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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
祝福された呪い子

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88/93

88、懺悔、そして───






「………私にも少し分けてくれないか?」


「はぐっ………ん、いいよ」


 小分けにされた小皿のうち、骨のついていない部位が乗った皿を手渡してくる。

 変に気遣わなくてもいいんだがな。


 渡された皿の肉を素手で掴み、口に運ぶ。

 これは………なるほど、臭みの少ない硬毛羊(テポリカ)に、少ないながらも胡椒が使われている。貴族が気に入るのも納得か。


「それで、左目の様子はどうですか? まだ痛みますか?」


「今はもう大丈夫ですけど………布越しでも若干見えるんですよね」


 同じく豪快焼きを丁寧に食べるサイルガ家の娘の問いにマレはそう答えながら、周囲を見渡す。

 その左目には、藍色の布が眼帯代わりのように巻き付けられていた。


「完全に見えないのも不便だろう。今の状態が一番いいかもしれん。ただし、大事なとき以外は外すなよ。最悪、失明する可能性がある」


「うん、分かってる」


 赤髪の女が豪快焼きを抱えて戻ってきたちょうどそのとき、部屋の中からマレの痛声が聞こえたのは肝を冷やしたが………亜人の力を強化する薬があるとはな。

 しかし、その効果は必ずしも利になるとは限らない………か。


 藍色の布で塞がれたマレの左目。その瞳は、二重どころか三重になっている。

 そのせいで光にかなり過敏になったらしく、向こうが透けず色の濃い布を包帯のように巻いてもなお、周りが見えているらしい。

 だが、瞳が重なっていることはもちろん、それで視力が飛躍的に上がるなど聞いたことがない。

 この前はただ、目の異常でそう見えているだけだと思っていたが………明らかにおかしい。


「こんなものに医学的根拠があるとは思えん。つまりは、『望まぬ縁』なのだろうが………重なる瞳の神などいたか?」


 『望まぬ縁』。

 偶然、身体的特徴や魔力適性、そしてある行動が忘れ去られた神話的存在と重なり、その神の加護、あるいは呪いを受けることを指す。

 マレの場合は加護にも呪いにも思えるが、そんなことは重要ではない。明らかにすべきことは、その神がどういうものであるか、だ。


「最悪、潰すしかないのか………?」


 おそらく、マレは身体的特徴、あの重なる瞳で神を呼び起こしたのだろう。

 その場合、その神が辿った末路にマレが引っ張られる可能性がある。

 神に似るということは、つまりそういうことなのだ。

 それを防ぐには、神に似ている部分を変えるしかない。つまり、目を潰すのだ。


「それが最適か、もしくは、その神もそうなったか………」


 運命とは残酷で、神さえ抗えぬものだ。私がそう行動することこそが、歪曲された運命の故の可能性もある。

 こうなると、もう迂闊に動けない。それすらも運命なのかもしれないというのに。


「様子を見るしかないか………」


 マレは私の気など知らず、淡々と豪快焼きを頬張っている。

 聴覚は強化されなかったらしく、私の呟きは拾えなかったようだ。

 今の私にとってそれは僥倖だが、これから戦いに身を投じるマレにとっては不幸なのだろう。というか、サンドワームといえばその発達した聴覚が一番の特徴だと思っていたが、強化される部位すらも運なのだろうか。


「んむ………ん、何?」


「………いや、何でも。それより、結局どうするんだ? 領主とギルド間での不和は仕方ないとして………どう足掻いても確保できないのか?」


 嫌になる思考を切り替え、無言で食事していた皆に話題を提供する。

 食後に話す雰囲気ではあったが、別に食事中でも変わらないだろう。


「僕が答えましょう。そもそも確保に難航しているのは、領主に与する組織、我々は『主賛会』と呼んでいるのですが、彼らが妨害してくるせいですね。理由は他にもあるのですが………大半は彼らのせいです。ですが、非公式とはいえ領主側であり、ギルド側が手出しするとより悪化する可能性があるんです。それこそ、領主を巻き込んでしまうほどに」


