102、月の異変
「───ということになります。これで全ての説明が終わりました。何か気になることはありますか?」
「………いえ、大丈夫です」
エンガラスさんが説明してくれた三つのコレクション。
確かに遠距離短時間移動っていう共通点はあるけど、それ以外は全く別々のものだった。
まず一つ目は、『ラーティアンクリスタル』。
中に紅い核がある透き通った青白い水晶で、これを二つに割ると必ず核も割れるらしく、その二つになった欠片は片割れを記憶してるらしい。
そんで、欠片の一つに魔力を流し込むと、近くにあるものごともう片方の欠片に転移して元の形に戻る性質があるっぽい。
難点は、距離に応じたそれ相応の魔力が必要になるのと、人しか転移できないこと。一応服とか手荷物も一緒に転移してくれるらしいけど、大きな荷物や動物は無理みたい。
二つ目は、『ポイント・アンカー』。
旧文明のもので、小さな金属の立方体と大人二人分くらいある大きさの細長いアンテナのセット。
立方体が自分の位置をアンテナの方に送信して、アンテナの方から転移できる………んだけど、立方体は5個しかないし、アンテナごと転移するから転移先のスペースを確保しないといけない。
旧文明の中でも割と初期の方の、いわば時代遅れのものらしくて、魔力を電力に変換する機構があるっぽい。
三つ目は、『鷹の揺り籠』。
古い魔術の一つで、自分を風でできた揺り籠に包んだ後、これまた風でできた鷹で自分を運ばせる魔術らしい。
転移ではないけど魔力がある限りはどこへでも飛べて、竜よりも早いらしい。
ただ、スピードを出すにはそれなりに魔力は消費するし、遠ければ遠いほど必要魔力も多くなるみたい。
「なんか、どれも難ありって感じですね………」
「ええ、移動は身近であるために魔導が少なく、それに関するアイテムなども多くありません。太陽の都であれば、もう少し移動に関する魔導や遺物などの文献があると思いますが………」
「あ、その太陽の都って、なんですか?」
エンガラスさんが難しい顔をしながらさっきから気になってるワードを言ったので、すぐさま切り込む。
すると、エンガラスさんは言うか迷うような間の後に、口を開いた。
「かの大国の『ネフルズン流河国』、その前身である古代の王国です」
………なんかまた知らない国が出てきたんだけど。
ネフルズン流河国? 名前的に大河を利用した国か?
「………まさか、知らないのですか? 世界に名をとどろかせた魔術王国を?」
「え、あ、はい………」
「なんと………」
なんか、本気で驚いてるっぽい?
俺が聞く機会なかっただけかもしんないけど、世界にって言うくらいだからこんだけ過ごして全く聞かないってのもおかしいし………
「申し訳ありません、マレ様。二百年前の常識が今に通用するとは限らないようですね。そこでお聞きしたいのですが、現在における魔術で有名な国の名前をお聞かせ願いないでしょうか」
「あ、えっと、ネテリウネス魔術学国です」
「ネテリウネス………か。カラス、これは………」
「ええ、十中八九、あの少年です。まさか、国を作るまでになるとは………」
ん? エンガラスさん達はネル・ラリウスを知ってる?
それなら、種火の魔術も───
「しかし、驚いたな。あの魔術どころか魔力の一つさえ感じられなかった無謀者がか。いや、一度戻ってきたか?」
「ええ、魔女の失踪後、同志が減少傾向になった頃、一度だけここに訪れていますね」
「あのときは………そうだ、『火接ぎ』がどうとか言っていたな。太陽はもう没したというのに」
「ここに求めるものがないと分かると、すぐに出ていきましたね………一体、何をするつもりだったのでしょうか」
種火の魔術については知らなそうだけど、重要そうなことは聞けた。
太陽の都と火接ぎ。この二つのワードが揃えば、某死にゲーを思い出す。
となると、元は太陽の都があったけど、そこの火が弱くなって、ネル・ラリウスはそれを接ごうと………いや、ネフルズン流河国の前身が太陽の都って言ってたし、一回完全に滅んで、ネル・ラリウスはそれを復興しようとして………
「だから、迫害されてた………?」
太陽の都が滅んだ理由は分からないけど、何かしら外部からの干渉があったはず。
ネル・ラリウスは太陽の都を復興しようと、魔術魔法を………
「あれ?」
「どうかしましたか?」
魔術って、ネル・ラリウスが作ったんだったよな? でも、エンガラスさん達の話し方だとそれよりも前に魔術はあって………ってか、『鷹の揺り籠』って魔術がエンガラスさんにとって『古い』らしいし、魔術はネル・ラリウスが作ったわけじゃない?
