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さよならホームラン  作者: 多手ててと
8回

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8回表(4)

 「ピンチの後にチャンスあり。良く聞く言葉やけど、それは気分転換が上手くできなかったからやと思うねん。要はメントレ不足やね。逆に言うたらチーム全員が気分転換するのはとても難しいんよ。ここで畳みかけるで」

 

 うちはどこかで聞いたような事を言った。その効果なのだろうか、先頭のトモカズがセンター返しでこの試合、うちらの初めてのランナーになった。祝・パーフェクト&ノーノー回避などと言っている場合ではない。そしてまたしても相手側のスタンドからため息がこぼれるのは複雑な気持ち。


 でもこのため息は、味方のやる気をそぐからチャンスと思うべき。もったいないけど黒木でトモカズを二塁に送って得点圏にランナーを進める。そしてうちの渾身の当たりが左中間を破る。そう思ったんやけどさすが大阪上院や。レフトがダイビングキャッチで捕りよった。トモカズも二塁に戻るしかなかった。


「頼むわ星野」


「当たり前や」


 カッコイイことを言った星野君はまた三振でした。深山さん、さすがです。


 さてグランド整備を挟んで6回、強豪を5回無失点に抑え、気力と体力を使い果たした笹沢に代わってうちがマウンドに立った。これまでだとマウンドを降りた後、笹沢にはライトに入ってもらっていたが、今日は設楽(したら)をライトに入れる。控えの選手がいないからひとりでもケガ人が出たら負けなのはわかっているけど、勝つためにはこれしかない。

 

 相手は高校最強チーム。出し惜しみ無しで行く。うちが倒れてもまだ星野とトモカズがおる。うちは初球からノーシームを投げた。うちが公式試合で投げたんは小学生以来やし、この時代にはまだツーシームすら一般的ではない。本来シーム、つまり縫い目が回転する際に通らない球なんて無回転のナックルぐらいしか無い。そしてノーシームと言いながら1回転のうち2回縫い目が通る。ツーシームと何がちゃうねん、ってことになるんやけど、実際ツーシームの一種と考えた方がええやろ。単純に握る時に縫い目にどの指もかけないことからこう呼ばれる。1本かけたらワンシーム。指の数を減らすだけボールが遅くなって変化が大きくなると考えてそんなに間違っていない。

 

 実際相手は普通の「汚いストレート」だと思って振ってきたのでセカンドゴロで打ち取った。それだけで大きな歓声が沸く。女子が日本一の強豪校の選手を1球でアウトにしたからや。でもこの試合のうちにざわめきも起きないようにしてみせる。

 

 そして3番、深山さんの登場である。ここまではショートゴロとレフト前、当然うちのノーシームも見てたはずや。だから今回の初球は内角低めに渾身のフォーシームのストレートを投げ込む。だがそれは待ち構えていたかのように打たれた。それから何があったのか、よくわからない。うちにわかったのは自分の体に大きな衝撃が走って後ろに吹き飛ばされたこと。そして左手が痛いこと。グラブにボールが入っていることに気が付くまでどれくらいかかったのかわからん。

 

 またしても歓声が球場を包む。見えなかったピッチャーライナーを捕球できたのが事実なのかまだよくわからへん。体を起こすと、深山が三塁側のベンチに下がって行き、4番が打席に来るのが見えた。2回のクロスプレイといい、野球ってこんなに痛いことばっかりやったか? そら女子は禁止、とか言いだすアホもおるわな。でもいい。2球でアウトふたつ取れた。

 

 それから2球目のツーシームで相手の4番をサードのファールフライに打ち取った。ツーシームはどっちかというとゴロを打たせる球やよ。うちが「汚いストレート」を投げることは知ってたやろうけど、きっちり対策しとる。そら強いわ大阪上院。もっと色んな変化球を惜しみなくつぎ込んだ方がええねんけど、最近覚えたシェイクとかは鷲尾が取れるか心配なんよね。

 

 投手の深山さんは絶好調で、6回裏も3者三振。ここまでうちも含めて14も三振を取られている。このイニングだけで16球投げさせたことをポジティブに考えるしかない。うちはカットボールと2種類のチェンジアップも交えて三者凡退。でも掴(つか)まったら終りやね。なんとかだましだまし延長までいけるやろか?そしたら星野に交代やね。

 

 だがここで深山さんに何かが起きたみたい。先頭の楠がフルカウントから四球で出塁した。情けないことに我が川添高校が一塁ベースを踏むのはこれがふたり目だ。


 でも7回裏の攻撃で先頭が出たのは大きい。しかもここからクリーンナップだ。3番の外井はここまで三振ふたつ。送りバントした場合得点圏でトモカズだけど勝負してもらえるやろか? そもそもちゃんとバントできるか? いやさすがにここはバント一択やろ。少し危なっかしかったけど、外井は初球で楠を二塁に進めた。


 ここで前の打席でセンター前を売っているトモカズだ。一塁側のスタンドが、この試合始まって以来の盛り上がりを見せる。ここで敬遠はないと思うのだけど、下位打線のしょぼさを考えたら敬遠もありかもしれん。キャッチャーは座っているが、ボール先行。これは打ち取れたらええけど、歩かせても別にええか、って奴やね。トモカズは1球ファールを打ったけど、結局敬遠気味な打席で一塁に歩いた。

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