黒の魔術師
「夢だ、そうこれは夢なんだ、こんなことはあり得ない、あっちゃいけない!」
俺――クロードは厳しい視線にさらされていた。
どういう訳か目の前には今までに色々とあった女の子たち。
その全員が俺に突き刺すような視線を向けてきている。
夢は記憶の整理or深層意識の反映。
だけど記憶の整理についてはありえない。
明らかにもう死んだやつまでいるのだから。
ならば深層意識の反映だろうが……。
「ど、どうしたんでしょうか……お嬢様方………………」
夢だというのに冷汗が妙にリアルだ。
「自分の胸に聞いてみな、クソ野郎」
「クロードさん、ほどほどにしてくださいよ」
「強い人にはたくさん寄ってくるのはいいんだけど……」
「さすがにここまで行くと節操のないヘタレ」
なんだなんだなんだこれは!?
夢だ、それはもう分かっている、早く起きろ俺!
「それに……また新しい娘に手をだすなんて」
「はっ?」
視線を下ろすと、そこにはエアリーがいた。
それも上半身裸で……。
「あの、クロードさん……」
俺は自分の脳に強制命令を送って無理やりに目を覚ました。
もうこんな精神をヤスリで削ぎ落とすような大ダメージが入る夢は嫌だ。
「………………」
「……おはよぅ……クロード、さん」
「…………すまん」
目が覚めると視界に入ったのは、朝日に照らされたベッドで俺に視線を向けるエアリーだった。
おかしいな、昨日は確かに寒いからと”四人”一緒に毛布を被って、俺は”フィーア”を抱いていたはずなんだが……。
「その……長い付き合いですし……クロードさんも、溜まってるなら……」
……体勢を確認してみよう。
開いた隙間から毛布を覗けば、左手は柔らかい感触を、右手は髪を。
身体は柔らかな温もりを。
罪深き左手はエアリーのズボンの下、モチモチ肌の可愛いお尻に。
大馬鹿な右手は背中から手を回して頭の後ろに。
誤解の余地なくエアリーを抱きしめていた。それも誤解の余地なくやらしい形で。
さらに俺の正直な一番クソな部分は屹立して存在を誇張するかのようにエアリーの大事なところにアタックしていた。
「ほんとにすまん!」
手を退ける。
そして身体を離そうとしたところで、後ろからフィーアに抱き付かれていて動けない……。
「ごめんなさい、鎮まるまでしばらくこのままで、ほんとにすんません……」
この四年間。
ムスペルヘイムに渡ってもアキトのドッペルゲンガーのようなものはしつこく攻撃してきた。
時が経つにつれてだんだんとドッペルは強化されていった。ときには街中で普通に買い物しているような感じで立っていたのを見かけて本物か? と思ったとこでドッペルでした、なんてこともあった。
そのたびに三人でなんとか退けてきた、それに関してはケガは俺の腕が飛ぶ程度だった。
そしてその後はセーレとかいう金髪の中性的な声音の少女(レイズの仲間)を仲間に加えて、飛空艇で第二層まで上がってきた。
その間、フィーアとはたくさんニャンニャンしたけどセーレとエアリーには一切手出しはしていない。
少々エロハプニングはあったけど……。
エアリーは別に俺のことが好きなわけでもなく、ただアキトと会えるまでは一緒にいたほうが安全だからという理由で一緒にいるだけに過ぎない……はずだ。
もし俺がフィーアばかりに目を向けていて、このままパーティから切り捨てられるのは嫌だから、嫌われたくないからと身体を差し出してくるのなら、俺はそれを断固として拒否しよう。
今や俺たちのパーティにはなくてはならないほどのメンバーだ。
エアリーをアキトに会わせるまではどんな理由があっても切り捨てはしない。したくない。
「あの、朝に男の人がそうなるのは仕方がないってフィーアさんに聞いているので……」
随分と恥ずかしがっている。まあ当然だろうが。
「それに……その私も……抱き付いていたので……」
「確かに、ここは朝と夜は冬のような寒さだからな」
足を毛布から出せばすぐにリバースしたくなるほどの寒さ。
四人まとまって大きな毛布にくるまってもこの寒さはどうしようもない。
