9回裏(3)
7回の表、ここから終盤というところでアンダースローの星野に継投。だが初球のカウントを取りにいったアウトローいっぱいのストレートをレフトスタンドに運ばれた。嘘やろ? 今大会予選から含めても立体大柏がアンダースローと対戦するのは初めてのはず。それやのに様子見も無く、いきなりスタンドインかいな。
「ほっしい、うちが不用意やったわ。やっぱり甲子園の決勝は甘くないわ。甘かったら変やもんな」
マウンドでうちは星野を励ます。
「これで目が覚めたわ。後はまかせとき」
「まかせたわ」
星野は折れてない。考えたら1点差も2点差もあまり変わらん。3点取ったらええねん。星野はその回の残りを3人で切った。星野のシンカーはそうそう打たれへんから、カウントを整えたら勝てる。だから逆に追い込むまでの球を狙ってくるんやね。そんな当たり前のことにもっともっと頭を絞り尽くさなかったうちが悪い。
7回の裏。こちらはさっきバックスクリーンに持っていたトモカズから。やはり警戒されていて、簡単にはストライクゾーンには投げてこない。選球眼がいいのはええところやけど、今後は敬遠気味の球でも打てるようにするのがトモカズの課題かもしれん。でもこれで無死一塁。黒木が初球をバントで一塁線に転がす。上手い。オールセーフやと思ったけど、一塁塁審の拳が上がる。間に合ったと思ったんやけどね。それでも一死二塁。
うちの打席で一塁三塁にしたい。左やと力負けするからうちは右打席に入った。せやのに、もう7回やのに、えげつない球を投げてきよる。この回で追いつくためにどうすれば良いんかな。このピッチャーはストレートを中心に組み立ててきて、うちの力ではそれをうまく打ち返せない。2球連続力任せの剛速球がうちのインコースに入ってくる。かといって下がったら外が打たれへん。3球目は1番厳しいコースに来た。うちのバットに当たったボールがショートの前に力なく飛んで行く。あかんわ。ランナーも動けず二死二塁、ここは力負けしない星野に任せた。せやけど2球目をショートゴロ。そろそろ厳しいな。ゲームはこのまま8回に入る。
8回の表、相手の9番に、カウントを取りに行ったボールを打たれてセンター前。ホンマに現実は容赦ない。
「どうする、前に行く?」
マウンドで内野陣も集めて相談。
「心持ち前程度でええわ。多分打ってくる」
「なんでわかるん?」
それは駆け引きやな。
「うちやったらそろそろパターンを変える」
これまで同じパターンやからそろそろ変えたくなる時期や。じゃんけんで勝ち続けててもパーばっかりは続けられへんやろ? マークシートで正解はAやと思っても6問続いたら自信なくなるやろ?
「それやったら盗塁んちゃうのん」
「それはない。うちはこの大会で1度も許してへんから」
それにランナーの足も速ぁないしな。うちはアンダースローの星野が投手の時でも1度も盗塁を許していない。うちが盗塁を許していないのは肩ではなくて技術。
そして今は2点差あるけど、それは高校野球では絶望するような点差ではない。一度エラーの連鎖が始まったなら、一度大逆転への奔流が流れ始めたら、それを止めるのはめちゃめちゃ難しいねん。あちらさんかてセーフティリードやなんて思てないやろ。
せやからここは強攻してくるのがうちの読み。さらにこっちが追加点を防ぐためにバントシフト引いてお膳立てしたら、絶対打ってくるに決まってる。うちはそれを内野陣に説明した。
そして初級、うちは低めにシンカーを要求した。意地でもバントさせない球や。そしてファーストとサードがチャージ。もちろんこれは見せるためや。ボールはベースでワンバウンドしたからカウントは当然ボール。その上で2球目はアウトローにストレート。ほら振ってきたやろ。打球の勢いは強いがショートの黒木が止めて6-4-3の見事な併殺。すばらしすぎますですよ。その次のバッターもファーストゴロに打ち取って、鷲尾からカバーに入った星野にボールが渡る。よし、ここは読みきれた。この回こそ点を入れなね。
8回裏は2死からトップの高見沢がサードにセーフティバントを決める。2死やから予想してなかったやろね。5回にも黒木がセーフティバントを決めてるから、高見沢も狙い目やと思ったんやろ。でも続かん。楠の打ったボールは一塁側のファールグランドに高く上がった。それをセカンドが回り込んで捕る。
2点差で、後は9回しか残されてへん。
「トモカズ、ここからは頼むで。延長でどこまで行っても投げてもらうで」
トモカズは静かにうなずいた。絶対に負けないという意思が伝わってくる。そしてこの回先頭の3番を三振。よし、ええ球がうちのミットに来てる。トモカズも絶好調や。それやのに2人目に投げたストレートがライトスタンドへ飛んで行った。
もう長い付き合いやけど、うちはトモカズがこんな完璧なホームランを打たれるのを初めて見た。後になって考えたら相手のエースはトモカズ以上に力でねじ伏せてくるタイプ。いくら今日ここまで3三振やからって、この強打のチームの4番に投げさせるべき球や無かった。うちは今日だけで何回同じ過ちを繰り返すんかな。これで2対5。3点差を9回裏だけで追いつくか追い越さなあかん。いや、それまでにまだアウトふたつも取らなあかん。あかん。ネガティブ禁止。
「トモカズ、三振頼むで」
うちは大声で叫んだ。こういうたら守備陣も奮い立つやろ。みんな負けず嫌いやからな。せやけどトモカズはうちの言葉どおり三振2つ、内野にもボールを飛ばさせずに9回表を終わらせてくれた。後は9回裏だけや。うちは珍しく円陣を組んだ。伝えるのはただ1言だけ。
「まだ試合は終わっとらん。うちらはここまでも勝ち続けて来たし、この試合もまだなんとかなる。なんとかすんぞ、おらっ」
だいぶ口が汚くなったけど、それでもまだ勝つで、勝つんやという信念が皆の表情から伝わってくる。作ったうちがいうのもなんやけど、ホンマにええチームになったわ。だから勝ちたい。絶対勝つ。




