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え、あ、はい、ワームですよ?  作者: 素知らぬ語り部
祝福された呪い子

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82、災い転じて








『………またね』


『うん、来れるときに来るね』


『あ、ごめん、あんまり来ないでほしいかな。稀君の優しさに甘えちゃいそうだから』


 孤児院の前、大きな入口で、りゅか姉ちゃんにそう言われた。

 せっかく吹っ切れたのにそれは残念だけど、二度と来れないと決まったわけじゃない。


 寿命に関しても、何とかしてみせる。

 俺からサンドワームを引っこ抜いたのと呪いをかけたのは同一人物………同一神物?みたいだから、サンドワームを取り戻せれば希望はある。

 ルルノイはその神に喧嘩吹っ掛けるみたいだし、ついでに俺も殴り込みといこう。


「嘘を言う人は嫌い。私は、それだけ」


 りゅか姉ちゃんと一緒に見送りをしに来たアイレはそれだけ言うと、すぐに中に戻った。

 約束したときは嘘じゃなかったけど、今では確かに約束を果たせなくなった。

 アイレはそれを嘘って言ってるんだろうけど、本人も分かってると思う。

 これが、わがままだって。


 アイレはまだ子ども。多分、気持ちの整理がつかなくてそう言ってるだけだと思う。


「マレちゃん、ごめんね。本当に、ごめんね」


「私も、守れなくてごめん」


 アイレと入れ替わるように出てきたシーエさんとアイさんが、そう頭を下げてきた。

 こうやって謝られることが初めてだからどう対処したらいいか分からなかったけど、後から出てきたビューリさんが二人の頭を上げさせた。


「マレさんが困ってるじゃないですか。マレさんは腕をそこまで重く受け止めてないようですよ」


 ビューリさんのノンデリっぽい言葉にアイさんがキレかけたけど、すぐに自制して上げた腕を下ろした。

 アイさんもシーエさんも、仕方がなかったことは分かってるみたい。


 というか実際、俺も右腕のことはそこまで気にしてない。

 そりゃ物凄い不便だけど、今はむしろ非日常が増えたみたいで楽しくなってる。

 だって、ここは魔力がある世界。探せば、腕を一本生やす回復魔術魔法だってあるだろうし、俺がそれを使えなくても、使える人に金を積めばいい。

 金を稼ぐ手段も、りゅか姉ちゃんやアイレにやったみたいに、魔術教室を開けばいい。少なくともお小遣いくらいのお金は貰えるはず。


 そう割とポジティブに考えてたけど、ビューリさんは二人の頭を上げさせておきながら自分も頭を下げた。


「この度は大変申し訳ありませんでした。あなたに多大な苦痛を強いてしまいました。これで埋め合わせができるとは思っていませんが、治療代の足しにしていただけたらと」


 ビューリさんがそう差し出してきたのは、大きな麻袋。揺れる度にジャラジャラと鳴ってる。

 これは、受け取るのが正当なんだと思う。でも、この量のお金は、確実にあの組織との取引で得たもののはず。

 そう、ビューリさんと組織との取引であって、俺はただの取引材料に過ぎない。なのにそれを受け取るのは、少しおかしい気もする。

 まあ結局は、孤児院の経営に回してほしいだけだけど。でも、それをそのまま言うと気遣ったみたいになるし………あ、そうだ。


「それは大丈夫です。治してくれるところはもう見つけてます」


「………そうなのですか?」


「はい。なのでそれは、いらないです」


「そ、そうですか………」


 ビューリさんは怪訝な表情をしながらも、袋を持っていた手を下ろした。


 嘘は言ってない。ただ、不確実なことを言っただけ。

 この呪いを解くことができれば、グランシアさんかライムの伝手を使って回復術士を紹介してもらうことができるはず。

 でも、呪いの効果は『身近な人を初対面にする』、いわゆる関係値を0にするものっぽいから、呪いが解けてもあのままかもしれない。

 だから、不確実。


「再度、謝罪します。申し訳ありませんでした。そして、これからのマレさんの運命に、良い縁があることを願っています」


「またね、マレちゃん」


「何もできなくてごめん。元気でね」


 ビューリさん、シーエさん、アイさんが別れの挨拶を言い、りゅか姉ちゃんとともに小さく手を振る。

 俺も手を振り返しそうになって、そこで思い出した。


『りゅか姉ちゃん!』


『な、何?』


『これ、あげようと思って』


 寝所から回収しておいたメモ帳を取り出して、りゅか姉ちゃんに手渡す。

 これがなきゃ文字が読めないけど、それよりもりゅか姉ちゃんの方が大切だ。

 これが魔術製作の助けになるなら、りゅか姉ちゃんが持ってた方がいい。


