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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
祝福された呪い子

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93、炎と灰のプレリュード







「………広くない?」


「私が十分に飛び回れるほどある。だが、それは回避できるスペースが十分にあるということでもある。興奮して突っ込むなよ」


「うん、分かってる」


 まるでコロシアムのような広い広い円形の空間に、砂の床といくつものシャンデリアがぶら下がる天井、そして音がここまで聞こえるほどの人数が詰めかけている観客席で、決闘場はできていた。

 今はその決闘場の四方向にある入り口の一つ、東出場口に立っている。目の前はもう、過去に何度も決闘が行われたらしい戦場が広がっていた。


「でも、この広さならベールも必要なかったんじゃ………」


「いえ、万が一ということもあります。それに、戦いをよく見ようと遠視魔術を使う者もいるそうですから」


 俺含め全員が、顔を完全に覆うベールを着けている。ムニンの力作だ。

 ルルノイの話だと、これを着けないと厄介事に巻き込まれる可能性が高いらしい。

 ちなみに、俺だけは外套みたいな白いマントを羽織ってる。まあ、この服を着替える気はないからね。


 っていうか、視力良くする魔術あんじゃん。ニャテルさんの神無塔調査も………そういや、ニャテルさんはどこ行ったんだ? ギルドで会ったけど、あのときはずっと無言だったし、皆は気にしてないっぽいし………


「おい、準備するらしいぞ。早く来い」


「あ、う、うん」


 ライムに呼ばれて、出場口の奥に入る。

 青白いランタンみたいな照明に照らされた薄暗い石畳みの廊下に、ルルノイとその護衛、バルデルハラ街のギルドマスターとセーネインさん、そして子ども達が待っていた。


「ファドマさん、こちらへ」


 ルルノイに手招きされてそこに寄ると、ルルノイは両手の指を複雑に組んで、まるで祈るみたいな姿勢になる。


「では、双嵐龍の加護を発動させます。ですからその………胸元を、見せていただけると………」


「あ、分かりました」


 多分、刻印が見えるようにしないといけないのかな?

 とりあえず言われた通りに、上着を脱いでから首元のチャックをへその上辺りまで下ろす。

 胸がちょっと見えそうだけど、刻印は胸と腹の間にあるし、まあ仕方ない。


「その、羞恥心とかは、ないのですか? ほら、周りには男性もいることですし………」


 ルルノイは俺がノータイムで脱ぎ出したことに驚いたのか、顔を赤くして周りを気にする。

 いや、そりゃあるにはある。けど、周りは大体俺の裸体を閲覧済みだし、そういう目で見る人達じゃないし。

 一応男性陣は目を逸らしてるから、そう気にすることもないでしょ。


「大丈夫です」


「そ、そうですか………では、刻印の解放を行います。少し痛くなるので、気をつけてください」


 ルルノイは顔を引き締め、目を瞑って何かを唱え出す。

 それに呼応するように、俺に刻まれていた落ちる竜の印が輝き出して、そこだけちょっと熱くなった。


「───契約に則り、今こそ力を求めん。『双嵐の力を』」


「熱っ? いった!?」


 ルルノイがそう唱え終わった瞬間、刻印がさらに熱くなり、痛みを伴い出す。

 それと同時に、刻印の上をミミズが這いまくってるみたいな感覚も出てきた。


「───ッ」


 声を噛み殺しながら耐えていると、スイッチを切ったみたいに、急に痛みがなくなる。

 刻印の輝きも落ち着きを取り戻して、廊下を照らすほどだった光が消えた。


「すみません、痛かったですよね?」


「ま、まあ、痛かったですけど………」


 刻印をさすりながらそう答えると、その刻印が少し変わってることに気づいた。

 いや、少しどころじゃない。全部変わってる。


「それが、私が最初に刻んだ、私だけの刻印です」


 さっきまでは逆さまになって落ちていくような竜の印だったのが、今は四枚の翼を広げて上を見上げる龍の印になっていた。

 その龍の周りには、風っぽいぐるぐるとした小さな印がいくつか加わっている。


「これは、サイルガ家に使おうと思っている紋章です。叔父様方を打倒した後、お祖父様とともにこれを掲げるのです。汚名を返上する、新たなサイルガ家として」


「………上手くいくといいな」


 ライムがどこか呆れたような、でも羨ましそうな表情でそう言った。

 ライムの実家もかなり酷いらしいから、こうやって実際に変えようとしているルルノイが羨ましいのかも。それか、決闘くらいで変えれるくらいマシな家の方が羨ましいのかな? ライムなら決闘で負けるなんてことないだろうし。