「待て、主賛会なのに領主は入っていないのか?」


「ええ、領主を慕う市民達が勝手に作り出した組織のようですから」


 ギルドマスターは困ったように肩をすくめる。まあ実際困っているのだが。

 領主側に属していながら非公式であり、しかしギルドにも喧嘩を売るほど活発に行動している。

 こういう肩書のないものが一番厄介だ。責任の所在が分かりづらく、それゆえに関わらないことが最良になる、もう関わってしまった者達からしたらただただ迷惑なだけの組織。


 だが、そういうのを叩き潰すときが、一番爽快だ。


「………そいつらの拠点は分かっているか?」


「それとなく探させた時もありましたが、毎回こちらの行動がバレて逆に脅しをかけられるんです。情報が出ることを相当警戒しているようです」


「じゃあ、確実に主賛会に属していると言える奴はいるか?」


「いるにはいますが………どうするおつもりで?」


「決まってる。私がそいつを拷問して、拠点の場所を聞き出せばいい」


「残念ですが、それは無理でしょうね。なぜなら、相手はあなたも会ったことのある、ハルゴールという騎士です。偽名の可能性がありますが」


「ハルゴール………あいつか」


 マレの正体を探ろうとしていた、勘の鋭い騎士。

 魔術は使えないと言っていたが、それすらも怪しいな。


「結局振り出しか。ギルドがここに入ってることも見られたとしたら、サイルガ家も動けないか………」


「そうですね。ですが………いえ、無理ですね………」


 サイルガ家の娘が何かを言いかけて、直前でやめる。

 何かしら思いついたらしいが、不可能だと悟ったようだ。


「いや、それが何でもいい、言ってくれ。今の私はイラついてるんだ。どこかで発散させてくれ」


「それなら、言うんですが………その主賛会からファドマさんを救出したのですが、彼らはファドマさんを暴漢から助けたと主張しているにもかかわらず、街警団には連絡せず内密に処理しようとしているようでした。そこを突けばと思ったのですが、さすがに弱いかと───」


「待て、今、何と言った?」


「え? ですから、私の提案は弱いと───」


「違う、その前だ。マレを、主賛会から救出した?」


「え、ええ、その時は右腕を切られていましたので、これはただならない事態と思い、介入することを───」


 確か、子ども達も言っていた。母が痛みを感じていたのを知っていたと。

 それが、右腕のことだとしたら?


「───少女を大人達が取り囲んでいるのは尋常ではありませんでしたし………あの、聞いてますか?」


「すまん、聞いていない。それよりマレ、腕を斬られたのか?」


「んえ? あ、うん、痛覚は麻痺してたっぽいから痛くなかったけど。あ、いや、痛みを肩代わりするって言ってたし、もしかして………?」


 マレは後半に何か呟いていたが、そこは重要じゃない。

 マレは、腕を斬られた。斬られたのだ。


「誰だ。誰に斬られた」


「え? さっきギルドマスターも言ってた、ハルゴールって騎士。足も斬ろうとしてきたし、結構危ない人かも」


「そうか………………ギルドマスター、奴を呼び出すことはできるか?」


「ライムさん、お気持ちは痛いほどよく分かりますが、冷静になってください。あなたがギルドの管轄になっているということは周知の事実です。その上でまた騒ぎを起こしてしまえば、我々の責任にもなりますし、相手に付け入る隙を与えてしまいます。ですから、落ち着いてください」


