101、騙すのなら
「ん………んん………?」
目を開けると、半分の視界の中で追憶書庫の天井が見えた。
どうやら、無事に帰ってこれたらしい。
「マレ様、気分はいかがですか? どこか痛むところは?」
そう顔を覗き込んできたエンガラスさんは、いつものカラスの顔に戻っている。
「大丈夫………です。何も───」
ぐぅぅぅぅ~
俺の言葉を、俺の腹の音が遮った。
意識してみれば、めっちゃ腹が空いたし、喉も乾いている。まるで、十時間以上怠惰に寝た後みたいだ。
「無理もありません、この書庫では一週間も経っているのですから」
「え、そうなんですか? なら、もう干からびていてもおかしくないはずじゃ………」
「それはそのベッドの恩恵ですね。そのベッドもコレクションの一つなのです」
上体を起こしてベッドをよく見てみても、特に変わったところはない。普通のベッドだ。
というか、そもそもなんで一週間も寝てたんだ? 前は6、7時間くらいだったのに。
「ここで話すのもなんですし、こちらへどうぞ」
ひとまず疑問は置いておいて、ベッドから降りてエンガラスさんの案内に従う。
エンガラスさんについていっている間、本棚と本棚の間に、ジバのいた空間で見た女性達が点々と立っていた。
彼女達はもう空虚な表情はせず、簡素だけどちゃんとした服を着て、中には談笑しているグループもいた。
もしかしてだけど、俺があの空間から出て起きるまでに相当な時間が経ってる?
「こちらです。椅子に掛けてお待ちください」
やがて着いたのは書庫の中心、魔女の机の隣にある、その机と同じくらいの机と一脚の椅子。
エンガラスさんに導かれるままその椅子に座ると、エンガラスさんは一礼してどこかへ行ってしまった。
手持ち不沙汰になってしまったので、なんとなく周りを見渡す。
本棚とかこの書庫自体に変化はないけど、明らかに人が増えた。
まるで、魔女がいた頃の写真と同じように。
「本当は、あまり好ましくないんだがな」
「………あ、え?」
後ろから声をかけられて振り返ると、見知らぬ女性がいた。
真紅の長髪に紅く鋭い瞳、俺と同じような黒いインナースーツを着ているその女性の頭には、ぴょこんとした猫の耳が二つ生えている。
この喋り方と見た目にそぐわぬ少女のような高い声、そして猫の耳。これらから導き出されるのは………
「ネコエニシさん………?」
「………よく分かったなと褒めてやりたいところだが、あいにくウチはそう呼ばれるのが好きではない。ウチのことはタマと呼んでくれ」
「え、あ、はい」
ネコエニシ改めタマさんの手には、初めて書庫に来たときに見たランプが握られている。
エンガラスさんの話では書庫全体の明かりを管理しているらしいし、このランプが制御装置的な役割を持ってるのかな?
「って、そうじゃなくて、大丈夫だったんですか? その、ジバとの戦いで………」
「所詮、ウチは魂を持たない『式神』だからな。いくら傷ついても、依代と魔力があればいくらでも復活できる」
「式神………?」
「ん、聞いたことないか? 信心がある程度込められた物に魔力を込め、人工の神とした存在だ。ただ、神と言ってもあの邪神のような強さはない。強さは込められた魔力に比例する」
俺が元々知ってる式神と似たようなものって考えればいいかな?
というか、込められた魔力に比例して強くなるって、魔法っぽいな。
「しかし、今回でかなり魔力を減らした。また補給しなければ………」
「え、うん? んん? あのちょっと聞いていいですか?」
「なんだ? ウチに答えられるものか知らんが、まあ言ってみろ」
「いや、あの空間で、ジバがあそこは他の神からの干渉を受けないって言ってたんですけど………」
確か、神の閨とも言ってた。
ジバの言うことを信じるなら、あの空間はジバの独壇場。俺の魔法は発動しなかったし、新生サイルガ家の紋章も消えていた。
式神のネコエ………タマさんはあの空間で力を発揮できないはずだし、そもそも入れないんじゃ………?
「なんだそれは? あの邪神は神の閨を維持できるほどの力は残っていなかったぞ。邪神信仰なぞ流行りも早いが廃りも早い。ウチらが戦った奴の力は、全盛期の100分の1にも満たないだろう」
「ひゃ、100分の………」
ん? いや、ということは、俺は嘘つかれてた?