「とりあえず、私の準備は終わりました。これでいつでも嵐を呼べます。ファドマさんの準備はどうですか?」


「あ、今やります」


 チャックを元に戻して上着を着た後、ルルノイ達から離れる。

 確か、初動で嵐を呼んで削るって言ってたから、盾がいいか。


「『原点(ポインター)籠手(ガントレット)


 そう唱えると、左手を包むように灰でできた籠手が現れた。

 魔術名の通り、これは相対座標に使うガントレット型の原点で、ここから色んなアタッチメントを付ける。


「『追加武装(アタッチメント)大盾(タワーシールド)』」


 俺の身長を優に超す長方形の大盾が現れる。それは俺の腕と直角、腕を下げた状態では横になっている。

 これなら、正面からの攻撃は全部防げると思う。ただ、防御性能を優先して覗き穴はつけなかったから、相手が避ける暇もないくらい素早く接近しないと。


「あとは……… 『原点(ポインター)長棒(ポール)』。んで、『追加武装(アタッチメント)大槌(メガハンマー)』」


 長い棒状のポインターに、人の頭と同じくらいの直径のハンマーを追加する。

 相手を降参させればいいから、わざわざ真剣にしなくてもいい。

 それに、相対座標で殴る以上、面積が多い方がダメージも高いし。


「相手方は準備が整っているそうですよ」


「………あ、ニャテルさん」


 準備がちょうど終わったとき、廊下の奥からニャテルさんが姿を現した。

 その格好は前別れた時と変わっていないけど、目はどんよりとしたものになっている。それは、あのときのグランシアさんや子ども達と同じものだった。


「申し訳ありません。あのときは、話しかけるべきでないと思いましたので」


「そう、なんですか? でも、私は気にしていないので………」


「………ええ、分かっています。分かっていますとも。ですから、これを持ってきました」


 ニャテルさんが懐から取り出したのは、小さな角。それは、ルルノイが轟雷龍を退けるのに使ったあの角と似ていた。


「って、ええ!? それ、どうやって取り戻してきたんですか!?」


 ニャテルさんが持つ角に、ルルノイが大きく反応する。

 というか、取り戻したってことは………


「それ、継角ですよ! 一体、どうやって………」


「………私はダークエルフですから。少し媚びを売れば、これくらい容易いのですよ」


 その言葉が嘘って分かるくらい、声が疲れている。

 でも、だからこそ、



 心が、温かい。

 俺なんかのために嫌いな奴らに媚びを売って、それを簡単だと嘘を言う。

 それが俺を思っての行動だっていうのが、本当に嬉しい。

 やっぱり俺は、嫌われてなかった。



「………これ、そんなに必要なものなんですか?」


「はい、すでにファドマさんと叔父様方との決闘と決まっている以上、これを持っても参加できませんが、少なくとも交渉はだいぶ楽になりました」


「あ、いや、ルルノイ様に言ってるんじゃないんです。その、マレさん、そんなに嬉しいんですか?」


「え?」


 気づいたら、口角が若干上がっていた。考えてることが顔に出てたみたい。

 とりあえず口を元に戻すけど、ニャテルさんの問いには頷く。嬉しかったのは事実だし。


「………そうですか。酷いことを言った私の、罪滅ぼしの一つなればいいのですが」


「だから、私は気にしてないって………まあ、はい、そういうことにしといてください」


 ライムや子ども達との経験から、もう何を言っても無駄なのは察した。

 俺はずっと気にしてないって言ってるのになぁ………


 ボアアアァァーーーン


 どうすればいいかと考えてると、ほら貝を吹いたような大きな音が響く。

 それと同時に観客達のざわめきも消え、さっきまでの喧騒が嘘のように一瞬の静寂が訪れた。

 そして、その静寂を聞いたことのある声が切り裂く。


「まず西出場口、サイルガ家の皆様方、ご出場ください」


 落ち着いたその声は学園長のもので、声を張り上げてないことから何らかの魔術で声量を上げてるのが分かった。

 でも次の声は魔術すら使っていない別の人のものだった。


「さあ、現在出場しておられますサイルガ家のご子息達は、その巧みな剣技と魔術によって数々の挑戦者を退け、相手を跪かせるほどの実力者でございます! 彼らに大きな拍手を!」


