8回表(5)
1死二塁一塁。打順は5番の黒木平太。将来は日米通算で2000本安打を達成するはずの男や。うちはネクストバッターズサークルで彼の伝説が始まるのを見守った。3球目、快音を立てて飛んだボールはレフトの頭上を越えてもおかしくなかったけれど、事も無げにキャッチされた。地味に上手い。そう言えば5回の裏のチャンスでうちの打球を捕ったのもあのレフトやったな。
「6番、ピッチャー、滝沢さん」
うちはバットを軽く持って右打席に立った。さっきは打ち損ねたけど今度こそは打たなあかん。うち相手に遊び球は使ってこないやろうから初球から打つ。深山の剛速球に負けないようにうちはバットを思い切り振った。空振り。まあいい、当たってたら多分スタンドまで行ってたやろ。次でそうしたらええだけの話や。そううちは自分に言い聞かす。
キャッチャーが深山にボールを返し、深山は再びセットポジションで構える。少しふたりのランナーに視線を送ってから投げた。今度は捉えた感覚が手に残る。うちは一塁に全力で走る。だが視界の端にショートがボールを処理し、一塁に投げようとするのが見えた。絶対間に合わないだろうけれど、うちは懸命に走って一塁を駆け抜けた。でも駆け抜ける前にファーストミットの乾いた音がした。あかんかったか。
「セーフ、オフ・ザ・バッグ」
捕球した時のファーストの足がベースから離れていたという審判の判定だ。ファーストが急いで本塁に投げるのを見てうちは二塁に駆けだした。状況はわからない、だがプレイは続いているのならばそうするべきだからだ。だがうちが途中まで走ったところでセカンドにボールが渡る。まだプレイは続いているということは楠が生還したはず、そしてトモカズが三塁にいるはずだ。
うちはあとずさりするように一塁に戻る。ボールがファーストに戻りうちが挟まれる。今度は二塁へあとずさりしたが、ファーストはうちを無視してボールを本塁に投げた。
うちは二塁に滑り込んで、状況を確認した。球審は拳を突き上げてアウトのジェスチャーをしていた。ツーアウトやったから当然チェンジ。ゆっくり小走りで一塁側ベンチに戻った。
「結局どないなったん?」
「ショートのエラーやった。枝里子の打球をショートが止めたんやけど落として見失ったみたい。慌ててたから一塁に悪送球してん」
五十鈴さんが教えてくれる。ファーストは塁を離れざるを得なかったんやね。
「その間に楠が生還したんやけど、枝里子が二塁に走ったやろ。挟まれている間に大貫がホームに突っ込んだんやけど、クロスプレイでアウトになった。惜しかったで」
そうか、うちは一塁に留まった方がよかったんか。まあしゃあない。相手のエラーで1点もろたんやからな。欲を出したのが悪かったんやろ。
「川添、ピッチャー急いで」
審判から叱られた。本当はもっと息を整えたかったんやけどしゃあない。うちはグラブを持って、怒られない程度に走ってマウンドに向かった。ブラバンとかないけど、背中から聞こえる拍手が心地よい。スコアボードで相手のエラー数が1になっているのを確認した。記録員も空気読んで強襲ヒットにしてくれたらええのにな。
とは言え大阪上院相手に先取点を取った。8回、9回をうちが無失点で切り抜ければ勝てる。だがこの格上の相手はそれこそ必死で同点、逆転を狙ってくるだろう。これからの2イニングはものすごく重い。監督としてのうちは、もし同点になったら星野に替える決断をした。でも選手としてのうちは簡単にマウンドを譲るつもりはない。
この回は8番からやけど代打が出て来た。不動の正捕手を降ろしたということだからラッキーと思うべきや。当然ながらものすごく打ちそうなバッター。初球、インハイへのストレートがボールになる。先ほど深山に打たれた球やけど、少なくとも見せ球としては通用する。2球目は今大会初披露のスローカーブを解禁。上手く虚を突けたのかこれで1-1。3球目は早いモーションからのチェンジアップ。打球は外野に飛んで行くが勢いはない。高見沢がきっちり捕球して先頭を切る。まずはひとり。
次は5回に代打で粘って四球を選んだ小柄な選手。あの後守備についてまだ残っていた。うち相手にも粘るつもりやろか? 初球のツーシームを見逃し、2球目のノーシームも見逃される。ここから粘るつもりなんか? うちはスプリットを解禁することにした。さすがに初見ではカットできなかったのかバットが空を切る。これでふたり。
3人目のトップバッター初球のツーシームを打ち返してきたが、当たり損ねのピッチャーゴロ。うちはそれを簡単にグラブに収めてファーストに投げてチェンジ。うちらは8回まで0を並べた。上出来すぎるやろ。相手は大阪上院やで。
8回の裏は3者凡退。星野はこの試合3三振、鷲尾がセカンドゴロで、設楽は三振。もし9回表を無失点で切り抜けたら、うちらは打者27人で16三振ということになる。流石日本一のピッチャーやね。でも勝つのはうちらやよ。
「バック頼むで」