でも、魔法は使えなかったし、紋章は消えてた。
どゆこと?
「おそらくにはなるが………君の信心、思い込みを利用したのだろう。いくら力のない邪神と言っても、他の神の干渉を一時的に跳ね除けることくらいはできるはずだ。ただ、それはあくまで一時的。最初に跳ね除けた後は君の思い込みを利用して、魔法は使えない、他の神の干渉ができない、と騙したのだろう。あそこは君の夢だ。君がそうと思い込めば、ジバが許すならその通りになる。だが、君が悔やむ必要はない。むしろ、それで良かった」
「………どういうことですか?」
「それは──────カラスに聞いてみるといい」
タマさんの耳がピクピクと反応し、視線が俺から離れる。
その視線を辿って俺もその向く先を見てみると、何かの料理と飲み物を丁寧に持ったエンガラスさんがいた。
「ええ、それを説明するのはわたくしが適任でしょう。ですが、錯覚の空腹とはいえ、まずは食事を摂らねば」
机の上に平たい皿と銀色のコップが置かれる。
湯気立つその料理は、何かの白っぽい肉とごぼうっぽい野菜が合わせて炒められたもので、コップにはお茶っぽい茶色の液体が入っていた。
「エテー豚と根菜の炒め物、ナミシオ諸島のダン茶でございます。と言っても、わたくしが作ったものではございませんが」
「良かったな、ウチがいて。カラスに任せると、これらが生きて出てきたかもしれんぞ」
「えぇ………?」
この炒め物とお茶は普通に美味しそうなんだけど、エンガラスさんが作ろうとすると生きたまま出てくるの?
それってもう下手の領域じゃなくない?
「どうぞお召し上がりくださいませ。マレ様がお食事している間、わたくしが説明させてきただきます」
「分かりました。いただきまーす………」
ちゃんと手を合わせてから、皿のそばに添えられていたフォークを手に取る。
そのままフォークを肉に突き刺して口に運んだ。意外と熱かったそれはぷにぷにと肉らしからぬ食感としかし肉らしい脂のある味が口内に広がる。
端的に言えば、美味い。
「喜んでいただけたようで何よりです。ネコエニシも喜ぶでしょう」
「勝手に喜ばせるな。まあ………否定はしないが」
タマさんは結構顔に出るタイプなのか、そんなことを言いながらかなりニマニマしている。嬉しいらしい。
「さて、マレ様はそのままお食べになっていて結構です。わたくしが諸々の説明をしましょう」
「あ、はい」
そうして、食事を続けながらエンガラスさんの説明を聞く。
「まず、最初から順に話していくとしましょうか。マレ様が疑問に思うことは………なぜわたくしやネコエニシが負け、そしてわたくしが傷一つなく現れたか、ですよね?」
「んぐ………まあ、はい。あれって計画通りだったんですか?」
「ええ、計画通りです。実は、最初にマレ様をお助けしたのは、わたくしの分身なのです」
「分身………ですか?」
「ええ、わたくしが使った『天使の輪』は、その力を持っていましたから。ですが、その力の制約として、わたくしは分身に会うことができません。なので、分身が離脱した後でしか入ることができないなかったのです」
ん? ということは、あの血塗れのエンガラスさんの分身はまだ息があったのか。
なのに、ちょっと見捨てる感じのことしちゃったなぁ………
「あちらのわたくしも全てを理解していますので、気にすることはありませんよ。そして、ネコエニシですが………」
「………ウチは普通に力不足だっただけだ。管理者というだけだからな。むしろ力を求められても困る」
「ということです。本体のわたくしが入るまでの時間稼ぎとしてネコエニシも入ったのですが、想定よりもジバが強く、マレ様を危険に晒してしまいました。申し訳ありません」
「なんだ? ちゃんと言え。ウチが弱いせいだって」
「それも含めて計画を立てたのはわたくしです。想定外があることを計画に入れなかった責任はわたくしにあります」
「………ふん、そうか」
「わたくしの計画としては、マレ様にジバへの案内をしていただき、先制攻撃を仕掛けた後はネコエニシとともに敗北し───」
「え、負けるのも計画なんですか?」
「ええ。わたくしとネコエニシの猛攻によりジバを消耗させれば、我々に勝利したジバはもう邪魔者はいないと思い油断するでしょう。そうなれば、『神の心』でマレ様を害そうとするはずです」
