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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第5章 転移者たちの戦い
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水の魔術師

 夜の出来事だった。

 明日の朝にはこの街を発とうと、夕食を取りながら荷物の確認をしていた。


『その時だ! ネーベルは広大な平原に霧の壁を造りだしたのだ!』


 もうかれこれ、あの日から昼と晩に何度も行われた吟遊詩人たちの語り。

 二人が前に立ち、声優としてやっていけるほどの美声でネーベルの戦いを語り、残りの者たちがBGMやSEを入れる。

 時折り真似して小規模な霧の領域を作り出したりもしている。

 しかしながら、演奏の腕は良いと言えるが如何せん語りの才能がイマイチだ。

 それがあってなのか観客からのおひねりは無いに等しかった。

 ネーベルの策略も、こうも儲けがないならどうしようもないのであった。


「次は北のほうにある『幻相都市レフィス』に行こうと思う」

「幻相都市? 幻想じゃなくて?」

「そう、現世うつしよ幽世かくりよの狭間とも言われているけどね」

「……まさか、デル?」

「出るだろうね。あそこはいつの間にかできていた死霊の世界とも言われているから。この『九つの世界』だって本来の世界から位相のずれた場所にある。それは知ってるな?」

「ああ、堕天使に聞いた」

「もしかして黒い四枚翼の女?」

「そうだけど。なんか不味いのか?」

「うーん……関わらないほうがいいやつらだからねえ……」


 会話が途切れたころ、吟遊詩人たちのパーティにはヤジが飛ばされていた。

 淡々としている語り口調のせいか、盛り上がりがなく歌としては不評なようだ。


「おいおい、もう語りはいーから別の音楽頼む」


 すでに飽きられていた。

 その歌の主人公であるネーベルですらもう意識の外に放り出すほどのつまらなさだ。


「なあ、ネーベルの探してるやつって誰なんだ?」

「前にも言ったけど白が目立つ人間。これ以上は言えない」

「なんで?」

「あー……そうだな、名前を知っているだけで世界大戦に巻き込まれる、と言ったらどうだ?」

「そりゃ知りたくないな」


 食べ終えた食器を返却しに弟子が立ち上がり、カウンターへと持っていく。

 カランカランと音を鳴らして宿の扉が開かれた。

 少し肌寒い夜風が流れ込む。

 入ってきたのは二人。

 片方は腰まである長い金髪で首元にスカーフを巻いた者。

 もう片方は青いとんがり帽子に青いマント。そして先端に青い宝玉の取り付けられた杖を背負っている。

 どう見ても水属性を主に扱う魔法使いだ。


「ようやく見つけた。やるよ、エリアス」

「は、はい。でもセーレさん」

「話しはあと」


 中性的な声で金髪のほうは言い、宿の酒場の端に居座る黒髪の青年へと向かう。

 少女のような見た目で中性的な声音。しかし放つ気配は周囲のすべてを威圧する。

 それに気づいたネーベルは立ち上がった。その手にはすでに杖が握られていた。


 ---


 長かった。

 長い長い四年だった。

 ついに探し人の一人を見つけた俺はすぐに声を掛けようとした。

 だけど……変わりすぎていた。

 いきなり向けられた杖と敵意。

 それは俺のスイッチを戦闘モードに切り替えるのは十分すぎた。


「全員動かないでください!」


 青い魔法使いが……とんがり帽子の下に見える顔は間違いなくエアリーがニードル状の水弾を作り出して皆を牽制する。

 恐らくこの酒場にいる冒険者たちでは歯が立たないだろう。

 そもそもこの距離なら斬りかかる前に撃ち抜かれる。


「とうとう見つかってしまったか……なんだ、レイズの命令か? まあなんにせよぶっ倒すけどね」

「いきなりそんな殺意を向けないでよ、ネーベル」

「俺には向けるだけの理由がある……いい加減返してもらおうか」


 俺がいる場所とは反対側で、巷で噂の霧の魔術師と金髪の女が対峙している。

 こんなところで戦いが始まれば最悪、街が消えてしまう。


「残念、ないものはない」


 プツン……と、何かキレてはいけないものが切れた幻聴が聞こえた。

 確実に相手の女は死ぬ、そう思えるほどの殺意がまき散らされる。

 だがいきなりここに入ってきてこんなことをする方も問題はあるだろう。

 そしてなぜその片方がエアリーなのかも。

 向こうはネーベルが抑えるなら、エアリーは俺が。


「エアリー!」


 呼びかけるとビクッと震えて、疑いようのない敵意を向けてきた。

 杖に魔力を宿して俺に向ける。

 下手したら一撃でアウトだ。

 今の俺にはもうスキルがない。

 魔法についても火・水・地・生属性以外はうまく扱えてない。


「何でですか……なんで私の前に出てくるんですか!」


 叫びと共に水弾が飛ばされた。

 右手で杖を取りながら左手で金属の盾を作り出す。


 バキンッ! 


