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魔法少女ロザリア  作者: 日向タカト
第五章 強欲な悪意の起源
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22/29

5-2 倉田叶⑪

 良太の血は、六花の白い手を汚しながら、ぽたぽたとアスファルトに赤い斑点を作る。

 泣きそうな顔をして叶は、腹部を押さえてうずくまる良太をみる。

 どうしてこんなことになったの?

 どこで間違えたの?

 昨日は三人で楽しかったじゃない。

 六花も良太も笑ってて、私だって笑ったのに。

 いつまでもああいう何気ない日々が続けばいいと思ってたのに。

 私は六花も良太もいる日常を守ろうと思ったのに。

 どうしてこうなったの。

 やっと自分が戻ってこれたと思った日常が音を立てて崩れていく。

 どれほど実力のある絵描きを集めれば、叶が描いた日常を描き直すことができるだろうか。どんなシナリオライターなら彼女の日常を平穏のままにできただろうか。

 時間は巻き戻らない。

 もう戻れないんだ。

 泣きそうになりながら、それを堪えて、視線を前に向けた。

 良太を刺したカッターナイフを持った六花が虚ろな瞳で立っている。

「ねえ、六花……どうして?」

 問いかけに意味なんてないことがわかっていた。

 でも、問うしかなかった。

 叫び声を上げた彼女の表情には危うさがある。

 踏切が開き、せき止められていた人の流れが再び動きだす。

 だがほとんどの人間は、叶たちを気にかけて足を止めていた。中には警察や救急車を要請する声さえ聞こえる。

 しかし、そんな周囲のやりとりも、気に止めない。

「カナさえいなければリョウくんは私をみてくれる。わたしだけをみてくれるの。あれ? どうして、リョウくんを刺して? 違う。わたしは誰も刺したくない……この血は誰の? カナ? リョウくん? あははは、どうして……わたしは……あはははは」

 錯乱状態の六花には自分が何をしたのか、今がどういう状況なのかわかっていない。いや一度認識した現実を自己否定してるんだ。

 ただ事実として、カッターの刃の先端からアスファルトへと赤い雫がしたたり落ちている。

「六花!」

 正気に戻って! と彼女の名前を呼ぶ。

 だけど、彼女は乾いた笑いを発するだけだった。

 笑う。

 嗤う。

 だが、ピタリと止めて、

「わたし、全部思い出したの」

 声に感情がない。

 何を?