「『神の心』、ですか?」
「聞いたことはありませんか? 物に宿る付喪神が持つ、その神の魂と言うべき代物です。ネコエニシのランタンもこれに当たりますね」
「そういえばそうだったか。となれば………ウチは付喪神の一つの式神か」
「え、付喪神………? あの、私が知ってる限りでは、付喪神って神の中では格が低い方なんですけど………」
「その認識で合っていますよ。しかし、ジバは生きた年数が長いですからね。信仰も完全に途絶えているわけでもなさそうでしたし、あれだけの力を持っているのは不思議ではありません。あそこまで力を蓄えていたのは想定外でしたが」
「なるほど………………あ、それで、最後ジバに投げてたのは………あれはなんですか?」
「あれは………詳細は話せませんが、全ての繋がりを断つことのできる『蟹の手』でございます。それを利用してジバと神の心の繋がりを断ち切り、行動不能にしました」
「え、それって大丈夫………いや、別に死んでてもいいんですけど………」
「残念ながら、ジバはまだ生きています。しかし、しばらくは動けないでしょう。今の状態ならば、ジバを追い出すこともできますよ」
「え、できるんですか?」
「ええ、神の心は物質ですので、コレクションの一つとして保存することができます。しかし、コレクションを保存する魔法やこの書庫自体の魔力を吸って復活が早まってしまうでしょう。ジバは人の中に居座る神ですから、マレ様の中にいる間はその限りではないと思いますが………どうされますか?」
つまり、今ここで追い出すこともできるけど、それだと周囲の魔力を吸って復活が早まる。俺の中に留まらせておけば、復活が早まることはないと。
じゃあ、書庫から出た後にジバの神の心を取り出せば………
「ええ、マレ様の考えている通り、書庫の外で神の心を取り出すのが最善でしょう。しかし………申し訳ありませんが、その案はできないのです」
「えっと、それはなんで………?」
「現状、神が居住としているものから神を追い出せるのは、あの蟹の手だけなのです。しかし、一時の貸し出しでも、それは他者に渡せないのです。ご理解ください」
「………分かりました」
多分、悪用されたら影響が大きいからだろうな。
あらゆる繋がりを断つことができるアイテムなんて、それもう伝説級だし。
「代わりに、報酬として別のコレクションをお渡しできますよ。それもある程度の制限はありますが」
「え、いいんですか?」
「マレ様は前払いに不釣り合いなほどの活躍をしてくださいました。そしてマレ様への謝罪を込めて、二つお渡しします」
「二つも?」
「ええ、後ほど要望をお聞きしますので、何が欲しいのか考えておいてください。さて、次の説明ですが………」
「こいつのこと、だろう?」
タマさんが、背後から一人の少女をぐいと前に出す。
周りの女性達と同じような服を着て、でも未だ暗い目をしたその少女は、俺と同じ褐色の肌と黒い髪を持つアリスだった。
その腹はすでに小さく、痩せ細っている。
「多分、妊娠させられてたのはこいつだけだ。他は傷だけだったな」
「え、でも、お腹は………」
「君の思い込みと同じだ。アリスも、思い込みで妊娠させられていた。それは、実際にそうなるよりもよほど残虐な行為だっただろうな」
タマさんはそう言いながら、アリスの頭を撫でる。
でも、アリスはそれになんの反応も返さず、ただ虚ろな目で俺を見ていた。
タマさんの言いたいことは、よく分かる。
妊娠に繋がる行為は本人の意思とは関係なくできてしまう。
だけど、アリスは想像での妊娠をしていた。つまり、アリスが妊娠を認めたということになる。
あの気の強そうなアリスが自ら妊娠したと認めるほどの行為なんて、想像もつかない。
「他は大丈夫そうだ。というより、他で最後に捕まったのが10年前。アリス以外は、もう苦痛に慣れてしまったんだろう」
「10年前? それじゃあ、最初は………?」
「それは知らん。ただ、最初に捕まったと見られる奴は、暦を知らなかった。少なく見積もっても、1000年は前だろう」
「1000年!?」
「1000年前と言いますと………『太陽の都』がまだ存在していた頃ですかね」
「いや、それよりも後だろう。『日没』では多くの記録が灰になった。暦も、そのときに失われたと考えるのが妥当だ」
『太陽の都』? 『日没』?
