9回裏(4)
ついに9回裏、先頭の外井が引っ張って綺麗な打球が左中間を割った。これまでの鬱憤を晴らすようないい当たりやったけど、守備が固いから外井の足でも三塁は無理。3点差やから無死からどんどん行くべきや。うちはトモカズに初球にエンドランを指示したけどボールが大きく外れる。そして2球目もエンドラン。ボールはまた高めに外れてたと思うけど、それに構わず振った打球は一二塁間を抜けた。と思ったけどセカンドが触ったみたい。グラブで弾かれたボールが内野に転がり、ファーストが塁を離れて抑えた。
これでノーアウト三塁一塁。この試合最後かもしれない追い風が、暴風のように今うちらの背中を押してくれている。三塁側スタンドだけでなく、球場自体がうちらの起こす奇跡を期待している。
スクイズ、ダブルスチール、なんでもできる状況や。最終回で3点差あるから相手はほぼ定位置。セオリー通り長打を防ぎアウトカウントを増やすことを選んだ。1年しかいないチームに慎重すぎへんか?
うちは黒木にスクイズの構えをするように指示した。9回3点差でスクイズなんてわけわからんやろ? 実際黒木のスクイズは恰好だけ。5回に黒木自身がセーフティバントを成功させているし、高見沢も8回に決めている。だからこれは相手を迷わせるのが作戦。結局、スクイズの構えからボールカウントを先行させ、四球を選んで無死満塁。割れんばかりの歓声がバッターボックスにむかううちの背中を押す。
でもノーアウト満塁ってあまり戦術ないんよね。相手はさらに守備位置をかなり前に持って来たからスクイズは無理。タッグせんでも本塁踏めば三走はアウトやから、3-2-4のホームゲッツーとか普通にあり得る。ちなみに最後の4はセカンドがダッシュしたファーストのベースカバーで一塁にいる想定や。
さてこの状況で点を取るにはどうすればよいでしょうか? なお後続のバッターにはあまり期待できないものとする。(配点4点)
1.普通に打つ
2.ギャンブルスタートのスクイズ
3.四球狙い
4.トリプルスチール
なお正解は現時点ではわからん。点数はこの回入った点で決まる。うちの打席の打点やないで、この回で得た得点や。
「普通に打つ」は厳しい。外野の頭を越えたら2点は確実に入るし、走者一掃の同点打も十分あるけど、よっぽどの絶好球が来たとしてもあのくそ重い打球を外野の奥まで打ち返すのは厳しい。内野の間を抜けても前進守備やから長打にはならんやろ。ノーアウトで星野に回したら、当然1点入るし個人的には満点やけど、内野ゴロなら最悪トリプルプレイもあり得る。
スクイズはメチャメチャ警戒されているから、当たってもホームゲッツーの可能性がちらつく。当てられなければ、3本間に挟まれて終わり。相手が超安全策で一塁に投げてくれたら1点入るかもしれんけど、この点差、この状況やとないね。
意表を突くという意味ではトリプルスチールもありかもしれない。今塁にいる連中は全員足速いしね。でもハイリスクすぎるギャンブルで、成功率はかなり低い。
よって消去法で四球狙いということになる。だが一見堅実そうに見えるけど、さっき黒木相手に四球を出しているし。満塁やから四球即ち押し出しで一点。しかもノーアウト満塁が継続するから、リスクを考えたらストライクしか投げてこないんちゃうか? 何球粘ったら塁に出してもらえるんやろ?
じゃあやっぱり打つしかないんやな。うちはサインを出して、今度は右打席に入ってバントの構えをした。これで外してくるだろうか? 外してきたら四球狙いに切り替えてもいいけど、絶対に入れて来るはずや。
うちはグランド全体を見渡した。このどこにうちが生き残る方法があるんやろ?
投球と同時に各ランナーがスタートを切って、相手のファーストとサードもダッシュしてきた。だが、そのダッシュが急停止する。それはうちがバットを引いたから。バスターエンドラン。
うちの打球はセンターの頭上を越えた。そんなに大きく飛んだわけやない。センターは二塁をカバーするためにただでさえ前進守備なのに全力でダッシュしていたからや。ファースト、サードがうちにチャージ、ピッチャーも投げた後は前進。セカンドが一塁のカバー、ショートが三塁のカバー。満塁やからそのままだとがら空きになる二塁に、元内野のセンターがカバーに入るとうちは読んだ。これまでの立柏の試合でそういうシーンが一度あったからや。
そしていつもの重い球もバントさせるつもりやったんやろな。球に力が無かった。だから……つまりうちが読み勝った。高校生に言うのは酷やけど、センターは前へダッシュするタイミングがちょっと早すぎたね。投手が投げ始める前から走り出そうとするのがわかった。そして懸命に体を止めて、今度は逆に背走しようとするセンターの頭上を打球が越え、センターの定位置あたりにうちが打ったボールが落ちた。
うちは一塁を蹴る、三塁コーチに入った高見沢の横をもう黒木が駆け抜けている。彼が生還すれば同点で延長に繋がる。うちが三塁に走るけど、高見沢はまだ腕を回したままだ。
つまりライトもレフトも内側に守備位置を絞っていなかったということになる。うちを舐めて両翼まで前進守備をしていたとするとあまりにもリスク管理ができていない。おそらくはいつもの癖で、まず打球判断で自分のポジションの打球でないことを確認し、センターが処理できるフライだと確信して初動が鈍ったのだろう。
うちは三塁ベースを蹴った。必死に、文字通り必死に走って本塁に滑り込んだ。うちが本塁に辿り着いた後もボールの音は聞こえない。仲間たちが大声をあげながらうちの近くに来る。それすらもこの広い甲子園に響き渡る歓声が塗りつぶしてしまう。
満塁ランニングホームラン。ホームランを打った事実よりも、読み勝ったという事実が嬉しい。読み勝ったことよりも試合に勝ったことが嬉しかった。誰かがうちを持ち上げようとする。あかんやん。先に整列せなあかんねんで。