「そう………だな」


 すでに飛行で騒ぎは起こしてしまっているが、それとこれは話が違うのだろう。

 私とて分かっている。私はすでにギルド側になっている。ここで明らかに敵対するようなことをすれば、そのツケを払うのはギルドと、無関係な市民達だ。

 そして、もう一人の私が言うのだ。


『どの面を下げて言っている?』


 ………私は、呪いの影響だとはいえ、マレを大きく傷つけた。

 本人が気にしておらずとも、過去が、事実が消えることはない。

 マレを傷つけた本人がマレを傷つけた誰かに憤るなど、とんだ喜劇のようだ。


 まあ、それはそれとして、いつか必ず報いは受けさせるが。


「はぁ………無関係かつ力ある者がいればいいんだがな………」


 そう、それだけでいい。

 そのそれだけが、私達ではかなり難しい。


「………ねえ、お姉様」


「ん、なんだ、レモン?」


 すでに食べ終わっていたレモンが私に向き直る。

 そういえば、レモンは向こうに帰さなければ。レモンにとってここは初めての異国である上に、周りは見知らぬ者ばかり。気が休まらないだろう。


 そう考えていた私の耳に、予想だにしなかった言葉が入ってきた。


「お姉様、私が、その騎士に制裁をしましょう」


「───は?」


 すぐに断ろうとして、思い直す。

 確かに、私と違ってレモンは罪人でもなければ、そもそもこの街で知っている者は少ないはず。

 そして、ウィンダリア家の五本指に入るレモンの実力なら、あの下級騎士程度に後れを取ることはない。

 だが、動機がない。レモンには、マレのためにそこまで動く必要がないはずなのだが………


「もちろん、お姉様のためです。お姉様の敵は、私の敵です。私はそれだけ分かればいいんです」


「そう、か………すまん、頼めるか?」


「逆です。お姉様、お姉様の敵を潰してきていいですか?」


 清々しいほどの笑顔で、レモンはそう言ってくれる。

 私を思い、ここまで言ってくれているんだ。断ることなどできるはずもない上、断る理由もない。

 私はレモンの言葉に、大きく頷いた。


「お姉様、ありがとうございます。では、その騎士と会えるのはどこか、ギルドマスター様は知っていますか?」


「………申し訳ありません。何せ、ハルゴールが主賛会の一員であることはごく最近に判明したことなので。ファドマさんは何か知っていますか?」


 突然話を振られたマレは目を見開きつつも、豪快焼き片手に何かを思い出そうと首をひねる。

 そして、何か思い当たるものがあったのか、咀嚼していたものを飲み込んだ。


「えっと、ハルゴール以外にも人がいたんですが、その人達は全員黒いローブを着けてました。あと、結構慎重そうだったので、もしかしたら路地裏の証拠隠滅とかやってるかもしんないです」


「路地裏、ですか。場所は思い出せますか?」


「んー………ここから城館の反対側の、城館より少し離れたところの路地裏で………あ、大通りの裏だったはずです。あと、私が腕を斬られたところは少し開けてました」


「情報は少ないですが………そうですね、片っ端から声をかければ、誰かには当たるでしょう。では、早速行ってまいります」


 レモンはすぐに立ち上がり、荷物も持たずに部屋を出ようとする。


「もう行くのか? 何か準備しても………」


「彼らより早く現場を見つけることができれば待ち伏せもできますし、ばったり会うこともできるかもしれません。それでは」


 レモンはそそくさと部屋を出る。

 あそこまで急ぐ必要はないと思うが、知らない者ばかりのこの空間に耐えかねたのだろうか。

 それなら、悪いことをした。戻ってきたときに何かしら労わってやらねばな。


「………よかったのですか? 相手は腐っても騎士です。万が一があるかもしれませんが」


「レモンなら、万が一もないだろう。何せ、私より勘が鋭いからな」


 レモンの強みは、もはや第六感とも言える鋭い勘だ。

 奇襲なぞ見破ることもなく回避し、相手の思惑を軽々と踏み越えていく。

 戦闘訓練の一環として何度か模擬戦をしたことがあるが、そのときのレモンはもはや戦闘狂(バーサーカー)と言えるほどの狂気的な動きで、こちらの攻撃を全て避けながら突っ込んでくる。正直に言って、あれは恐怖そのものだ。


