90、戦備え
「………ハンターさん、帰りの燃料は現地調達になりますね」
「そうか。まあ、これだけ飛ばしてたらな」
船倉の後ろ側、大きな貨物室に置いてある燃料の量を計算すると、帰りはギリギリ足りません。
ですが、燃料はそれほど希少というわけではないので、向こうの『燃料協会』で十分な量を買えるでしょう。
「しかし、この船はここまでの速度を出せたのか。機関部は壊れてないよな?」
「そこは我らが加工屋さんを信じましょう。そもそも、鉄より硬い『紫鉄鋼』を使っているのですから、そう簡単に壊れないと思いますよ」
私がそう言っても、ハンターさんは心配そうに丸窓を眺めます。
その外には、凄まじいスピードで後ろへ流れていく数々の砂丘が映っていました。
昨日、冒険者ギルドとの話がまとまった私達は早朝のうちに出航準備を済ませ、現在は私達と冒険者ギルド組、サイルガ家の一人娘と言っていたルルノイさん御一行と共にこの飛行船でネテリウネス魔術学国へ向かっています。
加工屋さんに全速力でとお願いしたので、三日程度で着くでしょう。その間、ハンターさんはファドマさんの稽古をする予定なのですが………
「手伝ってくれたのはありがたいのですが、私の燃料確認に付き合ってよかったんですか?」
「ああ、今は休憩中だからな。あの図体の割に、意外と体力がない」
「ハンターさんと比べたら、大抵はそうでしょうね………」
ハンターさんは燃料を運んでたりしていたにも関わらず、汗一つかいていません。
私も訓練を受けましたが、ハンターさんと同じ領域に立つにはまだまだ訓練が必要そうです。
「しかし、それなりに作戦を考えてるらしくてな。大盾を使うつもりらしい」
「大盾、ですか? 確かに防御性能には優れますが………」
「ああ、明らかに決め手に欠ける。それをどう補うのかは、あまり言いたくないらしい」
「言いたくない? それはまたなぜでしょうか」
「分からないが、確実に後ろめたいことは分かる。まあ、道を踏み外さないのなら、何をしてもいいんだがな」
ハンターさんはそう言っていますが、人とは移ろいやすいもの。人には言えないというその力を悪用しないとは限りません。
あとで探りを入れましょうか。それか、ファドマさんの娘さんに聞いてみるのも手ですね。
「………そろそろいいか。私は稽古に戻るが、ヒズネも来るか?」
「そうですね………ちょうどいいです。私はその間に他の方々から話を聞いてきます」
「分かった。だが、そう深く入るなよ」
「心得ています」
ハンターさんと別れ、私は船室の一つに向かいます。
その船室は他のものと比べるとそれなりに大きく、私達は寝室として使っています。それでもスペースが空いているので、冒険者ギルド組とルルノイさん御一行もそこで寝ることになりました。
このスピードでは甲板に出れないので、皆さんはここにいるでしょう。
「───というのが、私達の切り札で………あ、えっと確か、編纂者さん………でよかったですか?」
「はい、編纂者のヒズネです」
船室に入ると、ルルノイさんの話が途切れてしまいます。床に固定されたベッドが並ぶ船室には、話を聞いていたらしい冒険者ギルドの方々もいました。ファドマさんの娘さんはいないようです。
しかし、タイミングが悪かったですかね。話を遮ってしまったようです。
「いえ、ちょうどいい時に来ましたね。今、ルルノイ様から決闘で使用できる『切り札』の話を聞いていました。要約すると、ファドマさんに刻まれた刻印は特別なもののようで、身体能力の強化と、一度きりの嵐を起こせるようです」
話を聞きそびれてしまった私に、ギルドマスターさんが話を要約してくれます。
これが、ファドマさんが言いたくないらしい『決め手』でしょうか。
しかし、確かに決め手になり得るでしょうが、言いたくない理由が分かりません。
「言うタイミングが中々ありませんでしたので、伝えるのが遅くなってしまいました。ファドマさんには後々伝えるつもりです」
「………待ってください。ファドマさんは、まだ知らないんですか?」
「え? はい、そもそも叔父様方に会えるかも怪しかったので………」
ということは、ファドマさんの決め手はこの切り札ではないことが確定しました。
ファドマさんはこの二つの切り札を知らずに、自力での突破を想定しています。