じゃあ、なんでネル・ラリウスが最初の魔導師に………
「マレ様?」
「んえ? ………うわっ!?」
気づいたら、エンガラスさんが真横でこっちを見ていた。
タマさんも、その後ろで少し心配そうに見てる。
「申し訳ありません、何か悩んでいる様子だったので………」
「あ、いや、ちょっと疑問が出てきて………」
「疑問、ですか? よろしければ、わたくしにお話しください。解決できるかどうかは分かりませんが、可能性はあります」
「じゃ、じゃあ………」
エンガラスさん達に、最初の魔導師ネル・ラリウスと種火の魔術を伝える。
すると、二人して難しい顔になった。
「あいつが騙る意味がない。だが、事情があるのかもしれない………」
「ですが、魔術は世界各地に広く普及していました。そこで魔術の創造主を名乗っても、そもそも人々に信じられないでしょう。可能性があるとすれば、やはり………」
「『神知らぬ奇跡』、か。そんなことができるのか? 魔女でさえ複数の誓約を結んで再現した魔導の極意だぞ? しかも、それを学ぶ国まで作るとは考えられん」
「しかし、そうでないと考えると、ただの妄言が世界に信じられたということになります。それも、到底考えられません」
「本当なのか? あの鼻垂れ小僧が、魔導の極意を………?」
………話についていけない。『神知らぬ奇跡』ってなんだ? なんか魔導の中でもすごいスキルっぽいけど、それがなんなのかも分からん。
エンガラスさん達はライムみたいに解説してくれるわけでもなさそうだし、まあエンガラスさん達の考えがまとまるまで待つか………
「いや、なら火接ぎは行えるはずだ。だが、実際は復興できていない様子………心変わりか?」
「それとも失敗したのか、別の国へ生まれ変わらせたのか。どちらにしても、少々不可解ですね」
「時系列的に整理するか。まず、あの小僧は孤児としてここへ来て、すぐに同志の一人に引き取られた。そしてまたここへ来る何十年かの間に魔導を修め、ここを出てから神知らぬ奇跡を再現した。その後が分からないが、結果として小僧を崇めた魔術の国ができた。太陽の都は復興されていない」
「なぜ太陽の都を復興しなかったのか、どうやって『神知らぬ奇跡』を再現したのか………ほとんどのことは分かりませんが、種火の魔術は分かりやすいですね」
「ああ、おそらくは神知らぬ奇跡ではない、純粋な魔術だろう。『単誓』先は………」
「『灰の王』ですね。魔術に灰が混じるのも、その影響でしょう。それにしても、『種火』ですか。どちらかと言えば『下火』でしょうに」
「元々は火接ぎをするつもりだったんだろう。その魔術を文字通り『種火』にして」
「しかし、そうはしなかった………本人に話を聞ければよかったんですが」
「あのときは魔女が消えて混乱状態にあった。あいつの妄言まで気にする余裕はなかっただろう。だが、その後悔はウチも………………おい、寝てないか?」
「寝ている? 誰が………………ああっ、マレ様、申し訳ありません! つい話し込んでしまい………!」
「んえっ? 大丈夫です、寝てません………」
話を聞いてるうちに、いつの間にか目閉じてた………
んで、話はどこまで進んだ?