 彼女は叶の疑問に答えるように、

「わたし、殺されてたんだ……。ホント……最悪だよね。あの連続殺人事件の最初の被害者ってわたしなの」

 六花は哀しみに歪んだ笑顔を浮かべた。

 鏡があったら自分がどんな表情を浮かべていたのか見てみたい。

 六花の言葉で、自分の中に在った疑問が繋がった。

 いないはずの四人目の被害者。

 それは自分と同じ高城第二高校の生徒。

 六花から感じた異変。

 殺されたと証言する生者(りっか)。

 ――ふざけないで。どうして六花が。

 さぞや哀しみと怒りに歪んでいる表情をしていることだろう。

 叶の困惑を加速させるかのように、

「あぁ、やっぱり君はサイコーだよ、リッカ」

 六花であって六花ではない声が聞こえた。

「君の絶望は実に心地いい。さあ、怖がらないで。あとはワタシに任せなさい」

 大気が弾けた。

 六花を中心に風が渦巻く。


 叶はナハトに言われるまでもなく事態を直感した。

 この事態を引き起こした存在を。

 わかっていたのに否定しつづけていた。

 でも、現実におきてしまった。

 だから、己が取るべき行動を選択した。

 倉田叶としてではない。

 魔法少女ロザリアとしてだ。


「ナハト、良太をお願い――現界領域!」


 指を鳴らす。


 音に合わせて、世界が、変わった。

 それが日常と非日常が切り替わる瞬間だ。


 広がっていく現界領域をみながら、叶は泣きそうになるのを必死に堪える。


 きっかけはささやかなものだったはず。

 小さな、小さな、恋だったんだと思う。

 白原六花から黛良太への恋心。

 誰もが抱く権利がある。

 淡い恋心だったんだと思う。


 ごめん、六花。


 領域の展開を終えると、傍らに青年が立っていた。

 ナハトのこの姿を見るのは久しぶりだ。

 神々しく輝く天使の輪と、純白の羽は彼の気高さを象徴しているようだ。

 翡翠色の瞳には呆れが宿っている。

 銀のロザリオにして、叶の監視役天使ナハトだ。

「まったく君はボクが断ったらどうするつもりだったんだい」

「なんだかんだで応じてくれると思ったのよ」

「状況が状況だ。仕方ない」

「ありがとう。良太をお願い」

 頷きナハトは屈み、うずくまっている良太の腹部に手を伸ばした。

 淡い白い光が良太を包む。

 苦痛を訴えていた良太は驚いたように、

「……痛みが消えた?」

 不思議そうにしながらも良太は立ち上がった。

 彼の疑問に天使はただ素っ気なく答えた。

「サービスだ」

 膝に手を突いて、ゆっくり良太が立ち上がる。

 風が止んだ。

 中心にいる六花の姿が徐々にみえてきた。

 彼女は己を抱きしめるように腕を交差している。

「やった。やったぞ。ワタシは手に入れた」

 喜びに震えるように、六花から『誰か』の声がした。

「叶……わかってるな、あれは」

 ナハトに最後まで言われるまでもない。

 アレが何かぐらいわかっている。

「わかってる。だから私も――」

 叶は鞄からポーチを取り出し、紫色の飴を取り出す。

 ――もう迷ってられない。覚悟を決めよう。

 じっと飴を見つめて、頷く。

 良太に声をかけた。

 前に彼から言われたことがある。

 ――俺は、叶がロザリアだと思うんだ。

 自分は彼の疑問に答えていない。

 だから、叶は今その答えを口にした。

「これから話すのは、とある少女のお話」

「なんだよ、こんなときに」

「こんなときだからよ」

 苦笑混じりに返答して続ける。

「その少女はこれまでの人生を何となく過ごしていました。友人も、家族もいる。それが当たり前だと思っていたの。でもね、あるとき、少女は事件に巻き込まれました。もう助からない。そう自覚したときに、死ぬのが怖くなりました。何もかも失ってしまう、まだやりたいことがあるのに」

 飴玉をころころと手の中で転がす。

「そんな少女を哀れんだ神様が声をかけました。生命をあげる代わりに、私と契約しないか? 少女は喜んで契約しました。そして少女は魔法少女として生きることになりました」

 自分でも泣きそうな顔をしているのがわかる。

 それでも精一杯の笑顔を良太に向けて

「ごめんね。良太が考えてるように私がロザリアなの」

「おい、叶!」

 アマルを口にした。

 戦おう。

 戦うんだ。

 六花に取り憑いたメアを倒そう。

「全ての絶望も、罪も、哀しみも、私が祓う! 装着(オーバーライド)!」

 黒い蕾に包まれ、魔法少女ロザリアへ変身する。

 黒い三角帽子、紫色の髪、鮮血を塗ったような赤い唇、姿を変えた倉田叶がそこに居た。

 変身を終えると黒い蕾が弾けて、花弁の破片が宙を舞った。

「叶……お前……」

「うん……ナハトと一緒に下がってて」

「いいのか、ボクの助けは?」

 天使の手助けを首を振って拒否した。

「あなたが素直に協力してくれると思わない。それに六花は私がどうにかする。それが私がしなきゃいけないこと。だから、良太を……」

「ああ、わかったよ」

 天使は頷いてみせる。

 叶は前へ出る。

 強欲な空想で杖を生成する。

 ゆらゆらと舞い散る黒い花びらの中、叶は六花の姿をした存在をにらみつける。

「六花を返して!」

「うるさい、神の代行者ね。せっかくこの身体を手に入れたのよ、返すわけないじゃない」

 六花の身体が変化した。

 背中には制服を突き破って出現した一対の黒い翼。袖は溢れる魔力で弾け、白い腕が露わになる。

 手足には黒い逆十字の紋様が浮かび上がる。

 左目の下に、涙のようなマークが浮かぶ。

 結っていたゴムが弾けて髪が靡く。

 だが、その髪は赤く染まっていく。

「ワタシはレヴィア。属性は嫉妬。覚えておきなさい。これからあなたを殺すものよ」

 蠱惑的に笑った。それだけでレヴィアの魔力が膨れ上がった。

 先日戦った白の騎士と違い、レヴィアは上位のメアだ。

 そう確信を持って断言できる。

 人語を操り、確かな知性がある。

 しかし、言葉を交わせようが、知的であろうが決して相容れない。

 メアは絶望を欲し、ロザリアはメアを狩るものだ。

 今、叶はロザリアとしての使命よりも、幼なじみを救うために戦うことを選んだ。

「六花でそんな風に笑わないで!」

 先手をとる!