「レモンなら、単騎で飛竜を相手することもできるだろう。相手が人間ならばなおのことだ。それより、私達は移動手段だ。私なら一人を抱えて飛ぶことができるが」


「それでは何往復もすることになるでしょう。ライム様の負担が大きすぎます。それは最後の手段として置いておきましょう」


 サイルガ家の娘はそう言いながら、却下はしない。現実を見ているようで何よりだ。

 だが、現状はこれ以外で魔術学国に渡る方法がない。

 私としても、マレを縛るものが一つでもなくしたいので、今すぐにでもこいつらを連れていきたいが………


「っん、ごちそうさま。んえ? ライム、何かついてる?」


「いや、何もついていないが………その服?は汚してよかったのか?」


「自動で洗浄するみたいだから、大丈夫」


 私との身長差がさらに開いてしまったマレは、特に何かを気にする様子もなく、真っ黒な服らしきものに包まれた手に付いている肉汁や胡椒を舐め取る。

 いつものようなその様子は、私達がしたことなど幻だったかのように思わせる。


 実を言うと、私はマレの心の内が分からん。正直、恐怖していると言っても過言ではない。

 なぜ、あそこまで否定されたのに、こいつは平気な顔をできるんだ? なぜ私達を責めない? なぜそう淡々としていられる?

 それらの問いが、頭の中をぐるぐると回る。私なら、というより普通の人々ならば、呪いでああなったとはいえ一度は拒否するものだ。

 なのにマレはそうしなかった。


「善人………いや、違うか。優先順位だ」


 おそらく、マレは自分より他人のことを優先しているのだろう。

 だから、あんなことをされても平気、というよりそれが当然のように思っているのだ。

 アンスクや昔のレモンと同じ、全ての非が自分にあるという思考傾向。


「だからか。だから、放って置けない」


 放って置いたら、どこかで野垂れ死んでそうだ。

 それも、誰かの事情を優先しながら、な。


「あ゛~………なんでこういう奴と関わるのが多いんだ………」


「ライム様? 先ほどから何か呟いていますけど、何か思いつきましたか?」


「いや、何も。というか、その様付けはやめてくれ。私はもう司貴家ではない。ただの罪人だ」


 私の言葉に、サイルガ家の娘は小さく首を傾げる。

 まさか、公表されてないのか? いや、そんなことはないはずだ。サイルガ家は私の所業を聞いて護衛を強化したと聞いている。そのときは犯人が私だとは判明していなかったとはいえ、あんな大々的に街を歩いたのだから、この娘の耳に届いていないはずがないが………


「………申し訳ありません。私の立場的に、叔父様方から情報を聞くしかないのです。実は、王都を離れ、叔父様方からも離れたのはこれが初めてなので、私はまだまだ世間知らずなところがあると思います」