「申し訳ありません、マレ様の疑問への答えは………我々も分からない、です。お待たせしながらこの返答で申し訳ありません」
「あ、だ、大丈夫です」
でも、この感じ、ネル・ラリウスはエンガラスさん達より後の世代っぽいのは分かった。
ライムから最初の魔導師の話を聞いたときは、結構昔の人っぽかったけどなぁ………
「ひとまず、コレクションはどうしますか? もう少しお時間を頂ければ、ご希望のものは見つかると思いますが………」
「うーん………」
エンガラスさんに促されてもう一度コレクションを見るけど、やっぱりどれも一癖あるし選びにくい。
一応ライムにもニャテルさんにも今日一日は書庫に行くって伝えてるけど、延長して心配かけるのはよろしくない。
今日は一旦帰って、アリスの様子を見に来るまでに何にするか決めておくか。俺がいない間にもっと探してもらったら、良いやつ見つかるかもだし。
「とりあえず今は帰ります。次来るときに決めていいですか?」
「ええ、もちろん。では、それまでに全て探しておきましょう。ああそれと、そちらの指輪は差し上げます。迷惑料と言ってはなんですが、そのまま着けていてもらって構いませんし、これは報酬の二個としてはカウントしません」
「あ、ありがとうございます」
「いえ、これはマレ様へのお詫びです。お礼はわたくしには相応しくありません」
「それと、アリスは君に反応を示している。治療を促進するためにも、ちゃんとここに来い」
タマさんが、アリスを持ち上げながらそう言う。
そのアリスを見てみると、股の部分が水に濡れたようになっていた。
精神崩壊って、ここまでダメージが出るらしい。
「………はい、分かってます。それじゃあ、また」
人の恥ずかしいところを見るのはこっちが耐えられないから、逃げるようにしてエンガラスさん達に頭を下げる。
「ええ、またお会いしましょう」
「こいつのこんなところを何回も見るのはごめんだ。必ず、何度も、来い。分かったな?」
「は、はい、分かりました」
タマさんに釘を刺されながらも、エンガラスさん達に頭を下げて書庫を出る。
これでエンガラスさんとの約束は終わった。一応、暇なときに行かないといけないから、そこんとこは継続してかないと。
他になんかやることあったっけな………
そんなことを考えながらドアを開けると、もう見慣れた部屋が見えた。
誰かが待ってることもなく、部屋は俺が出る前と全く同じだ。
「ふー、疲れ………てはないな」
それでも、食べた後の眠気が来てる。
ちょうど24時間経ってるはずから、今は昼前くらいだけど………まあいいか、今日は休憩日にするか。
「昼………もいらないし、夜まで寝るか」
晩ご飯も、料理ができない俺のためにライムが用意してくれた保存食があるし、気にしなくていい。
それじゃあ、またにはなるけど、怠惰に惰眠を貪り───
ザァァァァ──────
「───ん?」
外から、この世界ではあまり聞かない音が響いてくる。
それは、バルデルハラ街でたまに聞いた音。砂漠では貴重な、水が壁に打ち付けられる音。
「ここでも雨って降るっけ………?」
確か、星空を映す天井があったような………
とりあえず本当に雨音か確認するため、窓に近づく。
でも、窓の外は塗り潰されたように真っ暗で、その隙間から覗く光景は………いや、違う?
「これ、雨が黒い?」
外が暗いんじゃなくて、雨が窓を黒く塗っている。
雨の隙間から見える学院の他の塔々も、雨に濡れて真っ黒に染まっていくのが見えた。
「ここの周嵐ってこんな感じ? いや、そもそもここまで周嵐って来るか?」
地理的なこと、気象的なことは一切分からない。
でもとりあえず分かるのは、外に出ない方がいいということ。
「ま、そもそも今日は外出ないんだけど」
というか、この一週間、学院の外に出ていない。ここで大体の用事終わるし。
だから、雨のことは気にせず寝室に行こうとした。
それを、ドアをノックする音が遮る。
「マレさん、いますか?」
「………学園長?」
玄関から聞こえたのは、くぐもった学園長の声。
その声からは、少し焦りっぽいのを感じた。
とりあえずお偉方を待たせるのは失礼なので、すぐに玄関のドアを開く。
「あ、マレさん、いましたか」
「はい、そうですけど………何かありましたか?」
「………ええ、これ以上ない緊急事態です」
というと………もしかして、あの黒い雨?
でも、雨と俺に何の関係が………
「なので、以前約束した、マレさんの協力をお願いしたいのです」
そういえば、子ども達の入学のときに約束してた。
その『協力』が欲しいらしい。
「はい、分かりました。それで、何をすればいいんですか?」
「………とりあえず、これを見てみてください」
そう言って学園長が背後から取り出したのは、何かの目玉みたいな小さな水晶。
薄い紫色の中心に紅く淡く光るその水晶は、かなり貴重なものに見えるんだけど、何? これを俺の目でよく見てほしいってこと?
そう予想をつけて、眼帯を外して───
「───あれ?」
腕が、上がらない。
いや、腕だけじゃない。足も指も頭も、全部動かせない。
「ごめんなさい。これしか方法がなくて───」
唯一動く目を下に向けても、動かない身体が見えるだけで、自分にどんな異変が起こっているのか分からない。
「怖いでしょうけど、少しの間です。我慢してくださいね」
(なにを言って………………え?)