うちはマウンドから後ろを振り返って大声を出す。プロでも7回や8回を担当していた時は試合を支配していた中継ぎ投手が、最終回の抑えを任されると、人が変わったように打たれることがある。最終回をクローズするにはメンタルが必要なんよ。セーブが重要な記録なのは意味がある。
でもメンタルやったら誰にも負けない自信がある。くぐった修羅場の数がそんじょそこらの高校球児とは違うねん。
先頭を3球目のサークルチェンジでファーストゴロに仕留める。ベースカバーに行こうとするうちを片手で制して、設楽が自分でベースを踏んだ。ウチが投げる時は、普段ファーストの鷲尾がキャッチャーに入るから、ファーストは便利屋の設楽やねん。
ここからはクリーンナップで、まずは深山さん。2球目、ゾーンからそれなりに外したはずのストレートを左中間に運ばれた。高見沢が上手く回り込んでワンバウンドで抑え、素早く中継に入った黒木に投げてくれたので、二塁を窺っていたバッターランナーが一塁に戻る。同点のランナー。三塁側のスタンドが盛り上がる。深山さんはさすがやね。チームの中心選手はかくあるべきという見本や。尊敬するわ。
一方一塁側は応援団すらおらんけど、応援されているだけありがたいと思わないといけない立場なのを忘れてはいけない。
さて9回表一死一塁。なんとか相手のエラーで獲った虎の子の1点を守らなければいけない。ランナーが還れば同点。一発を浴びたら逆転。視線でランナーを牽制してから初球はチェンジアップ。カウントを取りにいったのだけど、低めで取ってもらえなかった。2球目は同じチェンジアップで空振りを取った。
バッターはフォーシームを待っている気がする。再度視線だけ牽制を入れた後、3球目のツーシームを打たれた。読み負けた? だが痛烈なゴロをサードの外井がしっかり止めて、セカンドへ。ピボットマンの楠が二塁を踏んで、一塁へ。そしてファーストの設楽がファーストミットにボールを収める。一塁塁審が拳を突き上げる。先ほどまで静かだった一塁側のスタンドから歓声が上がる。みんながマウンドに集まってくる。
「整列や、まだ明日も試合あるねんで」
ベンチを出て、インタビューをこなして、第二試合の準決勝が始まるのをスタンドで待つ。
「いやあ勝てるもんやな」
「まさか無失点とはな。さすが俺らや」
「しかも大貫と星野を温存できとるしこれは大きいやろ」
こいつら……どうやら明日までにもう一度シメ直さないといけないみたいやね。
みなさま拙作ご愛読いただき大変ありがとうございます。
そろそろまた宣伝をしておきますね。
【連載中:本作連載中は休載】
みんなで私の背中を推して
連載開始当初の予定:100話目途⇒現在:307話 6,510pt
https://ncode.syosetu.com/n7493hm/
現代を舞台にした女主人公最強系のお話。芸能界+将棋です。そろそろ終わりが見えかけてきましたが、それでも350話ぐらいになりそうですね……
Stay Here
連載開始当初の予定: 30話目途⇒現在:41話 1,266pt
競馬ものです。現在は北海道からJRAに遠征して1勝したところです。50話でも話がたためそうにないですね。
【完結済】
音楽室と体育館 全169話 1,282pt
https://ncode.syosetu.com/n7547gz/
バレーボールをこよなく愛する音楽教師の主人公最強もの
この作品がポイントが一番伸びているのでは?
ありがとうございます。
夏の潜水艦 全23話 814pt
https://ncode.syosetu.com/n9256jo/
アンダースローに転向した高校球児のお話
こちらもポイントが伸びてますね。ありがとうございます。
ミスターフルベース 全16話 696pt
https://ncode.syosetu.com/n7878gi/
高校球児が甲子園で起こす奇跡のワンプレーのお話
こうやって旧作をご評価いただけるのはありがたいことです。
音楽性の違い 短編 302pt
https://ncode.syosetu.com/n6684kw/
人気デュオが「音楽性」の違いから解散するお話
こちらもありがとうございます。
宰相の失脚 全17話 296pt
https://ncode.syosetu.com/n9550gj/
ナーロッパの成り上がり系のお話
本当にありがとうございます。
リージア顛末記 全14話 196pt
https://ncode.syosetu.com/n9782hn/
ナーロッパ世界で国王が4人の王女のうち、最も王配として優れた婚約者を連れてきた娘を後継者にしようとするが……
ありがとうございます。
桜の下の彼女 全12話 142pt
https://ncode.syosetu.com/n8398gu/
毎晩、幼馴染の女の子に酷いことをしてしまう夢を見る男の話。
個人的にはお気に入りですがポイントは伸びないのは何故?
以上です。今後も定期的に宣伝する予定です。本作ともどもよろしくお願いいたします。