なんか、色々と知らない単語が出てきたけど、そうじゃなくて………
「いや、その人って大丈夫………なんですか? こう、脳が過負荷を起こしたりして………」
「本人の立ち振る舞いを見る限り、そういうことはなさそうだ。おおかた、ジバが新しい玩具に夢中で忘れたんだろう。本人は長い間眠っていたと言っていた」
「当時のことを詳しく聞けそうですが、今ではありませんね。今後ですが、このアリス様は回復するまで我々が預かります。回復後は、アリス様の要望を聞き、それからのことを決めます」
「一応なんですけど………回復にはどれだけかかりそうですか?」
「精神のことなので断定はできませんが、おそらくは現実での一ヶ月はかかると」
えっと、向こうでの一日がここの一週間だから、だいたい30週の210日、約7か月?
まあ、精神上の問題だし、そんぐらいはかかるか………
「あくまで予想ですので、それよりも早く、または遅くなるかもしれません。定期的にこちらへお越しいただければ、回復具合が分かるかと」
「分かりました」
一週間に一回くらいは見に来るか。
そもそもコレクションを観賞するのでも面白そうだし。
「あとは………そういえば、マレ様は一週間も眠っていたことに疑問を持っていましたね。そのことを説明しましょうか」
「あ、それなんですけど………前にジバと会ったときは普通の睡眠時間だったんですけど………」
「ええ、それが正常です。マレ様が一週間も眠ったのは、『泥安の寝衣』で入眠したからですね。あのベッドです」
「で、でいあん………?」
「泥安の寝衣。一週間ぴったり熟睡し、その間に消費される体力を肩代わりする代わりに、その間は何があっても一切起きれないというコレクションです。ですので、端的に言えば、一週間眠るだけのベッドですね」
「な、なるほど。でも、なんでそれを使ったんですか?」
「………騙すなよ。これはカラスが立てた計画だ」
「ええ、隠蔽する気はありませんよ」
「………?」
なんか、ちょっと雰囲気悪い? なんで?
あ、でも、何があっても起きれないってことは、あの空間で死んでも起きれないってことじゃあ………
「………先ほどの説明では言葉にしませんでしたが、わたくしはマレ様を囮にしました。そして、マレ様がその『囮の役目』を確実に遂行してもらうよう、あのベッドを使用してもらったのです」
「えっと、つまり………?」
「あの時、あの空間において、マレ様は死ぬことができませんでした。より具体的に言うなら、致命傷を負って絶命した瞬間、マレ様は無傷の状態でその場に再び現れることになります。いわば、リスポーンですね」
「リスポーン………」
え、じゃあ、あんな必死に回避する必要はなかった? いや、痛みはあったから回避するのは正解か。
んで、俺を囮にしてたとなると………あれか。確実にジバに神の心を取り出させるためか。何度殺しても復活する俺を、それでも追い出すために………
「ジバが持つ神の心は、蟹の手と似たような特性を持ちます。ジバが油断するか、しなければ痺れを切らして取り出したところを、わたくしが隙を突く計画でした」
「なるほど………………え、でも、それじゃあ、ジバを倒した………あれを倒したって言っていいかどうかは分からないですけど、その後私は死んだはずでは………?」
「あれは、マレ様が自分が死んだと錯覚した影響ですね。わたくしは諸々を済ませた後に出ましたが、マレ様はずっとその場で眠っておりました」
………結構思い込みが影響するんだな。
これ、思い込みがこんだけ影響するなら、事前に知っとけば………いや、それだとジバが油断せずにエンガラスさんの計画が破綻する可能性があるのか。
「再度お詫び申し上げます。身体的損傷は確かにありませんが、精神はそうはいきません。しかし、わたくしは一部の事実を伝えず、マレ様を意図的に傷つけました。申し訳ありません」
「あ、いや、神が相手なんで、それくらいは大丈夫です」
「ですが………」
「本人がいいって言ってるんだ。お前が食い下がるところではない」
「………分かりました。しかし、お詫びの印として、追加の報酬、二つ目のコレクションを差し上げたいと思っています」
「あ、それで二つなんですね」
「そういうことです」
さっき言ってた「謝罪を込めて」って、そういうことか。