 なんか解説みたいな人がそう声を張り上げると、雷が鳴ったような爆音が鳴り響く。

 その言葉で反対側の出場口を見てみると、確かに三人の男が闘技場の中心へと移動していた。

 左目が必要ないくらいには、彼らはキラキラとした服を着ているのが分かる。汚れないとでも思ってるらしい。


「ならば、その服を盛大に引き裂いてこい。モニの魔術も、すでにかけてある」


「臆することはありません。相手は慢心し、こちらは念入りに準備しました。嵐もこちらについています。負ける道理がありません」


「短時間で魔術を作り上げるマレさんです。あの虫けらごときに遅れを取るような人ではないでしょう?」


「ギルドマスターとしてこの言葉は不適切なのでしょうが………ぶっ飛ばしてきてください」


「お母さん、頑張って」


 皆からの応援の言葉を背に受けながら、出場口に立つ。

 すると、ちょうどよく学園長からのコールがかかった。


「次、東出場口の名無し様、ご出場ください」


「ふぅ………………よし」


 震える足を無理やり前に出して、決闘場へと出る。

 さっきよりも少ない、それでも大きな拍手音が身を包む。

 眼前に広がるのは広い砂の戦場と、俺を待つ三人。周りは多くの人々で溢れんばかりの観客席で埋め尽くされ、学校で皆の前に立って発表するときとは比べようもない緊張が襲ってきた。


 でも、だからこそなのか、一周回って気持ちが落ち着いてくる。

 もしくは、脳が極度の緊張で麻痺したか。


「今出場したのは今回の挑戦者である名無し様! 個人を特定されないために匿名であり、その素顔をベールで隠しています! それすなわち、実力は未知数! 波乱の決闘にしてくれました名無し様に、盛大な拍手を!」


 解説のその言葉で、サイルガ家と同じくらいの拍手が巻き起こる。

 それでも、目の前の男の言葉は聞こえた。


「あの小娘が面白いことを仕掛けてきたと思えば、得体の知れぬ者を寄越すとは。まあ、いいでしょう。私はデラクル・サイルガと申します。お互い、良い戦いにしましょう」


 言葉遣いは丁寧なのに、その舐めまわしてくるような視線で背筋が凍る。

 ニャテルさんはこんな奴に媚び売ったの? こりゃ勝つっきゃないね。元からそのつもりだけど。


「では、両者、抜刀」


 また学園長の声が響き、三人はそれに従って腰の細い鞘からレイピアを抜いた。

 そのレイピアは模擬戦闘用のものではなく、ちゃんと切れる金属製。接近戦に持ち込むのはマズイかも。


 やがて観客の声が徐々に小さくなり、拍手も消える。

 この決闘場の誰もが、学園長の言葉を待っていた。



「決闘、開始」



 学園長のその静かな言葉が響いたとき、デラクルの左手が閃く。

 咄嗟に盾を構えた瞬間、バンッ!と音が鳴り、左手の少し前という座標を維持していた盾が小さく揺れる。

 どうやら、何か魔術を使ったらしい。無詠唱なところを見ると、確かにデラクルは魔術が得意っぽい。


 でも、それは全て盾で防げる。


「───ッ!」


 一呼吸おいて、走り出す。

 とにかく、嵐の範囲内に捉えないと!


「愚直だぞッ!」


 デラクルの声が聞こえた瞬間、ギャリィン!と金属音が鳴った。

 盾の右端から、しなった剣身の切っ先が見える。

 となると、デラクルから近づいてきたのか! ならチャンス!


