かが持って帰った? アタッチメントを下にしてポインターを落としたら、理論上は星の内部まで食い込むことになるから、そこんとこ心配なんだけど………


「あの灰の武器のことが気になるか? あれはファドマ自身で消したから心配しなくていい。もっとも、その感じでは覚えていないだろうがな」


「そう、なの? あの後、何が………」


 なんというか、記憶が曖昧というか、そもそも覚えてるかすらも分からない。

 皆の雰囲気を見る感じ決闘には勝ったっぽいけど、俺にはその記憶はない。

 もしかして、デラクルのせいで記憶が飛んだ? なんか変なことしてたし。


「………ああ、なるほど。そういうことでしたか」


 首を傾げていると、学園長が合点がいったというように納得し始めた。

 皆もよく分かってないみたいで、不思議そうな顔をしてる。


「皆様にも分かるよう、説明します。ライムさん、ルルノイ様、十数年前の事件は知っていますか? 学院にて起こった、魔法が明確に差別されるようになった原因を」


「もしや、あの人工的に人を作るという………」


「………すみません、私は知りません」


 ライムには心当たりがあるようで、思い出そうと目を泳がせる。

 対してルルノイは知らないらしく、申し訳なさそうに俯いた。


「いえ、この事件は知らなくて当然なのです。学院外の人間にはそれとなく秘匿されていますから。この事件を簡単に言えば、ある貴族と魔女が、協同して人工的な人間を作ろうとした事件です。伝説になぞらえて言えば、ホムンクルスを作ろうとしたわけですね」


「ホムンクルス………?」


 いや、その名前は当然知ってるんだけど、それが俺とどう関係する?

 あ、もしかして、ジバが俺の身体をいじくり回したのもその事件で使われた魔導と同じとか? いや、学園長は知らないはずだし、違うか。


「その事件は忌まわしきものとして刻まれたわけですが、研究として何も進展があったわけではありません。その一つが、魔導と人格の関係です」


「………まさか、その事件では人格さえも人工的に?」


「さすがルルノイ様、その通りです。結果的に言えばそれは失敗したのですが、今ではその原因が分かっています。それは、彼らは『人格の書き換え』を行おうとしたからだと」


 魔導なら、そんなことが可能………いや、結果的には失敗って言ってるし、できないのか。


「というのも、魔導のいかなる手段をもっても、人格に対する干渉は不可能なのです。これは信仰心、想像力関係なく、できないのです。これはいわば魔力そのものの『運命』であり、いかなる者もそれを変えることはできません。それでも彼らは人格の書き換えに固執するあまり、人格の書き換えではなく、新たな人格を生み出す結果となりました。これが、マレさんにも起こったと考えられます」


「………え?」


 つまり………どういうこと? 俺に新しい人格ができた? なんで?


「………皆様混乱していますね。大丈夫です、考えればすぐに分かることですよ。デラクル様はいわゆる先祖返りでサキュバスの力を持っているとのことでしたね? ならば、それには『魅了(チャーム)』も含まれています。しかし、先ほど言った通り人格の書き換え、つまり元の人格への干渉は不可能。ということは?」


 事件では、人格への干渉はできないから、新しい人格ができた。なら、魅了も同じことが起きたと考えると………


「新しく『魅了された人格』ができた………?」


「マレさん、ご明察です。元の人格への干渉ができないゆえに、『元からそうだった』人格が生まれたのです。その人格は同じ身体、同じような思考であるために記憶も引き継がれます。ですがまあ、これは関係ありませんね。私の考えでは、元の人格と新しい人格、それがせめぎ合ったせいであのような事態になったのだと考えられます。人格が混濁しているはずなので、記憶も曖昧になっているのではないでしょうか」


 曖昧っていうか、そもそもないんだけど………


「マレ、少しいいか?」


 学園長の説明に納得ができず何が違うのか考えてると、ライムがそう耳打ちしてきた。

 学園長はそもそも理解できてないルルノイとニャテルさんにまた説明してるから、その隙にライムとともに少し離れる。

 子ども達は密談をするつもりなのが分かったのか、俺達から離れて学園長の方の話に混ざった。


「………小声で話すぞ。前、マレが私に打ち明けてくれたことは覚えてるか? 前世のこと、マレ自身のことを」


「うん、覚えてるけど………それがどうしたの?」


「………マレはまだ、男のつもりなんだろう?」


「まだってかこれからもだけど、まあそうだよ。でも、それがどうしたの?」


「だが、デラクルはマレを女(・)と(・)し(・)て(・)魅了をかけたはずだ。そうなれば、女として魅了された人格ができる。だが、マレには男としての記憶しかない。女としての人格にはマレの記憶は引き継がれない、もしくは少ししか引き継がれない、と考えられる」