毛布を突き抜けて入ってくる夜の冷え込みで身体が自然と温もりを求めたのだろうし。
「イフリート……部屋を暖めておいてくれ」
虚空に揺らめく赤い光が、不機嫌そうに揺れる。
召喚獣と言えば大抵は戦闘用だ。
こんな暖房器具替わりに使われるのは嫌だろうな。
だがそれがどうした。
使えるものは使ってやる。
そして部屋が暖まるまでの間、二度寝に入った。
それでもって同じ過ちを繰り返すのが人間…………。
三十分後。
酒場の一角では少女三人に頭を下げる俺と、それを奇妙な目で眺める冒険者たちがいた。
寝ぼけてああいうことをしてしまっていた俺はどういうバカなんだか……。
胸をまさぐって、生理現象で屹立していたあれを押し付けるとかもうね……。
泣きたいね、死にたいね、この身体はなぜかまったくもって年を取らずに生物学的にもっとも絶好調な状態のままで生きているしね。
というか俺のパーティ、四年前から全然年取ってないんですけどね。
そりゃ爪や髪は伸びるし、ちゃんと食べて出しての生物として基本的な生き方はしているよ。
だけど老けるとかいう、老化現象がまったく進行していない。
永遠に美しい状態が保たれると言えば聞こえはいいだろう。
だが傍から見れば全く変わらない人たち=怖いとなる。
それは遥か昔からの魔女狩りだの悪魔教だののころからの決まりだ。
「…………」
「クロードさん、もういいですから、あれは故意にやったことじゃないんですから」
「わざとだろうがそうじゃなかろうがな……俺としては色々と気まずい訳だよ……」
「あんたも大変だねぇ~」
朝っぱらから朝食代わりに甘味を口にしているセーレにも若干ながら後ろめたいことはあった。
だからこその、このちょっと高級な甘いものをたくさん食べるという贅沢に関しても何も言わない。言えない。
毎日ギルドで危険な依頼をこなして稼いでいるはずなのに毎日が火の車。
だからこその、暖房設備がない宿にランクダウンしてチェックインしているのだよ。
よくよく考えれば如月寮の一室でレイアの着替えを不注意で見てしまったあたりが始まりだろう。
運がいいのか悪いのか分からないな。
「でもさー、クロードも昔は結構荒れてたよね」
「…………やめろ、黒歴史を掘り返すな」
女性率75%のパーティで俺は……。
「マスター、パンケーキ三枚追加で! で、それでそれでぇ? どんな黒歴史だったのかなぁー?」
「えっとねー」
「言うな!!」
周りの客の視線が妙に鋭い。痛い。
うるせえ黙れや! というものよりも、そんなパーティ組めてうらやま死ね、というものが多い。
どこがいいんだが。
などと思っていれば酒場のマスター(鬼族)が焼きたてのパンケーキを運んできた。
見た目はごついし、子供は見ただけで泣くような悪鬼の顔だが料理の腕はここらじゃ一級品だ。
そんなマスターが耳元で囁いた。
「スヴァートゥさん、お金大丈夫ですかい?」
「……いくら?」
「金貨十二枚になります」
「…………」
俺は黙ってポケットの中に隠して置いたへそくりを出した。
ああ、明日からもきついなー……。
ドッペル避けのために偽名まで使って行動してるってのに……。
とあることで気づいたのだが、俺たちがあまり騒ぎを起こさなかったらドッペルが寄ってこないことがあった。
最初はなぜだろうと思っていたのだが、どうやらフィーアの索敵魔法でこちらに気付けていないことが分かった。
ということはだ、ドッペルを召喚している術者がずっと俺たちを付けているという事になる。
ここ最近はそいつを探すことも視野に入れて行動しているが、これまたそう簡単に見つからない。
しかし今はそんなことよりも、
「…………金がない」
リアルの問題が。
金がなけりゃ飯が食えない、宿に泊まれない、ギルドの依頼だって受領保障金とかなんとかで金取られるし。
「お金なかったらあいつ探したらどうかな?」
「あいつって誰だよ、セーレ」
言われて思い浮かぶのは、レイズかスコールかアキトか……。
アキトは絶賛捜索中だし、レイズとスコールについてはあれきりぜんぜん会えてないし。