『………いいの?』


『うん、だいたい覚えてるし』


『………ありがとう』


 りゅか姉ちゃんはメモ帳を大切そうに掴んで、胸に抱いた。

 そして、満面の笑みを見せた。


『またね、稀君!』


『うん、またね』


 今度こそ手を振り返して、ずっと後ろで待ってくれてたルルノイ達と合流する。

 陽はもう傾いていて、迎賓館に戻る頃には一番星が見えていた。





















「さて、今後の話をします」


 迎賓館の私達の部屋に帰ってきてすぐに、そう切り出します。

 だって、ファドマちゃんが一番気にしていることのはずですから。


 対面のソファにちょこんと座るファドマちゃんに、私達の計画を伝えます。

 神への挑戦状を。


「まず、ファドマちゃんはここで暮らしてもらうことになります。お友達と離れ離れになってしまうのは、すみません」


「大丈夫です」


「ありがとうございます。それでなのですが、私達はその呪いを解こうと思っています」


「ほ、本当ですか?」


 ファドマちゃんは驚き半分、疑い半分でそう言います。

 確かに呪いは、特に神々のものは非常に強固で、ものによっては子孫にすら移ってしまうこともあります。

 それを無理やり解呪するのは、はっきり言って現実的ではありません。

 しかし、私達の方法ではその限りではありません。


「ファドマちゃんに呪いをかけた邪神………『煽動と愉悦の神ジバ』は、愉悦の名の通りに面白いことに目がないです。ならば、格下の存在である人間が神相手に取引を申し出たとすれば………奴は喜んで食いついてくるはずです」


「あ、その、取引内容は………?」


 ファドマちゃんの不安そうな表情を見て、失敗したことに気づきます。

 ファドマちゃんは取引の結果、腕を失いました。その直後に取引の話をするのはよろしくありませんでした。


「安心してください。取引に使うのは私の身内………叔父様方です」


「叔父………サイルガ家の息子達………」


「ええ。といっても、犠牲にするわけではありません。というのも、貴族が好き勝手できるといっても、それには限度があります。しかし、叔父様方にその気配はない………つまり、ジバの加護を受けていると考えられます」


「そ、そうなんですか………?」


 ああ、事情を知らないファドマちゃんからすれば、少し話が飛んだように聞こえますね。

 全てを、話さなければ。


「実は、サイルガ家とジバには長い長い因縁があります。始まりは、サイルガ家の遠い先祖が淫魔サキュバスと交わったことからです」


「さ、サキュバスですか?」


「はい。そこから生まれた子は女性ばかりでしたが、サキュバスの能力である『相手の夢に入り込む』ことで家としての力を強め、ついには貴族となったそうです。そこへ、その力を見込んだ龍がある頼みをしてきました」


「え、龍………?」


「今でも世界最速と謳われる『双嵐龍』です。当時、双嵐龍はその速さに目をつけられ、ジバに付きまとわれていたそうです。そこに、サイルガ家が介入しました。『無意識』の中に入って悪さをするジバに会うには、同じく無意識である夢へ入ることのできるサイルガ家が適任でした。普通のサキュバスはそもそもあてにできませんし」


 そこからです。幸運と言うべきか、不幸と言うべきか分からない奇妙な因縁が始まったのは。


「サイルガ家は、ジバに双嵐龍への付きまといをやめるよう取引を持ちかけました。しかし、サイルガ家には取引材料となるものはありませんでした。そこへジバが提示したのが、双嵐龍の死です。そして、双嵐龍はそれを快く飲み、取引は完了しました。ジバの付きまといはそれほど嫌だったようです」


「あ、あのときの角はその………?」


「………あなたは本当にファドマちゃんなんですね。そうです。轟雷龍を落とすときに使用したあの角は、双嵐龍のものです。双嵐龍は取引のお礼として、自らの身体を差し出しました。そのおかげで、サイルガ家は『竜落とし』として名を馳せたのです。そして時が経ち、サイルガ家は徐々にサキュバスの力を失いました。叔父様方がその証拠です」


 実は、叔父様方はサイルガ家で生まれた初めての男性です。

 ですから、それはもう甘やかされたらしいです。

 お父様は長男として厳しく教育されたようですが、次男以降は重責がなく、幼いころから派手にやってきたようです。

 厄介なことに、三男にサキュバスの力の一部である『魅了』が残っていたことも、叔父様方の傲岸不遜な態度に拍車をかける原因となりました。


「ですが、お父様から生まれた私はいわゆる先祖返りというもののようで、サキュバスの力を思うままに使うことができます。ですので、おそらく叔父様方の中にいるジバと会い、取引をします」