「な、なるほど? え、でも、それが何か関係するの?」


「私がマレを止めようとしたとき、マレは私が誰なのか分からなかった。だが、あのときのマレは、女としてのマレは、その身体をマレ自身に返すことを最優先としていた。おかしいと思わないか?」


「魅了されてたなら、デラクル側につくもんね。普通は返さないってなるはずだけど………」


「ああ、だが、先ほど言った通り女としてのマレは記憶を引き継いでいない。私のことを覚えていなかったからな。となると、デラクルのことも引き継がれていないと考えられる」


「………あ、てことは、女としての人格はデラクルが誰なのか分かんなかったんだ。でも、じゃあなんで俺に身体を返すことが最優先に?」


「そこは完全な私の予想になるが………おそらくは、記憶を得るためだろう。女としてのマレは、自分が誰なのかさえ分かっていなかった。考えてみれば当然だ。記憶は引き継がれていないのだからな。つまり、あのときのマレの頭の中には、デラクルが自分かもしれないという考えがあったと考えられる。なればこそ、自身が何者か確かめようとするのは当然だろう」


「なるほど………………え、ってことは、そのときデラクルが、自分がデラクルって言ってたらやばかったってこと?」


「まあ、そうなるな。もっとも、あのときのマレは魅了されていたせいか攻撃的だったから、デラクルは喋る余裕すらなかったが」


 思ってたより危ない橋を渡ってたらしい。

 まあ、もしデラクルをデラクルって分かって完全に魅了されてたとしても、記憶がないから後々自己破壊してそうだけど。


「ん、ってことは本当に勝ったってこと? じゃあ、決闘は───」


「だが、一つ不可解なことがある」


 俺の言葉をライムが遮る。

 不可解なことって言っても、俺が気を失った理由も分かったし、他に気になることなんてあるか?


「マレは覚えていないだろうが、あのときのマレは、私の知らない魔術………いや魔法か? とにかく見たこともない魔導を使っていた。マレは、私に黙っている魔導はあるか?」


「ないはずだけど………?」


「ということは、記憶のないはずの人格が、マレすら知らない魔導を使っていたことになる。私の仮説は間違いか………?」


 記憶のないはずの人格が、元の人格にすらない記憶を持ってるってこと?

 もしかして、その女としての人格にアリスの残滓が発現した? いや、アリスが覚えてるのは『魔女の道導』と『重奏』だけのはずだから、それはありえないか。

 じゃあ、俺の中にいるのはあと………


「………いや、あり得る? でも………そうだとしても交渉は………これしか………?」


 あり得るか? 負(・)け(・)な(・)い(・)よ(・)う(・)に(・)ジ(・)バ(・)が(・)手(・)助(・)け(・)し(・)た(・)なんて。

 でも、もうこれしか考えられない。

 元々サイルガ家の息子達を貶めるのが対価だったから、まあおかしくないっちゃおかしくないんだけど………


「………ねえ、ちょっといい?」


「なんだ?」


 ライムに自分の考えを伝える。

 すると、ライムも同じように唸り始めた。


「………理論的に、ありえなくはない。ありえなくはないが、感情的には考えられないな。奴は完全に疫病神だ。手助けするとは思えん………………いや、待て。まだマレの中にいると言ったか!?」


「う、うん、多分だけどね。ジバは無意識の中に宿るらしいから」


「………分かったところで何もできんか。私としては、一刻も早く出て行ってほしいところだがな」


 それは難しいかな。エンガラスさんとの約束があるから、それを果たすまではこのままだと思う。

 まあ俺も、ジバがまだ中にいるって改めて認識したら、今すぐ追い出したくなるけど。


「───ようやく理解できたようですね。つまりはそういうことです」


 ちょうどよくあっちの説明も終わったらしい。

 じゃ、これからは………何すんだ?


「私から皆様に、改めて話があります」


 皆の様子を窺っていると、ルルノイが沈痛な面持ちで声を出した。

 皆もその話が何なのか分かるのか、ルルノイと同じ表情になる。


 あれ、勝ったんだよな? なんでこんなお通夜みたいな雰囲気に?


「実は、おそらくはデラクル叔父様の魅了のせいで、乱入者が現れたとみなされて決闘は無効となりました。つまり、今回の勝敗も、無効です」


「え?」


 ………いや、確かに記憶のない新たな人格は、もはや別人って言っていいんだろうけど、え、それだけで無効? ここまでやったのに?

 ん? いや、そもそもの話、この決闘で何が決まるの? なんか計画の一つだからやってたけど、勝って何が変わる? 継角はもうこっちにあるし、決闘のする意味って………?