『嵐を起こします!』


 頭の中でルルノイの声が響いた瞬間、足元からゴウッと風の音が鳴る。

 それに合わせて、詠唱の準備をする。


「何っ!? あの小娘が………ッ!」


 デラクルは主犯を理解したらしいけど、もう遅い。

 足元の嵐は一気に周囲へ広がり、俺を中心として烈風が巻き起こる。

 風がある程度の大きさになったのを確認した後、俺の切り札の一つを発動した。


「あーるえん てりす!」


 『重奏』、その開放を意味する詠唱。

 つまり、俺が事前に唱えていた1634回分の『種火』を纏めて発動したことになる。

 それを放つ対象はデラクルじゃなく、嵐に。


「クソッ!」


「お、おい、デラクル! こんなの聞いてな………ぐうっ!」


「デラッ………ぐあっ!」


 灰炎を纏う嵐となった風は、俺の周りを呑みこむ。

 近くにいたデラクルはもちろん、少し遠くの次男三男も避けられずに直撃した声が聞こえた。

 これであわよくば降参、そうでなくともデラクル以外はダウンしててほしいけど………


 俺自身は熱さも風も感じない嵐が止んだ後、シャンデリアの光をキラキラと反射するようになった砂の決闘場には………残念ながら三人全員が立っていた。

 その豪奢な服にさえ一つも傷はなく、全員が涼しそうな顔をしている。


「さすがに肝を冷やしましたよ。まさか、複合属性の魔法とは。ですが、魔力がある限り、私達は傷一つ負わないのですよ」


 奴らの裾から、ゴトゴトと水晶が落ちる。それは何回も見たことのある、進化の秘玉あるいは魔含晶と呼ばれる水晶だった。


『確認した。奴らは魔含晶で魔力を補っていたようだ。とりあえず一度体勢を整える。後ろに下がれ』


 頭の中で響くライムの声に従って、盾を構えつつじりじり下がる。

 幸い、奴らは無傷なのを観客に自慢したいらしく、俺の方は向いていなかった。


「おーっとぉ!? 初手で激しい炎の嵐に包まれたご子息達ですが、見ての通り無傷、ピンピンしております! 名無し様、これはキツイかー!?」


 解説、というより実況か? とにかく実況してる人の言葉を受けて、デラクルがこっちに向けてにやりと笑みを浮かべる。

 でも残念。それは俺も同じだ。俺がこの盾を展開し続けている限り、奴らは俺に傷を与えられない。

 そして、まだ手はある。


「『換装(スイッチ)団扇(ウチワ)』」


 ポール型の原点の先にあるメガハンマーを、大盾すらすっぽりと収まりそうな大きな団扇に変える。

 ………力があるって、こんなに自信がつくもんなんだね。


「地に伏せよ!」


 その一言とともに団扇を横に薙ぐ。

 例え嵐ですら吹き飛ばされない奴らでも、全く空気抵抗を受けずに振り抜かれた巨大な団扇の力が一方向に集中すれば、ひとたまりもない。


「ッ!?」


 一瞬で奴らの余裕そうな笑みが消えて、俺の言葉通りに地に伏せて烈風を避ける。

 ダメージは与えられてない。普通に避けられたし。

 でも、貴族、それもこれまで傍若無人な振る舞いをしてきた奴らにとって、これは普通の傷よりもよほど大きいダメージを与えられたはず。

 自ら得体の知れぬと言った者の言葉通り、地に伏せるなど。


「………そうですか、死にたいようですね」


 笑みは消えたまま、その目が敵意に染まる。分かりやすいことこの上ない。

 だけど、状況的にはこっちが不利か? そもそも人数差で負けてるのに、嵐で一人もダウンしなかった。

 囲まれても無傷でいられるけど、そこからの打開が難しくなる。とりあえず一人は消したいけど………


 盾を構えたまま、左右を見る。