「その取引内容は………?」


「最初、ジバは面白いことが好きと言ったでしょう? なので、叔父様方の転落劇を提供します」


 つまり、叔父様方を貶めます。

 知らずのうちに神の加護を手に入れ、有頂天になっている貴族の転落劇。

 実際に劇場にありそうなくらい、面白そうです。


「そして、その転落劇に必要なのが………ファドマちゃんです」


「え、私、ですか?」


 急に話題の中心にされ、ファドマちゃんはキョトンとした表情になります。

 それが、大変可愛らしくて………


 ああ、ダメです。今はそのときでは───いや、そのときなどありません。あってはなりません。

 ファドマちゃん関係になると、この昏い欲望が出やすいですね………


 というか、今はこんなことをしている場合ではありません。

 ファドマちゃんに説明をしなければ。


「ええっと、まずファドマちゃんがなぜサンドワームから亜人になったのかは分かりませんが、あのときのファドマちゃんは、どこか心を失くしたように砂面に浮かんでいました。そこを、飛竜船に乗っていた叔父様方が見つけ、弄びました。私はそれを見るのが、もう嫌で………」


 当時の情景を思い出します。

 殴る、蹴る、叩きつける。砂漠の悪魔と言えど、無抵抗の相手にあそこまで残虐になれるのものかと戦慄したことを覚えています。

 それが叔父様方の奴隷と重なり、もう見ているだけは嫌だったんです。


「ですので、私はファドマちゃんをテイムしました。ファドマちゃんが知っての通り、あの逆さ竜の紋章で。叔父様方はそれを面白がり、手出しをやめました。ですが、そのまま持って帰るのはベイラに反対されて………」


「そりゃ、テイムしたとはいえサンドワームですよ? 危険に決まっています」


「まあ、結果的には間違いだったようですが」


「そ、それを言うのなら、お嬢様だって失敗したではないですか。なぜ紋章の刻印に『継角(つづの)』を使ったのですか」


「それは、そこにあったからで………」


 私の、一番の失敗。

 あのときはまだ継角の役割に疎く、王都への帰還時に、ベイラから言われて初めて知りました。

 双嵐龍の鼻先にあったという芽吹いたばかりの角である継角は、大変大切なものだとは知っていましたが、それがまさか決闘に関係するとは思わないじゃないですか………


「あ、あの………」


「あ、す、すみません、話を続けますね。ええっと、ファドマちゃんを置いて行ってしまったときからですね。その後、ファドマちゃんの刻印に使った角が特別なものだと知り、私とベイラ、テンはここへ引き返しました。そこでファドマちゃんを探していたんです」


「は、はあ………」


「それで、ファドマちゃんを探していた理由ですが………それは転落劇に必須の決闘、それに必要だったのが継角、もしくはそれを使った刻印を持つ者だからなんです。叔父様方は私の抵抗を一時は面白がりましたが、後々気が変わったのか、継角は奪われてしまいました。神の加護を持った相手に盗みは悪手ですし、何よりそんな技術は誰も持っていません。その道を行く人への伝手もありませんでしたし」


 そもそも私が継角で刻印しなければ、継角を取り上げられる可能性は低かったです。

 だから、失敗なのです。


「ん、んん? ちょっと待ってください、決闘って、私も参加する感じですか………?」


「というより、ファドマちゃん()()です。継角の所持者か、その刻印を持つ者しか許可されていませんので」


 私の言葉に、ファドマちゃんはさらに混乱した表情になります。

 それを見て、物凄く申し訳ない気持ちになります。

 あの孤児院の導紡師?という者から聞いた話だと、マレ………つまりファドマちゃんは大変丁寧で、優しいとのことでした。

 誰がどう聞いても、戦闘向きであるとは思えません。


「だ、大丈夫です。私達も全力で支援しますので。それに、ファドマちゃんに刻んだ紋章は、切り札の一つですから」


「切り札、ですか………?」


「ええ。ですが、まずはその紋章を取り返さなければなりません。そもそも、サンドワ―ムが抜ければ紋章も消えるのは不思議な話ですが………それは置いておいて、今夜、おそらくファドマちゃんの中にいるであろうジバに会いに行きます。取引材料は、叔父様方の転落劇。ここまで面白そうなんですから、一人くらいおまけでいけると思います」