 酒場が静まり返る。

 冒険者やほかの魔法使いたちの目が俺とエアリーに向く。

 俺とてここらではそれなりの腕前だ。

 その俺に傷を負わせた魔法使いともなれば注目はされるだろう。

 だが、それにしても嫌な結果だ。火炎弾でレジストすれば水蒸気爆発が起こると思い、盾を作った。

 なのに貫通しやがった。

 抉られた腕をすぐに治癒する。


「どうしたんだよエアリー」

「来ないで、来ないでください!」


 今度は一面を覆うほどの水弾が生成された。

 さすがに防ぎようがない。

 焦りもあるが、もう一つ、よくここまで強くなったなと思う感情がある。

 これだけの強さなら変な輩に負けることもないだろうと安心できる思いがある。


「エアリー……」


 ちらりと視線をその後ろに向ければ、静かな激闘が繰り広げられている。

 魔力塊のぶつけ合い。

 普通の魔法使いは相手の魔法の狙いを逸らすフレアとして使ったりするが、今見えるものは当たれば自身の魔力を吹き飛ばされて一撃で昏倒するほどのものだ。

 そしてついに女の方が押され、魔力塊から魔法攻撃に切り替えた。

 と、同時にネーベルが得意の水弾を作り出す。

 双方の魔法がぶつかって空間を思い切り揺らし、


「きゃぅ」


 エアリーがバランスを崩して水弾の制御を疎かにしてしまう。

 すかさず俺の魔法で”重ね掛け”して制御を奪い取り、消し去る。

 魔法はより強い魔法で消せる、そういわれたが実際は塗りつぶすか制御を奪い取るかのどっちかだった。

 といっても俺の方法では、ということだが。


「どうしていきなり攻撃したんだ? 俺たちが戦う必要なんてないだろ?」


 話しかけながら近づく。

 露骨に近づくよりも相手に警戒されないらしいからな。


「あなたが嫌いだからです!」


 嫌いだから…………………………。

 その一言は俺の心を抉るには十二分すぎる攻撃。

 嫌いだから……?

 いや、嫌われもするか、最初ときにエアリーをエアリーとしてみようとはしなかったし、俺の近くにいただけで危ない目にあったりもしたし。

 仕方ないか。

 エアリーが再び水弾を展開する。

 殺される気は毛頭ないが、気の済むまで受け続けるとするか。


「…………」


 エアリーの杖は水属性。俺の杖も水属性。

 同じ属性なら得意不得意はない、純粋に実力だけの勝負だ。


「さようならアキト」


 どこか悲哀を含んだ声音で杖を向けてくる。

 いくら嫌いと言っても短期間ながら一緒にいたしなぁ。


「…………」

「…………」


 視線が交差する。

 と、同時に水弾を撃ち出す。


 ズドドドンッ!