切り札を知れば、その決め手を使わないでくれるでしょうか。
とりあえず情報収集のため、ファドマさんの決め手の話を皆さんに伝えます。
しかし、その反応は芳しくありませんでした。
「………すみません、私達は何も知りません。ですが、あの白い扉を召喚する魔法を使っていたので、私達の知らない力を持っていることは確実だと思います」
「申し訳ありません、僕達も知りませんね………しかし、言いたくない、ですか。自己犠牲に走らないとよいのですが」
冒険者ギルド並びにルルノイさん御一行は何も知らないようです。
しかし、情報がないわけではありません。ルルノイさんがおっしゃった白い扉を召喚する魔法、そしてギルドマスターさんがおっしゃった自己犠牲………これらの情報を考えると、何かしらの魔法で自爆紛いのことをする可能性が高そうですね。
だから、『言いたくない』ですか。
「思ったより深刻そうですね………」
私はファドマさんのことはよく知りません。
ですが、ファドマさんは大変優しいこと、そして五児の母であることがすぐに分かりました。
そんな人が自らを犠牲にするなど、あってはなりません。
ええ、分かっています。これらは全てただの可能性、私個人の推測です。
ですが、可能性が1%でもある以上、私が行動しない理由にはなりません。
「ですが、ハンターさんにも言わなかったことを、私に言ってくれるものでしょうか………」
まずは、信頼されなければなりません。
ハンターさんは一時的な師範なので決め手の話が出たのでしょうが、当人は嘘が苦手なので探りを入れることは不可能でしょう。
つまり、私が決闘までの数日間で親交を深めなければ………
「あのーすみません、少しよろしいですか?」
「………あ、は、はい、なんでしょうか?」
思案に耽っていると、突然聞きなじみのない声が近くから聞こえました。
そちらを見ると、冒険者ギルド組の一人、名前は確か………
「レモンさん、ですよね。何かありましたか?」
「えっと、外で話しましょうか」
「え? あ、はい………」
レモンさんに誘われるまま船室を出て、甲板に続く階段の裏まで移動します。
よほど聞かれたくない話のようですね。
「ここまで来れば………」
「それで、話とはなんでしょうか?」
「あ、その前に確認させてください。ヒズネさんはファドマさんのことを心配してる………んですよね?」
「ええ、それはもちろん」
「それなら………」
レモンさんは一呼吸置いて、話し始めます。
「実は、私はお姉様からマ………ファドマさんのことを聞いています。実に、様々なことを」
「そうなんですか? では、決め手の心当たりは───」
「それを、言おうと思ったんです。ヒズネさんは、ネテリウネス魔術学国に来たサンドワームの亜人をご存じですか?」
「それはまあ、噂程度には。確かに砂漠蠕虫の亜人は聞いたことないですが、日々新たな発見があると言われている魔術学国です。それほど珍しくはないと思いますが………」
「では、その亜人が数日のうちに全く新しい魔術を作ったことは?」
「それは知りませんね。その方は大変魔術に長けた人物のようですね」
「ええ、しかし、お姉様から少し聞いた限りでは、その亜人は魔術に対する素質を喪失してしまったようです………………代わりに、古い魔術への適性を得て」
「古い魔術………いわゆる古代魔術と呼ばれるものでしょうか。『灯火』系統の魔術がそう呼ばれていると聞いたことがありますが………後天的に適性を得るなんてこと、あるんですね」
「………気づきませんか? サンドワームの亜人に古代魔術への適性、そして先ほど室内で皆様から聞いた話を思い出してみてください」
「は、はぁ………」
レモンさんにそう言われて、先ほどの船室での会話を思い出してみます。
しかし、それらのどこに関連………が………
「砂漠蠕虫の、亜人………白い扉を召喚する魔法と古代魔術………………つまり、まさか、そういうことなのですか?」
件の砂漠蠕虫の亜人が、ファドマさん?
「はい、そういうことなのです。そして、これもお姉様から聞いた話なのですが、ファドマさんは灯火系統の魔術、魔導師ネルの最初の魔術の『種火』を発動できたようです」
「『種火』、ですか………」
………これは、大変危険な状況なのでは?