「………ふん、なるほどな」


 昔の私と同じだ。与えられるものさえ、上の奴らが気まぐれに決めたものしかない。

 幼いときは、外の世界など夢幻のように思っていた。あいつと出会うまでは。


「いかんな、昔を思い出し過ぎてしまう。すまんが、また外へ出る」


「ちょうどいいですし、僕達はそろそろお暇しましょう。営業が停止されているとはいえ、事務作業は残っています」


 私が腰を上げると、ギルドマスター達も立ち上がる。

 大方、領主への報告書や各方面への謝罪文だろう。多くのコネを持ってそうなこのギルドマスターなら、その量も膨大になるはずだ。


「何か進展があれば、お知らせします。他に妙案がなければ、それまでお待ちください」


「はい、分かりました。ご協力感謝します」


「いえいえ、僕達はファドマさんのためにしていますので」


 ギルドマスターのその言葉には若干のトゲが含まれていたが、サイルガ家の娘はそれを無視して笑顔で見送る。

 サイルガ家という立場上、こういうことにはもう慣れているのだろう。


「あ、すみません、ちょっと待ってください」


 私含めギルドマスター達が扉に近づいたとき、マレが思い出したように立ち上がった。


「えっと、魔術の練習したいんですけど、あの、なんだっけ、修練場?で………」


「戦技場のことですね。他の人も来ませんし、自由に使っていいですよ」


「ありがとうございます」


 ふむ、マレは冒険者ギルドに行くようだ。

 魔術の作り方を教えて以来マレの魔術を見ていないから、気分転換がてらついていくとするか。
























「………無理、だな」


「ご、ごめん」


「いや、マレが謝ることではない。魔導は体質によるものが大きい。人には抗えない宿命だ」


 若干傾いた太陽が照らす砂に塗れた戦技場で、二人して項垂れる。

 『魔女の道導』を発動できたし、あの白いドアも部屋を出る前に念じたら消えてくれたから、他の魔術もできると思ったのに………


「落ち込んでいても仕方がない………ないのだが、これはどうするべきか」


 ライムは険しい顔で悩み始める。

 ライムが聞いた話だと、サイルガ家の息子達はそれなりに魔術が使えるらしい。

 正義感の強い輩が挑むことが多いらしくて、それで鍛えられてまあまあ強いみたい。

 そんな相手に、今の俺が勝てるかって言われると………まあ、厳しいでしょうね。


「なんでダメなんだ………? 『魔女の道導』は………あ、いや………?」


 普通の魔術とアリスから教えられた魔法の違いを考えていると、あることを思い出した。

 確か、エンガラスさんは『魔女の道導』を魔術って言ってたはず。でも、それは当然のはずで、魔法の発動には魔力と供物が必要。あのとき俺は魔力だけで発動できてた。

 でも、アリスは魔法って言った。俺の記憶を覗いてたっぽいから、魔術と魔法の違いが分かっているのに。


「200年前は違ってた? ああ、確か最初の魔導師が………」


 えっと、ネル・ラリウスだっけ? あれは何年前の話なんだろ。


「魔力は十分にあるはず。魔術剣を………いや、今のギルドでは買えん。そもそも市場に出回っているか………」


「ライム、ちょっといい?」


 なんか一人でぶつぶつ呟いてるライムに声をかけると、ハッとして顔を上げる。

 集中すると周りが聞こえづらくなるらしいけど、普通に気づいてくれた。


「あ、ああ、なんだ?」


「最初の魔導師って、ネル・ラリウスだよね?」


「ああ、そうだ。人による人のための魔術を作り、魔法も使いこなしたと言われている」


「それってさ、何年前の話なの?」


「何年前、か………史実では大体500年前にはいたとされているが………虚実を混える学院のことだからな、何百年かは盛っているだろう」


「500年前………」


 アリスがいなくなったのは200年前のはずだから、やっぱりアリスが『魔女の道導』を魔法って呼んだのはおかしい。

 魔女が使ってるのを見て『重奏』を覚えたって言ってたし、魔術・魔法の知識がないってわけでもないし、なんで………?


「………もしかして、昔と今で定義が違う?」


 エンガラスさんとアリスの違い、それは書庫の外の世界を見たかどうか。

 200年もあれば定義も色々変わってそうだし、そのせいかな?

 で、俺の場合、昔の魔法は発動できて、今の魔術はできなかった。ってことは、昔と今で仕組みも違う?


「とりあえず、原因は推測できたけど………」


 だからってどうすることもできない。

 200年前の魔術なんて記録されてるかすら怪しいし、あったとしても高価すぎて買えないはず。


「………これ、詰んだくね?」


 あれ? 勝てるはず………なんだよね?

 薬のおかげで一般人よりちょっと強い筋力にはなったけど、それだけじゃ魔術相手に敵うわけがない。

 どこかで古い魔術を調達しないと………


「………あ、ライムはさ、めっちゃ古い魔術とか………知ってる?」


「あ? 古い魔術? ………ネル・ラリウスの魔術か?」


「あー………うん、とにかく古い魔術」


「古い魔術なら………」


 ライムはしばらく考え込んだ後、しゃがみ込んで砂面をなぞる。

 その跡は何かの文字っぽいけど、今まで見たものじゃなかった。

 あ、いや、でも、大書庫で見たことあるかも?