「な、なるほど………?」


 ファドマちゃんはよく分かっていないような顔をしていますが、それでもいいです。

 実際に取引するのは私であり、ファドマちゃんは交渉の場にされているにすぎません。

 ですが、ジバに対する手段が、そのジバによって奪われているのはいささか怖いですが、さすがに偶然でしょう。

 しかし、叔父様方は王都にいて、魔術学国にいたファドマちゃんとは接する機会など皆無のはずですが………


「え? 普通に学院にいましたよ?」


「な、なぜ………まさか、私達と別れた後、進路を変更した………?」


 しかし、理由が分かりません。

 いや、そもそも理由などないのかもしれません。

 あの人達はいつも、衝動的に行動しますから。


「まあ、それは置いときまして………ファドマちゃんは私達の計画に、手を貸してくれますか?」


 この修正されすぎた計画の第一段階。

 これが果たさなければ、以降の全てが台無しとなります。

 ですので、ファドマちゃんはこれを否定しても強引にやってもらうことになるのです。

 私は、そんなことしたくありません。なので、ファドマちゃんがここで頷いてくれれば………


「はい、お願いします」


 私の一番聞きたい言葉を、ファドマちゃんはすぐに言ってくれます。

 それと同時に見せた微かな笑みは、今まで全く見せなかったこともあって、私の顔を熱くするのに十分な破壊力がありました。


「それは反則ですって………」


「?」


















「トイレは………うわ、もう現代と変わらないじゃん」


『で、今夜カチコミに行くのかい?』


(うわっ、まだいたの?)


『まだいたとはヒドイじゃないか。まあ、喋らなかったら、あたしの存在感なんて皆無だからね』


(あ、で、結局誰なの?)


『あー、やっぱり伝わっていなかったか。まあいいさ。あたしもいつも起きていられるわけじゃないからね。あんたの助っ人と思ってればいい』


(は、はあ………)


『あ、あと、昼のときは起きていなかったが、教会に行ったみたいだね。あの子にお礼は………まあ言ってないだろうね』


(お礼? 何の?)


『あの子はあたしが伝えた魔法を使ってくれたんだが………まあ、もっと落ち着いたときに話すさ。今は神との交渉の準備中なんだろう?』


(え、いや、気になるんだけど………)


『いや、あんたは魔術は使えない………いや、魔術と魔法の適性は別だし、あんたも使える可能性があるのか。ま、それでもゆっくりした時間に言うよ。あんたは集中した方がいい』


(って言われても、神に会うって実感湧かないし………)


『はあ? あんたはもう何度も………いや、聞いただけで、しかも覚えてないのか。全く、才能があるんだかないんだか………』


(え、俺会ってるの? って、一回は会ってるか)


『そういやそうだね。あんたはあの旧い神に会ってたか。まあ、こんなことは気にしなくていい。だが、そうだね………………この交渉が上手くいけば、ご褒美としていくつか魔法を教えよう。あたしが使えたのは一つだけだが、砂蛇を取り戻したあんたならいくつか使えるかもね。それに、あんたはこういうの、好きだろう?』


(まあ、魔法とか魔術は好きだけど………)


『よし、じゃ、そういうことだから、あんたは頑張ってきな』


(う、うん、交渉テーブルにされるだけみたいだけど)


『だが、そのテーブルを維持するにはあんたが気張らないとだからね。あの娘は気にしなくていいとか言っていたが、神がいる場に人の意識を持ってくるんだ、それなりの負担はある』


(え、そうなの?)


『まあ、あんたは大量の魔力で魔化しているから、魔力が切れない限り大丈夫だとは思う』


(あ、やっぱ魔化してたんだ)


『それも言ったんだが………まあいい。今回のお喋りはここまでだ。ほら、あの娘が探してるようだよ』


「ファドマちゃーん? ベッドは用意できましたよー」


「あ、はい、分かりました!」


『それじゃ、またね』


(あ、うん、またね)







『にしたって、変なタイミングで吹っ切れたね』


『ウジウジしてるのはあたしも嫌いだからどこかで発破をかけようと思ってたが、手間が省けて助かった』


『まあ、あたしは寄生虫みたいなもんだから、あたしが助かっても意味ないんだけどね』


『この厄介な呪いさえなければ、稀の助けになれるんだけどね………』


『いや待て。呪いが、残ってる? この呪いはあいつの………』


『………生きてるのか? あの神より古いんだぞ。信者なんて残ってるはずないが………』


『いや、いやいやいや。魔女の話だと、あの邪神はあいつの子どもだったか?』


『魔女の話が本当か分からんが、それなら呪いが残ってる理由も納得がいく』


『なら………あたしも取引に参加すれば………』







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