2回表(1)
メジャーに進級したら、うち、トモカズ、そして高見沢君の3人は、6年生を押しのけてレギュラーになった。申し訳ないねんけど、この世界は実力がものを言うんよね。そしてうちはまたピッチングの練習を始めた。
「枝里子、お前これまでも変化球の練習してたやろ」
せっかくキレのいいシュートを投げたのに監督に怒られるのは理不尽だと思う。まあ東萩ブルースではマイナー(5年の夏)までは変化球を投げさせないという不文律がある。それが解けた途端に、よく曲がる球を何種類も投げたらそりゃあ前から練習していたと思われるわな。あとスイッチヒッターもそう。いきなり左打席に入って普通に打ったから驚かれた。本当は最近見た夢の中で覚えたんやけどね。スポーツ医学の知識と一緒に。
「まあコントロールもええし、ストレートも良くなった。トモカズよりもええピッチャーかもしれんね」
そんなことをトモカズの前で言わないで欲しい。実際筋力はトモカズの方が圧倒的に上だけど、ボールにどう効率的に力を伝えるかの技術はうちのほうが上手くなった。コントロールや変化球、そして配球を考えるとうちの方が多分エースになるだろう。だからトモカズはきっと今以上に必死に練習すると思う。でもうちはトモカズにはケガして欲しくないんよ。この前みた夢の影響かもしれん。なんて言っても夫婦になっていたし、息子もふたりおったからな。やっぱり意識してしまうんよ。情が移ったんかもしれんね。
実際のところうちは女やから筋肉量の差はこれからどんどん大きくなる一方や。いっそのことアンダースローとか試した方がいいのかもしれんけど、夢の中ではストレートで球速が出しやすいオーバースロー一筋やった。実際小学生の今だと、トモカズに最高速度は劣るけどアベレージだとうちの方が速いやろ。他の選手においては比べるまでもない。
そして変化球はフォーシーム、ツーシーム、ワンシーム、チェンジアップ、サークルチェンジ、カーブ、シュート、カットボール、スプリット、スラッター、それらを適切に使いこなすことができる。
本当はもっといろいろ投げることができるけど、使うのは基本体への負担の少ない変化球、それもできるだけストレートに近いものを選んでいる。カーブ、シュート、カットボールは負担が大きいと言われる場合もあるがそれは投げ方が悪い。うちの場合基本は握りかただけで、後はストレートとだいたい同じ投げ方をするので大丈夫。例えばスライダーは私の場合どうやっても負担がかかるので、投げられるけど使わない。
そして負担が少ないというのはストレートとフォームが変わらないということでもある。スローカーブは仕方がないけど、それ以外のボールは基本的にピッチトンネルを狭くすることを重視している。つまりどの球種も途中まではほぼ同じ軌道を通り、そこから変化させるので見極めを難しくしている。逆に言えば変化が比較的遅く発生するということでもある。実際うちの持ち球で変化量が大きいのはカーブとシュートぐらい? うちは三振を取るピッチャーではなくて打たせて取るピッチャーを目指す。この負担の少ない投げ方はトモカズにも教えておこう。
その効果は試合になると明らかだ。ピッチャーとしてはうちの方がトモカズよりも良い成績が出る。だってこの時代だと存在が知られていない変化球もある。コントロールもいいし、メンタルも安定している。良い意味でも悪い意味でもうちはピッチャーとしてほぼ完成していて伸びしろが少ない。後は身体が大きくなればもう少し速い球が投げられるだろうけど、男子の成長には到底及ばない。シニアになれば比較的フィジカルの影響が少ないセカンドがうちの定位置になるやろなと思う。
そして指導にもうちは口を出した。うちは夢の中では女子の代表監督やボーイズの監督を務めていた。名監督は度量も大きいので、うちが他の選手を教えているのも優しく見守られている感じがする。でも6年生はあんまりうちの言うことを聞いてくれない。年下の女子から教えてもらうなんてカッコ悪いんやろな。それがわかってからは、うちは熱心に働きかけなかった。無駄やもん。
でも同学年の男子は結構素直に従ってくれる。トモカズは微妙だけど他の選手よりうちの方が圧倒的に上手いからね。そうしていると面白いもので、他にも結構伸びてくる選手もいる。
設楽君はマイナーの頃はただ足が速いだけで、ぱっとしなかったけど、5年生になると、スイングスピードがかなり速くなった。それにどのポジションでもかなりエラーの数が減った。これはうちが設楽君の特質にあった守備の練習を教えたからや。彼は重心を低くし過ぎて動き出しが悪くなっていた。高校野球はエラーとお友達などというが、少年野球だとエラーの数で勝負が決まると言っても過言ではないので彼の将来が楽しみ。
もうひとりうちが守備を叩き込んだ鷲尾君は高見沢君と同じ学校。元々この年代にしては力がある方だけど、彼もやはりスイングスピードが上がり守備が上手くなった。ポジションは強肩を活かしたキャッチャーとサード。だからウチが投げる時は彼がキャッチャーに入る。おそらく6年生になったらトモカズとこのふたりがクリーンナップになるのは間違いない。そしてもちろん高見沢君は走攻守すべてでチームを支えてくれている。
そんなわけでメジャー(5年生夏以降)でも公式戦では全然負けない。こうやって勝ち続けていると、選手がみんな経験を積んでくれるので、メンタルや判断力も伸びる。いわゆる経験値ってやつ。メジャーに上がったらすぐに始まった秋の大会でも順調に勝ち上がりついに府予選の決勝まで来た。
みなさま拙作ご愛読いただき大変ありがとうございます。
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以上です。今後も定期的に宣伝する予定です。本作ともどもよろしくお願いいたします。