 暴食なる追っ手を展開。

 一羽の鳥が生まれる。

「いけ!」

 杖を振る。

 主人の命令に従い、暴食なる追っ手は羽ばたき、敵を狙う。

「そんなもの」

 ゆったりとしたしぐさで、レヴィアが手を振るった。

 四発の黒色の魔弾が、迫る暴食なる追っ手を迎え撃つ。

 羽ばたく鳥を撃ち落とそうとする魔弾が着弾する。

「甘い!」

 暴食なる追っ手は相殺されない。

 それどころか一回り大きくなっていた。

 暴食なる追っ手は魔弾の魔力を喰らい、その身体を大きくする。

「捕食と追尾か」

「そのまま喰われろ!」

 叶の言葉に応じるように、暴食なる追っ手は嘴を大きく開ける。

 追撃は意味を成さないと理解したレヴィアは防御を固めた。

 防御も、魔力を使っていない。

 使えば、暴食なる追っ手に喰われることを理解している。

 着弾。

 光が弾ける。

 叶はそれでも安心しない。

「まだだ!!」

 魔弾を合計十二発追加する。

 それでも攻撃の手を止めない。

 撃ち込む魔力弾を更に増加させ、その数が百を超えると、

 アスファルトを蹴り、一気に距離を詰める。

「空想変化!」

 杖が一瞬消え、次には一振りの剣へと姿を変える。

「なんで、六花を!」

 剣を振り上げ、魔弾で生まれた光の中に飛び込んだ。

 斬撃を放った直後だった。

「なんで? 教えてあげるわよ、魔法少女」

 刀身を白い手が受け止めていた。

 その左掌にうっすらと赤い筋が生まれる。

 光が消えていく。

 レヴィアの赤い瞳が叶を見つめていた。

「この子はね、惨めに殺されていく中で生きていたいと願ったんだよ。そしてそこのガキを手に入れたいと願っていた。とてもワタシ好みの絶望だったのよ」

「そんなことで!」

 力を込める。

 このまま、押し切る!

「そんなこと? あらやだ。ワタシがあのときリッカの声を聞かなければ、死んでいたのよ?」

 そういえばと思い出したかのようにレヴィアは言葉を続けた。

「リッカを殺した男には、ワタシが飼っていたメアをつけてあげたんだけどどうだった? 楽しめたかしら?」

 連続殺人に宿っていた白の騎士のメアのことだ。

「ふざけないで、お前の娯楽のために!」

「怒られる言われはないし、むしろ感謝して欲しいわ。この子が生きていたからガキに想いを伝えられたし、アナタだって楽しかったでしょ、カナちゃん?」

 挑発するようなレヴィアの口調に、

「そうだとしても、お前は六花を!」

「煩い小娘ね、燃えなさい――焦がれの炎」

 ぼうっと黒い炎がレヴィアの右手に生まれる。

 生まれた熱に気が付いた叶は、剣を手放して、後ろに跳ぶ。

 しかし、僅かに黒い炎が行使される方が早かった。

 叶の右手を焦がした。

 それだけでは終わらなかった。

 小さな、とても小さな炎が、叶の右手に灯ったと思うと、それはすぐに大きくなり右腕ごと燃やし尽くそうとする。

「くっそ!」

 戸惑うこともなく、叶は再度剣を生み出すと、己の右手首を切断した。

 ゴロっと地面に落ちる手首は、やがて黒い炎に燃やし尽くされた。

 切断面からは血が溢れる。

「あら、思いっきりがいいのね。あのまま焦がれの炎に喰われてしまえばよかったのに」

「あんたにだけは負けられないのよ!」

 おそらく焦がれの炎は、対象物に少量でも引火すれば、火力を増ますのだろう。

 ――相手を喰らうまで消えない炎……。

 右手首の切断面を抑えながら、

「リッカを返して!」

「それはできないわよ。だってこの肉体はワタシがもらったんだもの」

 レヴィアの正面に六つの炎が生まれる。

 そして象るのは炎の剣だ。

「串刺しになりなさい!」

 射出された剣が、迫る。

 六つの剣を見て、叶は横に跳んだ。

 着地。

 だが、レヴィアはすぐに第二射を繰り出した。

「ほらほらどうしたの神の代行者。逃げてばかり?」

「っさい!」

 第二射を転がって回避する。

 アスファルトを炎の剣が穿つ。

 第三射、第四射、そこで回避が間に合わなくなった。

 叶の両肩、右太腿を貫く。

 傷口が炎に灼かれる。

「っ!」

 痛みを堪え、炎の剣を抜き捨てる。

「これで!」

 魔弾を撃つ。

 だが、それらはレヴィアに届く直前に黒い炎に包まれて焼失する。

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