「元々私達は、ある希望を持って叔父様方に挑んでいました。一度でも敗北を知れば、敗者の気持ちも知れるだろうと。その通りになれば、叔父様方のこれからの行動を制限しやすくなったはずです。しかし、現実はそうは行かなかった。双嵐龍は決闘を認めず、異常事態により勝敗もうやむやです。もう一度決闘を仕掛けることはできますが、あちらが応えるかどうか………」


 なるほど。まあでも、あんな負け方だから、むしろあっちから仕掛けてきそうだけどね。


「ルルノイ様はそのようなお考えなんですね。私の名のもとに、今回の決闘の勝者はマレさんと宣言しました。例え双嵐龍が認めなくとも、それだけは事実です」


「それは、分かっていますが………」


 学園長が慰めても、ルルノイは肩を落としたまま動かない。

 ずっと黙って見守っているテンさんとベイラさんもかける言葉が見つからないのか、沈黙を貫き続ける。


 この三人が、今までどれだけの苦労をしてきたのかは分からない。

 あの息子達のとばっちりを受けて、それでも前に進み続けて。

 その結果、決闘は勝ち負けが曖昧になった。次があるかどうかも分からないのに。


「──────」


 何も、言えない。言葉が見つからない。

 ルルノイ達のことは好意的に思っているはずなのに、慰めることもできない。


 ………まただ。また、何も思えない。

 相手はこっちを思って行動してくれたのに、俺は今のルルノイ達を見て、残念だったね、としか思えない。

 相手は恩人だ。しかも、これ以上ないくらいの命の恩人。その人が落ち込んでいるというのに、慰めの言葉すらかけれない。


 やっぱり、俺はどこかおかしいんだと思う。

 普通の人なら、たとえその言葉が偽りだったとしても、ルルノイを慰めるのになんでもしたはず。

 ルルノイは、それ以上のことをしてくれたんだから。

 でも、俺は………


「………あ、す、すみません、ファドマさんのせいではありません。だから、落ち込まないでいいんです」


「あ………」


 もしかして、顔に出てた?

 落ち込んでる相手に気遣われるなんて………


「え、な、なんでもっと落ち込むんですかぁ………?」


「………はぁ、今は前を向くぞ。とにかく、再戦するでいいんだな?」


 暗い雰囲気を壊したかったのか、ライムがルルノイにそう問いかける。

 ルルノイはまだ俺の様子を気にしてるけど、大きく頷いた。


「叔父様方が完全に負けを認めるまで、何度でも。今はこの通り継角がありますので、今度は私も参戦できます」


「………私は、参加できないか?」


「ライム様が、ですか?」


 確かに、ライムが参戦したらデラクルさえ一撃でノックダウンできるはず。

 でも、サイルガ家じゃない貴族が参戦して奴らが敗北を認める可能性は………


「残念ですが、叔父様方は認めないでしょう。先の決闘でもライム様は乱入気味でした。あちらはライム様を無粋者として見る可能性があります」


「………そうか。まあ、言ってみただけだ」


 その言葉にしては割と肩を落としてる感じがするけど、まあ気づいてない振りしとくか。

 多分ライムは戦闘を楽しむタイプだから、目の前の決闘に参加したかったのかな?


「………皆様、ご歓談のところ失礼します」


「?」


 急に、学園長がそう割り入ってくる。だけどその視線は俺達じゃなく、出場口の先に向いていた。

 それにつられて俺も決闘場の方に向くと、一つの人影が歩いて来ていた。


「我が名はデラクル・サイルガ! 再戦を所望します!」


 寮で会った時とは思えないほど振り乱した様子で、憤怒しているデラクルがそう叫ぶ。

 観客のいない決闘場でその声はよく響き、だからこそその言葉には殺意が含まれているのが分かった。


「ルルノイ様、マレさん、どうしますか? あの様子では、もし仮にこちらが降参したとしても、あちらは認めないでしょう」


「私は最初からその覚悟ができています。ファドマさんは………」


 ルルノイが心配そうにこっちを見る。

 まあ、こんな俺だから心配になるのは分かるけど、さっきの決闘でデラクルは俺に傷一つつけられていない。

 しかも、今度は2対3っぽいから、ヘイト分散の意味でももっと傷つけられなくなる。

 なら、勝ち目はあるどころか必勝になるでしょ。あの炎嵐は一回きりだったとはいえそれなりの魔含晶を消費させたし、在庫も少ないはず。その意味でも負ける可能性なんてない。


「私も行けます。今度はちゃんと叩きのめします」


「………ありがとうございます。では、受けましょうか」


 一緒に立ち上がって、出場口に並ぶ。

 俺達の姿を見つけたデラクルは、怒りを込めた笑みを見せた。


「………行きましょう。今度こそ、決着をつけます」







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