まあ、それくらいならありがたく頂いておくか。
何も知らされなかったことを、本当に気にしてないわけでもないし。
とりあえず目の前の料理を頬張り、お茶も一滴余さず飲み干す。
「………んぐっ………ご馳走様でした」
「完食されたようですね。ちょうど、わたくしからの説明も終わりです。これから、いかがなさいますか?」
「まあ………帰る予定………あ、報酬のコレクションって………」
「欲しいものは決まりましたか? なんでもはございませんが、大抵のものはありますよ」
って言われてもなぁ………今んところ欲しいものはないし、かといって今貰わなきゃ後々忘れそうだし………
「………欲しいものでもなくていい、現時点で君が困っていることは?」
「困ってること、ですか………」
………あー、魔術魔法が使えなければ、ただの一般人になるのは嫌だよなぁ。
でもそれって、道具武具関係なく俺の鍛錬次第だし………
いや、一つあった。
それは、バルデルハラ街とネテリウネス魔術学国の行き来。どっちにも知り合いがいるから、手軽に往来できた方が便利だ。
「あの、遠距離をすぐ移動できるコレクションとかありますか?」
「遠距離を移動できるもの、ですか。それは物品の移動ですか? それとも人の移動ですか?」
「人の方ですね。できれば、転移みたいに瞬間移動できるやつがいいんですけど………」
「なるほど………少々お待ちください。ご要望に合うものを探してきます」
エンガラスさんはそう言うと、すぐに本棚の森に姿を消す。
タマさんはアリスの髪をいじくり回しながら暇を持て余し、アリスは変わりなく俺を見つめていた。
「………あ、そういえば」
ふと思い出して、腰につけてたポーチからお菓子を取り出す。
一週間もあるからいくらか食べると思ってたけど、全部睡眠になってたから一個も食べてない。
幸い、お菓子は『アイノスク』っていう溶けないお菓子だったから、無事だった。
「でもこれ、そんな冷たくないから、どっちかって言うと飴玉だよな………」
一つを口に入れて、コロコロ転がす。
氷菓子とだけあって硬いけど、そこまで冷たくはない。魔術で時止めとかされてるのかも。
そのまま溶けきるまで舐めた後、もう一つを取り出す。
そこでようやく、未だにアリスが俺に視線を固定していることに気づいた。
タマさんのわしゃわしゃと撫でる手に怯まず、アリスはずっと俺を見ている。
それとなく姿勢を変えたり少し移動しても、ずっと目が合う。
「………食べる?」
アリスの時代にはこのお菓子はない、と思ったので、一つアリスの目の前に出す。
それでも、アリスの目はずっと俺を追っていた。
「………仲が良かったのか? ウチじゃなく、君に注目するとは」
「仲が良い………そんなことないと思うんですけどねぇ」
俺からしてみれば、アリスは人化の立役者で、命の恩人でもある。
アリスがいなければ、ジバとの交渉は難航、もしくは決裂していたはず。
でも、なんでアリスが俺を助けてくれるのか、それが全く分からない。
アリスにとって、俺はたまたま入った身体というだけで、普通は身体を自由に動かしたいがために主導権を乗っ取ったりしそうだけど………
「なんで、助けてくれたの?」
「………………………」
アリスは応えない。
その視線に居た堪れなくなったので、少しでもアリスの気を逸らそうと、その小さな口にアイノスクを押し込んでみる。
「──────」
アリスは口の中に入った異物を、すぐにガリガリと噛み砕き始める。
それも、俺を見ながら。
どういう執着があるのか分からないけど、アリスはどうやら俺のことが気になるらしい。
「だいぶ君にお熱だな。そうだな、君は来る頻度を多めにした方がいいかもしれない。君が起きるまでは、アリスは全てに興味を示さなかった」
「なんで、俺に………?」
よく分からない。
ただ、タマさんの言う通り、暇なときはこっちに来た方がよさそう。
「おや、何かありましたか?」
コリコリと口を動かすアリスを横目に、エンガラスさんが三冊ほど本を抱えて戻ってきた。
「こちらが、瞬間移動のようなことができるコレクションでございます。マレ様は文字が読めないようなので、わたくしがそれぞれの詳細を説明するといたしましょう」
「ありがとうございます。お願いします」
「では、一冊目ですが───」




