8回表(3)
4回裏、こちらも1番からの攻撃だけど高見沢が平凡なセカンドフライを打って、相手のスタンドからため息が漏れる。なんで打ち取った相手側が? それは深山の連続三振が7で止まったからや。ため息をつきたいのはこっちだよ。しかもその後楠、外井と連続三振ショーが再開し、あっという間に5回表の守備に付いた。マウンドには引き続き笹沢を送る。
本来なら前の回で変える予定だったけど、欲が出てしまった。いやもしかしたらうちがマウンドに立つのが怖かったのかもしれん。先頭の5番の強烈なピッチャー返しが笹沢を襲う。笹沢が反応したが流石に取り切れず、弾いたボールがサード方向に転がる。ノーアウトでランナーを出してしまった。
「ようグラブに当てたなあ」
うちは素直に笹沢を褒めた。グラブに当たってなかったら外野に抜けてたやろ。足がないからそれでも一塁で止まってくれたかもしれんけどいきなりノーアウト二塁になった可能性もある。さらに言えば笹沢がケガをしなかったのが一番大きい。設楽をグランドに出すことになったら、みんなケガを恐れて全力でプレイできなくなってしまう。とは言えノーアウトのランナー。この後のことをきっちり考えないといけない。
「素直に送ってきたら一塁でアウトとるで。幸いここから下位に廻るから、ささざーも落ち着いてな」
もし5番に足があればもっと怖かった。ここは正念場やから、もしかしたら代走が出て来るかもしれんけど、今の所その様子はない。
「でも器用なバッターやからエンドランをかけてくるかもしれん。バントの構えからバスターしてくるかもしれん。みんな頼むで」
「まかしとけや!」
ここまで2三振の頼りになる3番サード、外井が言う。でもこうやって自分の成績を顧みずに味方を鼓舞してくれるのはとてもありがたい。うちひとりでやらなあかんかった可能性かてあるしな。そんなことを考えながらうちは再びキャッチャーのポジションに戻る。6番の構えはバント。露骨なバントシフトはリスキーなので、普通の前進守備を敷いて失敗してくれるのを期待していたけれど、初球をきっちり転がされて一死二塁になる。バントも一発で決められると相手のペースになる。そして次の7番、前の打席はチェンジアップをショートゴロやったけど、今回も抑えられるやろか?
初球はアウトローにストレート。見逃しでストライク。でもこんな1年しかいない公立高校相手に中盤まで無得点やのに全然焦っている感じがない。悠々と見逃されている。それがブラフなんやったら大したもんや。でもこっちは負けて当然やからまだまだどんどん行くで。そっちの余裕はいつまで持つやろね?
2球目はインローにチェンジアップ。ストライクからボールになる球やのに、上手く打たれた。ボールがライトのトモカズの前に落ちた。ランナーの足が遅いのと、2回にトモカズの肩を見せているからやろ、ランナーはストップして一死三塁一塁となる。三塁はしゃーないやろ。代走出てたら本塁狙って来たやろか? たられば考えてもしゃあない。今は大ピンチや。
「5回表、スコアレスの状況でワンアウト三塁一塁の大ピンチ。うちが火消ししよか?」
敢えて煽るようにマウンドで言う。うちや内野陣がしょっちゅうマウンドに行っているのはこの時代だとそれが当たり前やから。時代が下るとこんなに頻繁にマウンドに行かなくなるのはやはりスピーディな試合運びが求められるからなんかな。
「いらんわ、俺が無失点で切り抜けたる」
笹沢青色といううちとは全然違うセンスで名付けられたピッチャーが力強く言い返してきた。これやったら最小失点で切り抜けてくれるかな。
「じゃあささざーにこの回まで任せるわ。2点取られたら代わるけど」
「スクイズしてくるかな」
「ダブルスチールもあるかもな」
大ピンチなのに黒木も外井もみな冷静だ。
「一塁ランナーが走ったら、うちの牽制はささざーがカットしてな。前進守備でアウトカウント優先でいいくで」
うちが失点を覚悟していると言うたけど、笹沢は反論してこうへん。こいつもちゃんと現実が見えてる。うちがまたマウンドを下りてキャッチャーの位置に戻る。バッターは普通に振る構え。初球からカウント悪くするのは嫌やから初球は低めにシュートを要求。左対左やから外から中に入って来るボール。空振りでストライク。一塁ランナーも走らんかった。逆に怪しいやろ。
今バッターボックスで軽く素振りしているのも怪しさに拍車をかける。これらは演技で次はスクイズ? それとも裏の裏でやっぱりヒット狙い? それがわかったら苦労はしない。今はカウント的には有利やから外しても状況はそんなに悪くならない。
2球目は外、高めに外したボール球。それが笹沢の手を離れたと同時に両方のランナーが走りだした。エンドランではなくてギャンブルスタートのスクイズ。うちは立ち上がり、鷲尾と外井がチャージをかける。外したボールにバットが当たる。でもそれはうちの後ろへと小さなフライになった。笹沢の勝ちや、絶対に捕る。小フライにうちは飛び込んで、落ちる直前に地面との間にミットを潜り込ませた。獲った。
せやけどうちが地面を転がったあと送球体勢に入った時にはランナーはほぼ塁に戻りかけていて、一塁にカバーに入った楠も、三塁にカバーに入った黒木も投げるなの合図。スクイズ失敗の二死三塁一塁。上出来過ぎるわ。
でもツーアウトでランナーがふたりおるのは先ほどのビッグイニング理論が実現する可能性を孕んでいる。絶対に油断はできない。しかもここで代打が出て来た。代打を出すならさっきの8番のところやったと思う。相手が少しずつ焦ってきてるならええねんけど……ああそうや、8番は正捕手やったから変えられへんかったんやね。大阪上院は正捕手は完全に固定しとる。大差がついたら下級生を試したらええのに、とは思うけどまあヨソサマの事情はわからん。
代打が右のバッターボックスに入った。大阪上院の選手の中では1番小柄な選手かもしれん。相当の努力をしてベンチに入ったに違いない。そして今大会初めての出番だからデータがない。初球のストレートを振ってきた。大きな当たりやったけどファール。小さい体やのによう飛ばすんやね。うちもその技術が欲しい。2球目はチェンジアップやけどこれもファール。笹沢も疲れているのがわかる。当然バッターにもわかったんやろう。結局ストライクは全部カットされ、8球投げさせられてバッターは一塁に歩いた。2死満塁。ピンチが続く。
そして打順がトップに戻る。このバッターが打席に立つのは3回目。うちがマウンドに上がるべきか一瞬考えたけど、ここは笹沢に任せる。二死満塁やからもう真向勝負や。ささざー、気ぃ張れよ。でもやはり体力を使い切っていたらしい。初球を逆方向に打たれた。
その打球を楠が飛びついて止めることができたのは、もちろん楠のフィジカルと技量のおかげやけど、幸運もあったと思う。ボールが一塁に送られてチェンジ。楠も笹沢もありがとう。5回の表までを無失点で凌いだ。おかげで勝利へ一歩だけ近づいたわ。
ただ問題はこちらはまだひとりもランナーを出せてないんよね。このままやったらパーフェクトやん。




