1回裏(3)
土日はボーイズの練習と試合がある。ボーイズの公式戦はだいたい日曜日にあるので、私みたいな兼業監督でもなんとか務まる。当たり前だけどベンチ入りする選手としない選手の練習は異なる。前者は調整中心、後者は結構負荷をかけた練習をする。ありがたいことに我が杉南ボーイズは結構名門なので、選手は私がスカウトしてきた選手とセレクションに残った選手のどちらかしかいない。
スカウトでもセレクションでも本当にすごい選手か、上手く育てれば化けると思う子を優先的に取って、あとは上手い子を取る。うちの息子はふたりとも杉南に入れたけど、えこひいきはしていないと言い切れる。上の子は既に甲子園に行ったし、下の子も同じ学校を第1志望に頑張っている。
人数は1学年10人前後、懐かしき東萩ブルースよりも極端な少数精鋭だから、ほとんどの子が強豪校に進学するし、その後既にプロになった教え子も数人いる。プロになった子には夫と対戦する時は手を抜くように伝えているが、本当に手を抜いたら私は怒ると思う。そのうち今は大学や社会人で野球をしている子でプロになる子も出て来るだろう。
なにもプロになることだけが野球ではないから楽しくやるがモットーなのだけど、私は選手を楽しみながら強くさせることができる。勝った試合はやっぱり面白いし良い経験になる。トーナメントだとさらにもう一試合することができる。勝ち続ければもっとできる。野球をしていたら挫折なんてそのうち嫌でも覚えるだろうし、マイナーな女子硬式とは言え、日の丸を背負っていた時よりは随分と気楽なものだ。
ただチームが強くなるのは嬉しいのだけど、スカウトの相手は面倒だよね。高校どころかプロのスカウトまで来ることがある。勝手なもので私は小学生をスカウトしに行くのは好きだけど、杉南にくるスカウトの相手はあまり好きではない。特にマナーの悪いスカウトはプロでも出入り禁止にすることにしている。それが知れ渡っているからみんな態度はいいのだけれどそれでも大会中……だけじゃないけど面倒だ。
『選手の将来はその子のものなので』
最近私はそれしか言わないようにしている。もちろん選手の将来のためにはスカウトの相手はとても重要な事だとはわかっている。あちらから声をかけてくれる選手ばかりじゃなくて、どうしてもあの高校に進みたい、という子の力にはなってあげたいが、取引とかはしたくない。だから入団する時に私はその方針を告げることにしている。
ともかく土曜の練習を終えて日曜日。決勝戦だけあって立派な球場で試合ができるのも嬉しいことだ。この試合中私は特にすることがない。負けていたら細かいサインも出すけど、回を重ねるにつれ点差はじりじりと開いている。ピッチャー交代のタイミングも事前の予定どおりなので、私のいる意味はあまりない、だがそれでいい。
そう思っていると6回の攻撃中、最悪の形で私の出番が来た。杉南の3番、私の息子だ、が右中間に打ったフライで、相手のライトとセンターが声をかけ損ねたのか、激しく衝突したのだ。これはマズイ。打球はセカンドが拾いに行くまでフェンス際に留まったままで、結局ランニングホームランになった。
私はボールデッドになるかならないかのタイミングでベンチを飛び出すと、ふたりの元へと走った。私が医者だということは少年野球界ではよく知られているので、周囲は私の邪魔をしない。まずは脳震盪の確認。幸いふたりとも意識はある。が、片方は少し朦朧としている。意識が無ければ問答無用で救急車。でも意識があるから大丈夫とは言えない。こういった場合放って置くと本人たちが動き出すので、動かないように体を固定することを指示する。そして気分や痛みがあるかを確認。体を起こせるかどうかの確認。それでやっとグラウンドの外に出す。
そこからは質問大会。試合は再開しているのに監督が相手チームのベンチから出てこないのも普通はない光景だけど、私にとって優先順位はこちらの方が高いので仕方がない。確定ではないがふたりとも中軽度の脳震盪を起こしている可能性がある。ひとりは吐き気があるし、もうひとりは状況を正しく理解できていない。24時間の安静は必須だけど、救急車を呼ぶかは微妙なところ。
微妙な場合は呼んだ方がいいので、私は119を押した。この後こちらの監督さんと親御さんに説明するし、救急車にも同乗した方がよいだろう。どこの病院に運ばれるかはわからないけどERなりの医者にも私から引き継いだ方がいいだろうし、運悪く受け入れ先がなかったら、うちの病院で私が処置した方がいいだろう。
私はそれらを関係者に告げた。主審にも伝えた方がよいのでタイムを取ろうとした。試合の様子を確認するためににフィールドを見ると、うちの攻撃がまだ続いていた。確かに守りについている相手の選手がこちらのベンチに帰って来た様子がない。
本塁のクロスプレイについてはコリジョンルールができたけど、それでも今のような危険なプレイはまだある。プロでも累積する疲労やダメージに体が耐えきれなくなる選手も多い。私のような立場の人間がそういったケガをできるだけなくなるようにいろいろ考え続けなければならないと思う。




