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さよならホームラン  作者: 多手ててと
8回

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8回表(2)

 2回の表、先頭の4番に初球をレフト線に落とされて長打。うちから見たらラインの外やったと思うけどしゃあない。切り替えてこ。回も浅いし、なんとかここは最小失点で抑えることをうちは考える。大阪上院は1番2番が左打者やけど、クリーンナップは全員右打者。みんな体格ええけど、特にこの5番は大きいわ。ファーストの守備もあまりうまくないけどこの時代だとこれが普通。左のスリークォーターからのクロスファイヤーを逆方向に流された。セカンドの楠が上手く回り込んで一塁でアウトを取る。その間にランナーは進んで、一死三塁となった。

 

 さて6番、ここから下位に回るんやけど流石は大阪上院。これがまた器用なバッターなんよね。わかりやすいピンチやからうちはマウンドに内野を集めた。

 

「スクイズしてくるて思う?」


 ファーストの鷲尾がうちに聞く。


「あんまり思わんけどランナーで残られるのは嫌やね。守備は定位置、スクイズなら鷲尾と外井はダッシュ、一塁でアウト取ってこ」


 先取点を取られるのは別に構わへん。まだ回も浅いから失点で変なプレッシャーを感じなければ、逆転のチャンスはまだまだあるはずや。そういったメンタル面はうちがちゃんと支えたるからな。

 

 案の定スクイズは無かったが。それどころか強振されてライトに飛ぶ。一瞬ヒヤっとしたけど、トモカズが足を緩めたので長打にはならない。ライトフライになるはず。少し後ろに下がったトモカズが前にダッシュしながら捕球して、そのまま強肩を見せつけるようなバックホーム。観客は悠々と歩いても犠牲フライで先制やと思ったやろ。でも相手の選手はそう思ってくれなかった。きっちりタッグアップしてホームに突っ込んでくる。

 

 トモカズの送球はストライクコース、中継してたら絶対間に合わないから、ファーストの鷲尾はスルー。これ間に合うやろ。うちはホームベースの半分をランナーに開けた状態で捕球体勢に入り、そのままタッグしようとした。それなのに大阪上院(あいて)の4番打者がうちに思いっきりぶつかって来た。まともにぶつかると大ケガしかねないので、体がぶつかる瞬間うちは体を浮かせた。他にランナーがいないからできる技だ。うちの体は冗談抜きに数メートル飛ばされたが、ボールを落とさないから変則ゲッツーでピンチを脱した。

 

 この時代には、コリジョンルールがまだ無い。高校野球でもあと10年ぐらいは、この危険なプレイがむしろ見どころと評されたりする。今回は凌げたけど次はどうかな。もし他にランナーがおったら、三塁ランナーをアウトにできても、他のランナーが帰って来る可能性もある。

 

 ベンチに戻る時、うちは一塁側だけでなく、バックネット裏はもちろん三塁側からも拍手を受けた。1年生の女子が3年生のデカブツに体当たりされてもボールを落とさなかったからや。でもうちは素直に相手の選手を尊敬した。ちゃんとうちを対等の選手って認めてくれてるってことやからね。その一方で軽蔑した。結局力任せなん? うちはホームベースの半分をわざと開けといたんやから、普通にうちを躱したほうが得点できる可能性は高かったんちゃうか? 安易すぎるやろ。

 

 お前らと違ってうちみたいな可憐な女の子は体が繊細やねんで。きっと彼奴(きゃつ)はせっかく彼女ができても乱暴に振舞ってすぐに振られるに違いない。それにしても衝撃で体が痛いのでうちは恨み節を頭の中で叫んだ。まあこの程度の痛みは試合には問題ないやろうけどな。

 

 2回の裏、トモカズには期待してたんやけど三振。相手のエースもトモカズには155キロのボールを投げて来た。初回はあれでも全力や無かったんやね。そこからうちらは作戦を変えた。黒木は9球、うちも8球粘って三振。待球作戦や。勝負は相手がバテ初めてからにする。

 

 3回表、下位打線とは言え、笹沢が相手を三凡に抑えたのでもう少し引っ張ってみることにした。

 

 3回裏、下位打線とは言え、相手のエースに圧倒された。待球だとバレたのだろうけど、星野、鷲尾、笹沢と揃って三振。相手は日本の高校球界のエースとも称される深山さん。でも手加減されてんのに三球三振はあかんよ。これで7連続三振ということになる。だからお互い仲良く4回は1番打者から始まる。ここが次の山場になりそうやね。


 4回表、相手は1番からなのに簡単に追い込むことができた。あちらも待ての指示が出てるんかもしれん。それはでも納得が行く。だいたいこの手の作戦をする時は、自分たちがやられたら嫌なことをするものだ。うちも待球されると困ると相手の監督は考えたのかもしれん。でもこちらは笹沢がつぶれても次々に投手をつぎ込むだけやし、それは上院の監督もわかってはるんちゃうかな。そうすると相手側にはもっと深い考えがあるのかもしれん。

 

 こういう駆け引きが始まると面白いよね。指導者冥利につきる。うちは内野陣にもサインをだした。まあキャッチャーなら普通にする事かもしれん。指導者の仕事はケガ人を出さないこと、選手を育てること、采配をすること、選手を見つけてスカウトすること、この順番で重要やとうちは思っている。

 

 3球目にインハイのストライクを要求し、笹沢がうちのミットに向けて投げる。相手はここでセーフティバントを仕掛けて来た。足に自信があるんやろ。ああ、やっぱり。それはうちの想定内やねん。サイン通り鷲尾と外井がチャージをかけている。そのプレッシャーに負けたのかもしれん。バットには当たったけど、ボールは前に飛ばなかった。スリーバント失敗でワンアウト。記録上は三振になる。ここまでは上出来だけど、このまま終わるはずがない。さて次は何してくるんやろね。

 

 2番はファーストゴロ、笹沢がベースカバーに入ってツーアウト。もちろんうちも念のためのカバーに走る。でも3番には初球をレフト前に運ばれた。深山さんは投げて打ってと大活躍やね。2死一塁。ツーアウトやから4番に初打席みたいな長打を打たれたら一気に生還される可能性もある。ツーアウトって怖いんよ。打者でアウトをとればチェンジやけど、ランナーが躊躇なく走るから、複数のランナーが全員帰って来て大量点ということもあり得るわけや。今はひとりだけやけど。

 

 「ツーアウト、守備陣頼むで」


 打たれてもシングルヒットなら流石に一塁ランナーの深山さんは戻ってこれないはず。うちは長打を警戒して低めを指示する。守備は定位置。さっきは引っ張られたけど逆方向にも打てることはこれまでのビデオで知っている。1-1の3球目に深山が走った。盗塁? エンドラン? うちの目の前で鋭いスイングがボールを捉えた。痛烈な打球、だが幸いショート黒木の正面。ショートライナーでこのイニングも無失点に抑えた。

 

 心強い守備に助けられているとは言え、日本で一番強いと呼ばれているチームを4回まで被安打2,四死球0の無失点に抑えているささざーは凄い。2巡目に入って相手も合わせてきたけど、次の回も笹沢で行けそう。問題は攻撃やね。

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