 やっぱり、次男三男がそれぞれ左右を囲んできてる。このまま正面のデラクルを相手してたら、横から刺されるのは目に見えてる。

 どうすれば………


『右が近い。奴が多分最弱だ。そこから攻め込め』


「………りょーかい」


 ライムに従って、盾と視線は正面に向けたまま右を団扇で薙ぐ。

 ノールックで攻撃されて不意を突かれたのか、右で盛大に転がってく音が聞こえた。


「おーっと? ここで名無し様の反撃だ! ここからどう巻き返すー!」


 実況の言葉を聞きながらさらに後ろに下がる。

 この団扇なら広範囲を攻撃できるけど、さすがに限度がある。まずは三人を一気に攻撃できる位置に移動しないといけないけど………


「ここで一人が攻め込んだ! 刺剣のラッシュが名無し様を襲う!」


「させませんよ。あなたはここで終わらせます」


「ですよねぇ………」


 デラクルが俺の動きを制限するべく、鋭く切り込んできた。

 ずっと盾を攻撃してるけど、それすなわち俺自身もその間合いの範囲内。盾が大きいせいでデラクルがどう動いてるのか上手く把握できないから、迂闊に動けない。


 ん? いや待て。ここまで接近してくれてるなら………


「『装技(スキル)盾突(シールドバッシュ)』!」


 それはただ相対座標を一瞬だけ変更する技。でも、ここまで密着してくれてるなら、避けることはできないはず。


 大盾の原点に対する相対座標がより前方に変更され、その位置を維持すべく大盾が移動する。

 目の前にいるデラクルを巻き込みながら。


「ぐっ!」


 俺は動かず詠唱しただけなので、盾の動きを予想できなかったデラクルが吹き飛ばされる。

 これで距離が離れた。


「おーっと! おーっと? 今、何やら盾が勝手に動いたように見えましたが………」


 元の位置に戻ってくる盾に注意しながら、戦場だというのに服に付いた砂を払っている右の奴に対して突撃する。

 俺に気づいて素早くレイピアを構えたけど、当然リーチはこっちの方が長い。


「残念だったな!」


 団扇を頭に向けて振り下ろす。

 奴はレイピアで防御しようとしたけど、当然そんな細身の剣身で受け切れるものじゃなく、レイピアを折った勢いのまま頭に直撃した。


「がっ!」


 そのまま振り抜かず、直撃した場所で手を止める。このまま振り抜けば、多分ぐちゃって潰れてたと思う。神無塔のときの惨劇みたいに。

 俺は、あれを再現する気はない。


「これは───気絶! 一人脱落だぁー!!」


 観客の歓声が響き渡る。

 だから詠唱は聞こえなかったけど、その代わりにライムの声が聞こえた。


『構えろ! 来るぞ!』


「『穿ち風』!」


 かなり離れているはずなのに、咄嗟に構えた盾がバン!と鳴る。

 初手の無詠唱で使ってきた魔術っぽいな。ってか射程なっが。弾速も速いし、もしかするとこれが『切り札』か?


 また、バン!と盾が鳴る。

 盾が若干震えてたから相当威力が高いっぽいけど、まあ盾は浮いてるから俺に衝撃は来ないし、これほどの性能を持つ魔術を連発するなら、それ相応に魔力を消費するはず。

 となると、次に奴らがするのは………


「おっと、ここで牽制は終わり! 挟み込むように名無し様を追い詰めていく!」


「やっぱりか」


 盾から顔を覗かせると、デラクルともう一人が大きく間を空けながらこっちに走ってきてた。

 デラクルが一番強いっぽいし、もう一人の方から仕留めたい。でも、相手もそれが分かってるらしくて、デラクルからの魔術攻撃が止まらない。俺がデラクルを対処してる間に、もう一人が背中を刺す算段らしい。