「これはネル・ラリウスの魔術で、かなり初期のものだ。名前は『種火』。詠唱文は───」


 そう教えてもらった詠唱文は『魔女の道導』とか『重奏』にどこか似てるけど、それらよりももっと規則的な感じだった。

 それに、『魔女の道導』とかは完全に意味の分からない言葉の羅列だったけど、『種火』の方はちゃんと全部分かる。


「───とまあ、こんな感じなんだが………私は適性関係なく発動できない」


「え、なんで? 書くのも詠唱もできてるのに」


「それは本で読んだからだ。実際にこの魔術を見たわけではないし、詠唱の意味を知ってるわげでもない。想像するには、情報が不足しすぎている」


「え? でも、私は意味分かって………」


 あ、いや、これもラ・イの呪いか。むっちゃ便利だな、これ。

 俺が聞き取ったのは、『冷夜照らす暖かき光よ。その仄かな力を今一度この手に。種火』だった。

 これくらい言ってくれれば、想像もしやすい。


「しかし、これを聞いてどうするんだ? 今は魔道具を考えた方が………」


「『冷夜照らす暖かき光よ。その仄かな力を今一度この手に。種火』」


「………は?」


 手のひらを上に向けて唱えてみると、火というより燻った炭っぽい何かが出てきた。

 名前が種火だし、燃え上がる前のイメージが影響したのかも。


「いや、ちょ、ちょっと待て、発動できたのか!?」


「あ、うん、なんかできたっぽい」


「できたっぽいって………いや、まあ、別世界からの転生者なら、もう何でもあり得るか………」


 ライムはどこか呆れたような目で俺を見る。

 まあでも、ライムはああやって無理やり納得してるけど、これは普通におかしいと思う。

 こんな簡単に魔術を使えるのって、転生者特典かね。


「これで『重奏』も発動できたら、一応は攻撃に使えるかな?」


 とりあえず攻撃魔術はゲットした。相手が風魔術持ってたら炭ごと消し飛ばされて終わりだろうけど。

 もっと手数が欲しいけど、他にはなんか───


「なあ、その『ジュウソウ』というのは何だ? 新しく作った魔術か?」


 また考えようとしたら、ライムが不思議そうな顔でそう聞いてきた。

 そういえば、他の人にはあまり言ってなかった。


「えっと、『重奏』は魔術をスタック………事前に唱えておいた魔術を無詠唱で撃つ魔法。いわゆる、詠唱の前払いみたいな感じ」


「………どこで知ったんだ?」


「聞いたら、混乱すると思うよ?」


「そうか………なら、いい」


 いいんだ。そこまで興味ない?

 まあ、こっちもめんどくさい説明しなくてよくなるんだけどさ。


 ってか、そうじゃない。手数を増やす方法を考えないと。

 ということは、古い魔術の入手先を探すのが一番良いんだろうけど………


「あ、ライムは他に古い魔術は知らない?」


「………すまん、私は『種火』だけだ。古代のものは発音が難しい上に効果も微妙なものばかりだからな。研究の話も聞かない」


「そっかぁ………」


 ってことは、『種火』だけでどうにかしなくちゃか?

 この燻った炭だけでどうしろと?


「うーん………」


「………マレ、少し話が───」


 見かねたらしいライムがそこまで言ったところで、爆音が鳴り響く。

 咄嗟に聞こえた方に向いたら、遠くの方で飛び上がった小さな瓦礫が見えた。それらは渦を巻くみたいにぐるぐると回転して、やがて落ちていく。


「………すまん、マレ。この話は後にしよう。レモンが暴れている」


「ってとこは、主賛会を見つけたのかな」


「その可能性が高い。探しに行くぞ」


「りょーかい」








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