「ネーベルってやつだよ。悪しき聖者って呼び方もある。本名は知らない」
「……知り合いなのか?」
こくっと頷いた。
金の事で誰かに頼るのは癪だが、仕方ない。
今までもギャンブルで巻き上げられて頼ったりしたことはあるのだから。
「ネーベル……誰?」
「あ、そっかフィーアから後は知らなくて当然かな。あいつは三周目から独自に行動し始めたから」
「他にもそういうのっているの?」
「分からないよ、私は最初の戦いでレイズに封じられたからね」
「え? セーレって72柱の所属?」
「そだよ」
隣の話しを聞き流しながら最近の噂を思い出す。
ギルドに行けば誰も彼もが霧を使う二人組の魔導師についてなんやかんやと語っていた。
曰く、霧で視界を塞いで一撃離脱する殺しのプロ、あらゆる魔法を遮断する霧で魔法使いを一方的に倒す、同時に複数の魔法を操るなどの噂ばかり。時折りネーベルという名が飛び交っていたくらいか。
俺についても”変”な噂は出回っている。
幼い女子を三人も連れまわす変態だとか、公然の場で破廉恥なことをしていただとか(マジで事故)、黒い男が泊まった宿からは夜な夜な少女の嬌声が響くだとか……。
ダンッ!
「うわっ、何やってんの」
「なんでもない。思考のリセットだ」
一枚板の固いテーブルで頭をシェイクしてリセット。
そうさもっとまともな噂だってあっただろ。
悪いことをした夜は出歩くと闇に飲み込まれるとか、無駄な殺生をすれば大鎌を持った死神に襲われるだとか、幼女を一人にしておくと連れていかれるとか……。
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
「ちょ、ほんとに大丈夫? 血が出てるよ」
「大丈夫だ。邪な考えがどうも頭から離れなくてな」
どれもこれも依頼関係だよ。
ギルドの金でギャンブルしたバカを捕まえてくれと言われたり、平原で魔物討伐の後に死骸を放置するやつを始末してくれとか、迷子の捜索だとか。
ああ、俺は何一つやましいことは……やってるね。
ダンッ! ダンッ!
「あのクロードさん、血が、おでこが大変なことになってますよ」
「大丈夫だ、これくらい放っておけば治る」
朝食を終え、荷物をまとめて宿からチェックアウト。
道行く隊商に金を渡してネーベルとやらの居場所を聞き出し、街を出る。
ここ最近の討伐依頼で、俺たちが魔物を一掃したこともあって一切のエンカウントはない。
「セーレ、やつの特徴は?」
「黒髪で透明な石のついた杖を持ってる。後は……基本的に黒いローブを着てリュック背負ってるくらいかな」
「そりゃわかりやすい。純粋な黒髪はこの世界じゃあまり見かけないからな」
次なる目的地はセベージュ。
魔法使いたちが多く集まる場所だ。
そこでも偽名は使い続けるとしよう。
俺は前にも使っていたスヴァートゥ、意味はそのまんま黒。
エアリーはエリアス、神とか預言者とかは関係ない。単純に男物の服を着ていて中性的な見た目だから名前まで男性名にしてしまえと流れで。もしくは”別名”の意味で。
残る二人は敵方には知られていないから必要はない。
「ねえ、クロード」
「ん?」
「そろそろエアリーに新しい服を買ったほうがいいんじゃないかな?」
「そうだな、あれって一応はレイズの服だもんな」
「というわけでちょっと提案」
フィーアがじゃらじゃらと音がなる袋を出してくる。
結構な量がある……。
一体どこにこれだけの量を……まさか。
「偽造か」
「ピンポーン」
「…………犯罪だよな」
「ばれなきゃ大丈夫。分解できるってことはモノの組成を完全に知ってるってことだから、分解のプロセスを逆にすれば合成ができ……」
「…………」
万が一がある。万一ばれた時が不味い。
「…………」
「クロード……怖いよ?」
「本当にばれないんだろうな?」
「そこは大丈夫だよ、偽造防止用の魔法まで完全にコピーしてるから」
よし、使おう。
ただし今回限りだ、まっとうな方法で稼がないといつかは怪しまれるからな。
次回更新は6月5日の予定です。