灯火系統、というより魔導師ネルの魔術全般に当てはまることのらしいのですが、その魔術は命を燃やすものらしいです。
『常熾』がいい例ですね。あれも永遠の命を燃やし続ける狂気的な魔術です。
そもそも、ネル・ラリウスが魔導師と呼ばれる前の時代、古代とも神代とも呼ばれるその時代には『魔力』という概念がなく、わずかに残る文献には『精力』と呼ばれる生命力そのものを消費していた記述があるらしいです。
今では素質を失くしたとはいえ、短期間で複数の魔術を作ることができたファドマさんならば、強力な古代魔術を編み出せるかもしれません。
その代償が、自らの命だとしても。
「………皆さんにはもう伝えましたか?」
「いえ、伝えていません」
「それはなぜ?」
「今、皆様はサイルガ家の息子達の打倒に向かって一つになりつつあります。そこにこの話をすれば、全員がバラバラになりかねません」
「ですが、これを伝えないというのは………」
「ですから、ヒズネさんに伝えたのです。貴女なら、秘密裏に動けると思っています。任せても、いいですか?」
「………承知しました。必ず、やめさせます」
私が強く頷くと、レモンさんは安心したような、しかし自責するような複雑な表情になりましたが、すぐに顔を逸らしました。
「では、任せました」
「………ええ」
レモンさんはそのまま先ほどの船室へ戻りました。
残された私を、飛行船を揺らす風の音が包みます。
「………大変、ですね」
ああ、先ほどはファドマさんが危険な力を使おうとしている可能性があると危惧していましたが………今では、切り札の話を聞いたファドマさんがその力を使うのをやめる可能性に縋る羽目になるとは………
「ハンターさんの言う通り、竜を相手にしてた方が楽ですね………」
だからといって、行動しないわけにはありません。
まずは、ファドマさんから信頼されなければ………
「………はぁ」
なんで、言っちゃったんだろ。黙ってれば、いなくなってくれたかもしれないのに。
でも、それでも、
「お姉ちゃんが悲しむ顔は、見たくない」
ジバの呪いが解けた後、お姉ちゃんは見たこともないくらい焦った顔で、マレを探し回ってた。
私には向けなかった感情を、剝き出しにして。
私は、それが欲しかった。
自分を迫害する家族から生き抜いて、家族の誰よりも強くなって、それを認められなくてもひたむきに走ることができて、自分より後に生まれたのに自分より優遇されてる妹に優しくできて。
そして、ずっと自分を傷つけてるお姉ちゃんを、受け止めたかった。
もういいよって、言いたかった。
「呪いが、解けなければよかったのに………」
思えば、お姉ちゃんが呪いに影響されてから、マレの話は一切しなかった。
その分、お姉ちゃんは私を見てくれた。楽しかった。嬉しかった。
マレは、私にとって邪魔者。
でも、マレはもうお姉ちゃんと深く関わった。お姉ちゃんはもうマレを忘れないし、マレもお姉ちゃんを忘れない。
そこに、私が入り込む隙間なんて、ない。
それくらい、分かってた。
分かってたのに………
「………お姉ちゃんも、これにやられたのかな」
芯がありそうで、でもユラユラ漂ってて。
誰にでも優しくて、でも自分を簡単に犠牲にしそうで。
どこか放っておけない、陽炎みたいな人。
「私は、待つしかないのかな………」
「………行けるかな?」
「お母さんならできそうだけど………」
この飛行船の一室、ハンターの修行用に作ったらしい修練場で、見学に来てたミズノと密談する。
ハンターはまだ帰ってきていない。
「でも、大丈夫? 灯火の魔術は命を消費するって聞いたけど………」
「え、そうなの?」
「………気づいてなかったの?」
一応、隙間時間に『重奏』で『種火』を唱えまくってストックを増やしてたけど、不調なんて出ていない。
むしろ、魔力を消費した感覚もない。まあ、あんな小さい魔術だし、当然っちゃ当然だけど。
「………ということは、『種火』は灯火の魔術じゃ………でも、教科書ではそう書かれてたし………」
なんかミズノが考察フェーズに入ったから、ミズノと一緒に身体で隠してる人形に目を落とす。
これが、俺の切り札………になりそうなもの。
その人形は全部が灰でできていて、ときどき小さな火の粉が散っている。
人形の手には、これまた灰でできた爪楊枝みたいな剣が握られていて、マネキンみたいに顔のない頭で俺を見上げて命令を待っていた。
これを簡単に言うなら、『人工常熾』だ。
「『種火』が常熾の灰に似てたから思いつきでできちゃったやつだけど………前衛できるかな」
俺が斧槍じゃなくて大盾を選んだ理由の大半はコレ。
