8回表(1)
夏の高校野球、大阪大会準決勝の相手は大阪上院だ。昨夏は大阪大会の決勝で清廉舎に負けたけど、秋の大会では神宮大会を優勝、春の甲子園でも優勝し、春夏連覇を狙っている。通称西の横綱。現在日本で一番強い高校と言っても過言ではない。
これがもし1回戦や2回戦やったら油断してくれたかもしれんけどもう準決勝やから、ここまでにうちらのデータは十分に取られているはずや。お互い様やね。
なおこの試合の後にあるもう1つの準決勝は清廉舎とEL学園の強豪同士がぶつかる。もしうちらが大阪上院との試合に勝ったらそちらを見てから帰るけど、負けた場合でも見る気力があるかは微妙。いやいや、絶対みておかなあかん試合や。
そして試合前のシートノックも終えて後はもう試合をするだけや。チームのコンディションもきっちり整えてきた。
「わかっとるて思うけど、絶対に勝つからな。ほな行くで」
うちがメンバーに声掛けした直後に球審が整列の合図をする。うちはミットを持ってホームベース前に向かって駆けだした。さすがは準決勝、さすがは大阪上院。観客もこれまでにない入りようや。この整列から拍手が球場を包み込む。
挨拶した後、後攻のうちらがグランドに散る。先発は背番号10、左投げのスリークォーターの笹沢。ささざーでええ勝負ができたら、右のオーバースローのうちが引き継ぐ。もし点を取られるようなら右のアンダースローの星野、そして切り札である左のオーバースローのトモカズ。そう小刻みに繋ぐプランBに切り替える。
誰かが相手の打線に捉まったら変えるタイミングが早まる。大阪中央大学との最初の練習試合と同じ順番やね。もっともそれはプランBやから、笹沢に長いイニング投げさせるのがうちの仕事や。
初球はインハイのゾーンすれすれ、ボールになってもおかしくないところにストレート。幸い笹沢の球は今日もちゃんと走ってる。せやからと言って大阪上院に通用するかはまた別なんよね。でもうちはミットをストライクゾーン内で構える。強豪相手に逃げたらあかんねん。これまでと同じようにゾーン内で勝負するつもりや。
二球目のシュートが左打者のアウトローにピタっと来る。ボールからストライクゾーンに入って来る球。見逃しでツーストライク。追い込まれるのにバットを振る気無かったみたいやな。同じストライクでもこうやって悠々と見逃されると普通の選手やったらプレッシャーを感じるんやろか? うちはそんなんわからんけど笹沢は大丈夫?
同じコースに今度はストレートを要求する。あかん、内側に入った。相手は見逃さずに強振、ボールが右中間に飛んで行く。長打になってもおかしくない打球やったけど、あらかじめ右にシフトを敷いていたセンターの高見沢が走りながらグラブに収めてくれた。
バックアップに入っていた位置からキャッチャーの定位置に戻る途中笹沢の様子を確認。今でも悪くないんやけど、やっぱりいつもよりは落ち着きがないと思う。いい当たりが外野に飛んだいうても先頭を打ち取ったからささざーには落ち着いて欲しいところ。ピッチャーのコンディションを上げるのも、監督でありキャッチャーであるウチの仕事や。
2番も左打者。こいつは初球からフルスイングで空振り。本当に2番打者か? チームによっては2番打者に強打者を配置する場合もあるが、大阪上院の2番は伝統的な小技が上手いタイプ。だからフルスイングはブラフ。警戒させるのが目的なんやろうから、こちらはどんどんストライクを投げさせる。既に相手との駆け引きが始まっている。2球目は真ん中低めのストレートを見逃し。これで追い込んだ。こちらがビビって躱わすピッチングをしないことを、この2番も相手ベンチもわかったやろ。だから3球目は2球目と同じコースにチェンジアップ。ストライクからボールになる球を空振り三振。ささざーの勝ちや。
これで気分よく投げてくれへんかな。そして3番。相手のエースは初球を捉えて、三遊間に痛烈な打球を打ちよったけど、うちが鍛えた自慢の守備は鉄壁やよ。黒木が余裕をもって一塁転送。バッターランナーの足も速かったけど問題なくアウト。3者凡退や。
「ささざーさ、ちゃんと抑えられてるやん。このまま2周り目まで頼んだで」
ベンチの手前でそう声をかけた。
「任せとけや」
笹沢は力強く言ってくれたけど、このまま何も無しで終わるとは思えん。守備はもちろん攻撃も気合入れていかなあかん。まずは上位陣、頼むわな。でもうちの声掛けは空振り、こちらも3者凡退で1回裏が終わった。
「外井ぃ、すがすがしいほどの三振やったなあ」
うちはグラブを渡しながらわざとからかうような声掛けをした。相手に応じて対応を変えることは大昔に見た夢で学んだんよ。
「やかましい。次はスタンドまで放り込んだる」
「そら楽しみや」
相手は日本一になったこともあるエース、深山融。3番、ピッチャー、しかもキャプテン。昨日も点差が付いた6回まで投げとる。うちらに勝ったらこのまま決勝も投げるんやろな。このひとりのエースを使い潰す風潮も、休みなく詰め込まれた過酷な日程も、改善されるまではまだまだ時間がかかる。この深山さんも高卒でプロに入るんやけど、その後はどの夢でも鳴かず飛ばずやった。
高校時代の酷使が原因なんかどうかは知らん。どちらにしてもこの世界は残酷すぎやろ。