喋ろうとしたら、自分の声が聞こえないことに気づいた。
耳が聞こえてないんじゃなくて、そもそも口が動いてない。
目をさらに下に向けて、わずかに覗く自分の鼻を見る。
すると、そこには見慣れた自分の肌………ではなく、硬そうな灰色が見えた。
(これは………石?)
「落ち着いてください。健康上は全く問題ありません。すぐに動かせるようになります。だから
学園長の声が突然途切れる。
でも、視界の中の学園長はまだ何か喋っていた。
これはつまり、耳も石化した………?
「─────────」
学園長が何かを喋っているのが見える。
その視界も、周りから徐々に黒く暗くなっていくし、目も動かせなくなった。
でも、不思議と怖くはない。
俺が恐怖に鈍感なのか、こんな状況でもまだ学園長を信じてるのか。
「───、──────」
やがて、視界全てが黒く塗り潰される。
これから、どうなるんだ? 学園長は俺を石化して、どうするつもりなんだ………?
「───きてください。起きてください、マレさん」
「………ぅん?」
ゆさゆさと揺さぶられる感覚で目が覚める。
いつの間にか眠ってたみたいだけど………ここは?
横になったまま周りを見ると、ここはどうやら学園長の校長室で、俺はそこのソファに寝かされていた。
「マレさん、起きましたか。何かおかしいところはありませんか?」
「ん………あ」
横を見ると、心配そうにこっちを覗き込む学園長が見えた。
その瞬間、学園長のことを怖いと思った。
それは、さっき石化しているときに感じるべきもので、だからこそそれは今になって大きくなる。
学園長なら俺をどうかしてしまえる、この人には敵わないという恐怖が。
すぐに身を起こして立とうとすると、学園長の顔がずいっと近づいてくる。
その目と合うと、身体が固まった。
「すみませんが、逃がすつもりはありません。マレさんにやってもらいたい仕事があるのです」
「し、仕事………ですか?」
「ええ」
学園長は頷きながら立ち上がり、学園長の仕事用っぽいデスクの後ろにある大きな窓、それを遮る深紅のカーテンを開け放つ。
その先には、もはや一片の隙間なく黒く塗り潰された窓が現れた。
学園長はその窓の鍵を外し、大きく開ける。
ザァァァァ──────
さっき聞いた雨音が強くなり、窓のそばにいた学園長の服を黒く染めていく。
でも学園長はそれを気にせず、片手を広げて少しの雨を掬った。
それを、俺のそばに近づける。
「これを、見てみてください」
「は、はぁ………」
学園長の言葉に従って、ボタボタと零れ落ちるその黒い液体をよく見る。
その液体は少し粘っこく、絵の具に似ている。でも、それだけで他に特徴はなかった。
「え、えっと、これが………何ですか?」
「知らない、ですか。信者の自覚がないのも納得ですね」
「しんじゃ………?」
学園長は手にある液体を窓の外に捨てた後、その窓を閉めて俺に向き直る。
改めて俺の目の前に立つ学園長は、そのローブとドレスが黒く大きく汚れているにもかかわらず、それでも輝きと美しさを失っていなかった。
まるで、人間ではないかのように。
「ひとまず、マレさんには今の状況を説明します」
「今の状況、ですか?」
「ええ、あの黒い雨、気になるでしょう?」
「それは、まあ………」
学園長は両手を前に出して、小さな光を作り出す。
それは徐々に下に膨らんだ半球状になり、その中がさっきの黒い雨みたいに暗く染まっていた。
その黒い液体は少しずつ多くなり、月の器から溢れていっている。
「これが今の『照月』、この学院の真上に浮かぶ月の姿です」
「これが………?」
半球なのは上が天井があるからってことで分かるけど、この黒いのはなんでこんなに増えてんだ?
しかも、ライム達からこの黒い雨のことは一切聞かなかったし、異常事態ってことだよな?
「この黒い雨はほとんどの種族、物質に影響を与えません。ですが、この量ならば、この国は近いうちに地獄へ引き摺り込まれるでしょう」
「え、な、なんで………ですか?」
「この黒い液体、私は『獄油』と呼んでいますが、これは天使が堕天した際に、その身体から溢れ出すものとされています」
「え、な、て、天使………?」
「ええ、そうです、天使です。この学院に浮かび、魔導を象徴する照月は、天使を動力源としているのです」