「………どうしよ」


 盾を二つにすることはできる。けど、それだと防戦一方にしかならない。

 ポインターを落としたら最悪、地の底まで落ちてくかもしんないからポインターは手に持てる二つだけって決めてるし、これ以上増やせない。

 一人の攻撃を受け止めたまま、もう一人にも対処する方法は………


『原点を投げろ! マレの意思で消せるんだろう!? 私が消すタイミングを言うから、武器の方の原点で目くらまししてやれ!』


「なるほど」


 ライムの指示通り、盾が鳴る合間に合わせて、デラクルに向けて思いっきり団扇を投げる。

 振り回される原点に従って物理法則を無視した動きで飛んでいった団扇を横目に、盾をもう一人に合わせて走った。


「なんっ、魔術武器か!?」


 狙い通りデラクルからの魔術が止まり、俺を迎え撃とうとした次男だか三男だかにシールドバッシュを放つ。


「私を舐め───!」


 パリィン!という甲高い音とゴン!という鈍い音が同時に聞こえて、次いでドサッと倒れる音が響く。

 どうやら、シールドバッシュをモロに食らったらしい。ってことは、デラクルは直前で受け身が取れてたのか。やっぱあいつが一番強いっぽいな。


『今だ! 原点を消せ!』


「え、あ、う、うん!」


 慌てて振り向いて、地面に落ちそうだった団扇に消えろと念じる。

 すると、団扇は砂を巻き込んだ風を盛大に撒き散らしながら、自らもその風に乗ってただの灰と化した。

 ついでに大盾も。


「って、やっば!」


「二人目も気絶! しかし名無し様、魔術の時間切れか武器をなくしてしまったぁ!」


 訓練のときは全部一気に消してたから、その弊害が出た。

 とりあえず新しいポインターを───


『しゃがめ!』


「え? あ、はい!」


 ライムの言われた通りに姿勢を低くした瞬間、頭上をえげつない音の風が通り過ぎて行った。

 それを放ったのは当然、デラクル。もう次の詠唱を開始してるのか、すでに口が動いてる。


「『原点(ポインター)籠手(ガントレット)』! 『追加武装(アタッチメント)大た(タワーシ)………っぶねぇ!」


 横に小さくジャンプして、間一髪魔術を避ける。

 レイピアを杖代わりにして放ってるらしく、レイピアの切っ先はずっとこっちを向いていた。

 でも、とりあえずポインターは生成できた。あとはシールドを展開し、て………?



 デラクルが止まる。


 観客達の歓声も怒号も消えた。


 実況の声も途切れて、ライム達も黙った。



「さあ、おいで」


 デラクルがそう囁く。

 今の静かな決闘場では、それはやけにはっきり聞こえた。


「先ほどはすみません。私も頭に血が上り過ぎていました」


「え? あ、はい………?」


 だから、なに? しかも()ってなに()って。勝手に怒ってたのはそっちだろうに。

 まあ、私が怒らせるようなことしたからなんだろうけど。


 ………ん? わた………し?


「お互い、ここは水に流して停戦しませんか? 詫びと言ってはなんですが、どこか店でお茶会をしましょう」


「そ、れは………良い、ですね………?」


 な、に? なんか変? 私、何かしようとして………


「停戦の証として、握手でもしましょうか。観客達も、それが一番分かりやすいはずですから」


「そう、ですね………」


 一歩、前に進む。

 停戦ってことは、私達は何か争っていたのかな? でも、なんで?


「そうです。その調子ですよ。本来、私達は争う必要なんてないのですから」


「本、来………争う………?」


 何か忘れ………てる。でも、何を? いや、待って。


「私はそもそも、何を覚えてるの………?」


 家族は? 友達は? 名前は?

 学生? 社会人? もしくは子ども?

 どこに住んでた? 何を食べてた? 何をして生きてた?


「わたっ、わたし………おれは………わ、たし………?」


 知らない。全部、全部知らない。分からない。


 覚えてないじゃない。最初から、ない。

 ()に過去なんてない。


 じゃあ、私は………誰?


「名無し様? どうされました?」


 ()が近づいてくる。右手のレイピアを、私に近づけながら。


 彼は誰? 私にとっての、何?


「───がう」


「………なんと言いましたか?」


「違う。やめて。そうじゃない」


「そうじゃない、とは?」


 私は私じゃ、()じゃない。

 返さなきゃ。俺に、返さなきゃ。


「返さなきゃ………」


「まずは、握手でしょう。私の手を───」


「触らないで!!」


 突き出されたレイピアを、右手を払って焼き尽くす。

 レイピアの剣身は一瞬で溶けて、真っ赤な雫になって砂に落ちた。


 力。そうだ、私には力があった。


「じゃあ、お前も───」






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