 空中でぶつかり四発の水弾が弾け飛ぶ。

 エアリーが撃ったのは一発、対して俺は防ぐために三発。

 割と本気で撃ったにもかかわらずこの差。

 さらにエアリーがくるりと杖を回して再度撃つ。


「くっ」


 今度は四発撃って迎撃。

 杖をくるっと回すことは単に格好をつけるためじゃない。

 そこらの安物の杖と違って残った魔力を払う必要がある。

 スナイパーライフルだって一発撃ったら銃身の震えが収まってからのほうが次弾の精度がいいような感じだ。

 上手に使い切れるだけの魔力を込めたならしなくてもいいが、そんなことは瞬時にできることじゃないからな。


「いい加減諦めてください!」


 さらに水弾が飛ばされる。

 きらりと目元からこぼれたのは飛び散った水じゃないだろうな。

 嫌いと言っておきながら傷つけるのは躊躇うか。


「エアリー、もうやめよう」


 水弾に二発ぶつけて弱くなったところで制御を奪い消し去る。

 もとから水弾で撃ち落とさなくても魔法なら奪って消した方が速いし安全だ。

 エアリーのは威力が高いだけで魔法としてはそんなに高度なものじゃない。


「うぅ……来ないでください、もう私の目の前から消えてください!」


 次が来る。

 そう思った時には左腕がなくなって、身体が宙を舞っていた。

 見えなかった。


「どぐぁっ! あぐぁ……いっつぅ…………」


 酒場の壁に叩き付けられ、全身が悲鳴を上げる。

 周りで動けずにいる冒険者たちもわずかに悲鳴を上げているようだ。

 こんなところで殺傷騒ぎなんて御免だろうからな。


「すぐに……楽にしてあげます」


 顔を上げると杖の先端に生成される氷の矢が見えた。

 五〇センチほどで高速回転している。

 あんなものを頭に食らえば即死だろうな……。

 その後ろではネーベルに一撃貰った金髪が膝をついていた。

 あっちは片がついたか……。

 そしてネーベルの杖がエアリーに……待て。


「エアリー! 後ろだ!」

「えっ?」


 すんなり忠告を信じたエアリーが振り向いた。

 その瞬間に魔法が連続して放たれた。


「いやああああああああっ!」


 エアリーが錐揉み状態で吹っ飛び、テーブルやイスを蹴散らした。

 ガシャン、バリンと食器の割れる音に混じってネーベルの水弾が高速で撃ちこまれて、トドメとばかりに雷撃の槍まで放たれた。

 バチバチと青白い電気が弾ける水の霧が晴れるとぼろぼろのエアリーが倒れこんでいた。


「おい……? おい、エアリー?」


 呼びかけても動かない。呻き声は上げるけれど放っておいたら確実に危ない状態。

 俺は杖を投げ捨て、駆け寄ろうとした。

 したけども。


「バカ、近づくな!」


 ネーベルの風属性魔法で吹き飛ばされる。

 視界が回転する。その瞬間にヒュンッと空を切る音があった。


「なにが……」


 起き上ればエアリーに寄りそう小柄なローブ姿と知った顔の男がいた。


「クロード……」


 ネーベルと俺を牽制するようにナイフを逆手に構えている。

 なんでクロードまで出てくるんだ?