この常熾に前衛をしてもらって、俺は後ろから魔術で援護する。これなら、斧槍で斬りかかるよりは確実に安全でしょ。
でも、問題は………
「常熾って、こんな使い方していいのかなぁ………」
ライムのあのときの反応を見た感じ、軽率に扱ったら非難囂々にされる未来が見える。
だから皆には言いたくない。決闘で使うなら結局バレるけど。
「『種火』の詳細を隠してた? でもそうする理由がないし、使ってる人もいるみたいだから隠すのも無理のはずだし………」
ミズノはそうぶつぶつ呟きながら、考え事に没頭し始めた。
やっぱり俺の子どもとあって、何か考え事に没頭すると周りが見えなくなるらしい。
そういえば、ライムも似たような癖を持ってたっけ。ある意味似た者同士なのかも。
「戻ったぞ。何してるんだ?」
修練場のドアが勢いよく開いて、ハンターが入ってくる。
ちょうどいいし、今見せて反応を見とくか。これで拒否されたらなるべく使わないようにして、緊急のときだけ使うようにしよう。
「ん、なんだそれは? 人形か………?」
修練場の木床にちょこんと立つ人形にハンターが顔を近づけると、人形は嫌そうに俺の足の裏に回った。
「………ん? 私には人形が動いたような気がするが………?」
隠れながらも様子を窺う人形をまだ信じられないみたいで、今度は手を伸ばして触ろうとする。
その瞬間、
「危なっ!? こいつ斬ろうとしてきたぞ!?」
間一髪避けたハンターは大きく後ずさる。
………俺、何も命令してないんだけど。こいつ、自我持ってる?
「………で、それは何なんだ?」
気を取り直したハンターは、人形と付かず離れずの距離に移動しながらそう質問してきた。
「えっと、魔術で作った常熾です」
「魔術で作った常熾か………………魔術で作った常熾!? 常熾って作れるのか!?」
「なんか、できちゃいました」
「なんかできたって………………魔力は大丈夫か? 体調は?」
「別に普通ですけど………」
ハンターは常熾より俺の心配ばかりしてくる。
ミズノの言う通り、この魔術は生命力を消費するものみたい。だから、ハンターがここまで心配してくれる。
でも、やっぱり体力を消費した感じはしない。この魔術に使う生命力がよほど少ないか、何かしら原因があって魔力だけ消費してるか。
ここら辺詳しそうなのはミズノだけど………
「………やっぱり、分かんない。メルニスなら何か分かるかもだけど………」
メルニスは確か………あの何にでも興味を持つ子か。
ほんの数日でここまで喋れるようになったミズノの学習速度を考えれば、メルニスはもう俺より魔導に関する知識が豊富かもしんない。向こうに着いたら聞いてみるか。
「………私には何が何だかさっぱり分からんが………それが言いたくないと言っていたやつか?」
「あ、はい。その、常熾は色々危なそうなんですけど、使えるものは使いたくて………」
「………なるほど、そこまで重くなかったか。まあ、いい。とりあえず、常熾を戦闘に用いていいのかが分からないんだな? そういうのはさっさと皆に聞いてしまえばいい」
「え、あ………」
ハンターは俺も反応できないくらいに素早く人形を掴むと、その手から剣をはたき落とす。
当然、人形は抵抗してるけど、よほど強い力で握られてるのか、ハンターの手は揺れもしなかった。
「まずはこいつを見せてみよう。ダメだと言われたら………まあ、別の手を考えればいい」
修練場を出たハンターに、ミズノと一緒についていく。
すると、皆が寝泊まりする用の部屋に着く前に、編纂者と鉢合わせた。
「ハンターさん? 今は稽古中では………………その人形はなんですか? なにか、もぞもぞ動いてますが………」
「常熾だそうだ。マレが言いたくなかったのはこいつのことらしい」
「………………………え?」
編纂者はキョトンとした顔になった後、人形と俺を交互に見る。
「え、え、え?」
「とりあえず、こいつをギルドマスターやらサイルガ家の娘に見せて、使ってもいいか判断を仰ぐつもりだ。ヒズネはどう思う?」
「あの、ちょ、ちょっと待ってください。まず、その人形が常熾ってことがよく分からないんですけど…………え?」
「できるかなーってやってみたら、できちゃいました」
「魔術ってそんな感じでできるんですか………?」
編纂者は俺の言葉を聞いてさらに混乱してるけど、しばらくすると諸々を飲み込んだみたいに大きく息を吐いた。
「はあぁ………………………私も常熾について詳しくありません。ギルドマスターさん達に聞いてから判断しましょうか」
「は、はい」
混乱から回復したらしい編纂者の顔は、どこか疲れたような、でも安心したような表情をしていた。
何かあったんかな?