「久しぶりだな、クロード・クライス二等准尉」

「……誰だお前? そもそも、もう准尉じゃねえし」

「僕のことを忘れたのか? ヴァルハラの闘技大会で戦ったじゃないか」

「悪い、雑魚のことはイチイチ覚えてないんだ」


 ガーンという効果音がぴったりなほどにネーベルが一瞬だけ完全に固まった。

 しかし俺も知らないな。

 あの闘技大会のときにマスター戦にはネーベルはいなかったし……。


「フィーア、セーレ、先に帰ってろ」

「いいの?」


 ローブ姿の少女、この声は間違いなくレイアだ。


「構わん、雑魚と召喚兵程度なら簡単に殺せるさ」

「あっそう。じゃあ一応言っておくけど……」

「話しは後だ!」


 いきなりクロードが床を蹴って接近してきた。

 あのころよりも速い、まるで魔法で加速しているかのように。


「死ね」


 ドガッと重たい蹴りが叩き込まれ、きらりと光る白刃が迫る。


「させるか!」


 そして真横からの消火ホースでぶちまけられたかのような水の奔流にクロードもろとも押し流された。


「この程度で気絶か、だらしない」

「僕の弟子を勝手に殺そうとしないでほしいんだけどね」

「弟子? お前召喚魔法が使えるのか」

「敵に教える情報はないよ」


 ネーベルは唐突に真後ろに飛び、クロードの足元に石柱を顕現させる。


「がぁっ!」


 打ち上げられ、天井に衝突して床へ。

 すかさず真上に水球を作り出し落とす。


「凍てつけ」


 クロードを包み込むように広がった水球は瞬時に凍り付き、その場に縛り付けた。


「重力使い、フリズスキャルヴを受け継ぐ者、特殊型第三世代、いずれも弱点は知っているんだよ。今の君では僕たちにすら勝てない」


 バギッと氷にヒビが入る。

 内側から不可思議な揺らぎが溢れだし、己を縛り付けていた呪氷を吹き飛ばす。


「誰が勝てないって?」


 パーカーにこびりついた氷を払い落としながら、ゆらりと死神が立ち上がる。


「君がだよ。僕は重力制御魔法を使えるからね、それで中和する限り君の能力は効かない」

「へぇ……俺の取り柄はそれだけじゃねえぞ!」


 踏み出そうとした足に手を向け、真上に杖を向ける。


「うぉっ!?」


 放たれた魔力の波はクロードの加速魔術を打ちこわし、頭上に作られつつあった空気塊は解放された。

 続けてネーベルが狙うのはクロードの少し後ろ。


「来たれ、波の乙女」


 杖の先端に取り付けられた透明な宝石が青色の光を発し、膨大な量の水があふれ出す。

 それは瞬く間に乙女の形を作り、水の腕を振り下ろした。

 一瞬その腕に歪みが生ずるもすぐに消え失せ、クロードは横っ飛びに回避。


「なにしやがった」

「スコールと同じさ。魔力を扱うならばまず勝てない。フリズスキャルヴの未来予知も直接狙われない限りは発動しないしね」

「だったらこれならどうだ……」


 クロードの口が四つの名を紡ぐ。

 呼応するように四種の揺らめく、幻影とも実体ともいえない光が現れる。

 火のイフリート、水のウンディーネ、風のシルフ、土のノーム。


「四大か……サラマンダーの代わりにイフリートがいるあたり、レイズの専属を貰い受けたか」

「征け、お前ら」


 クロードが腕を突き出し、命令を飛ばす。

 が、


「無駄だよ」


 ネーベルが放った何かに捉われ、もがくように空中で止まってしまう。

 まるで見えない糸にでも縛られたかのよう。

 焼き切ろうとするイフリートも、風の刃で断ち切ろうとするシルフも動けずにいる。


「幻獣は強力な魔力の糸で絡めとってしまえば終わりさ。一応言っておくけど、第三世代としての能力だって意味はないよ」


 いつの間にかその手に、この剣と魔法の世界には似合わない携行型ジャマーが握られていた。

 長方形の筐体から伸びたアンテナが嫌な気配を放つ。

 クロードとしてはそれは見覚えがあるものだ。


「負けを認めなよ、今に限って僕はセーレ以外を殺す気はないからさ」

「それだけありゃ負けを認めない理由には十分だ。助けられる仲間を見捨てることはしたくないからな」

「そうかい……まったく、今回の新参者はなんでみんなそうなんだろうか……」


 ネーベルが杖を構えなおし、クロードはさらにナイフを手に取る。

 一触即発の雰囲気なのだが。

 なのだったが、


「あんたら喧嘩は外でやんな! それからネーベル!」

「は、はいっ!?」

「修理費と迷惑料はきっちり払ってもらうかんな!」


 今頃になって奥から出てきた宿の主に水を差された。

 フライパン一つで武装した兵士を返り討ちにしたとも言われる実力者。

 なぜそんな規格外の一般人が宿を経営しているのか。

 言うなれば荒くれ者の集い場所だからこそだ。

 相応の実力がなければ宿の中での喧嘩を力づくで止められないからだ。


「ちょっと、なんで僕なんです、仕掛けてきたのはあっちですよ?」

「一発で沈められなかったあんたが悪い!」

「無茶苦茶な……あいつらマスタークラスを平気で倒す化け物ですよ」

「だからなんだい、あんたも同じだろう」

「それはそうですけど……」

「それにあんな可愛い娘に酷いことするなんて男としてまずダメだねぇ」

「女だから、子供だからで手加減なんかしてたら僕がやられるので」

「お黙り!」


 そして宿の主の矛先はクロードに。


「それから黒いあんた!」

「な、なんだよ」

「彼女の前でカッコつけていいようにあしらわれるってのはカッコ悪いよ」

「関係ねえよな……」


 要らぬ横やりで興が覚めたところにさらなる闖入者が来た。

 静かに開けられた扉、そこには白い長髪を風に揺らす少女がクロードたちを眺めていた。

 宿の主に怒られる二人、壁際でびしょ濡れでダウンしているアキト、フィーアに介抱されるエアリー、膝をついたセーレを順に見て宿に入ってくる。

 

「何やってんだお前ら?」

「「そりゃこっちのセリフだレイズ!!」」


 ネーベルは瞬間で闇弾を乱発し、クロードはナイフに爆破の魔術を仕込んで投擲。

 レイズはその場でしゃがみ、通り過ぎた二つの猛威は宿の入り口を派手に消し飛ばした。


「あんたらそこに正座しなぁ!!」


 こうして飛び入り参加も含めての長い長いお説教の夜が始まった。


次回更新は6月7日の予定です。

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