1回表(2)
正夢かもしれないと思う根拠がひとつある。今朝目が覚めた時からウチは英語と、多分スペイン語が使える。そこらに書いてある英語も、姉ちゃんのために母ちゃんがつけてる公共放送のラジオ講座も、完全に理解することができた。むしろ表現が古臭いなと思った。新聞を見てもこれまで私がよくわからんかった記事の内容もすべてわかった。覚えてるわけやなくて、理解できない事柄が無かったと言った方がいいやろ。私が子どもの頃の政局ってこんな感じやったな、みたいな。
それにしても将来プロで2度も三冠王になるかもしれないバケモンが少年野球ではどんな存在になるのかを、うちは身近で見てみたいという気になった。まあ半信半疑つぅか、実際はただの夢やと思うけど。夢の中のうちのオタク魂が影響しとるんやろうか?
うちが親に相談してから東萩ブルースの練習に体験参加したのは夏休みになってからで、7月生まれのうちは9歳になっていた。最初はキャッチボールやけど、これがなかなかでけへん。投げ方は教えてもらった。受け方も教えてもらった。せやけどノーバンやと全然取られへん。だって初めてやからしゃあないやん? ダサダサやけど地面にバウンドさせてキャッチボール(?)することになった。
せやけど正式に入団して、夏休みやから毎日のように練習を続けていると、キャッチボールが捕れるし投げれるようになるんよ。それができるようになったら、ボールの打ち方とか走り方とかもいろいろ教えてもらった。元々うちは真っ直ぐ走ることは得意だ。男子でも私より速い子はひとりもいない。トモカズすらうちより遅い。なぜかあの時見た夢の内容だけは忘れられない。私は大学では短距離走者だったからトラックを走ることに関しては自信がある。でもベースランニング(ベーラン)になるとまたちょっと違う。
監督やコーチたちは、まあ近所のおっさんやと思うねんけど、褒めるのが上手いのでその気にさせよる。これも随分イメージとちゃう。この時代の少年野球とかおっさんが怒鳴り散らしているものだと思っていた。そして時々来るシニアの監督はノンプロで結構有名な選手だったらしい。ほんまかな?
『都市対抗とか出たことあるんですか?』
うちが監督に聞いたら、凄くびっくりしとった。
『滝沢は都市対抗とかそんなんよう知っとるな。俺は1回だけあるよ。シニアの名瀬さんの回数は知らん。都市対抗の常連の会社やったからな』
プロのひとつ下のカテゴリーで全国大会経験者がふたりもいる。それってすごない?
『甲子園にも行きましたか?』
『俺は夏に府大会のベスト16が最高やな。大阪は私学が強すぎんねん。名瀬さんは出たはるで。野球留学してはったからな』
野球留学というのはあれか。地方の強豪校に声をかけられてそこで寮生活って奴か? 良いプレイヤーが良い指導者になるとは限らないけれど、周りの大人たちが監督に文句を言わない理由はわかった。
うちが入った東萩ブルースには小学生がメジャー(5年生夏以降)とマイナー(3年生夏以降)のふたつ、そしてシニア(だいたい中学生)があって、一緒に地域のイベントや合宿もするから縦の結びつきが強い。リトルリーグにはジュニアというもう1つ下のカテゴリーもあるが、このチームにはない。
シニアだと東荻中学の生徒、小学生だと東萩中学に進学する3つの校区の児童しかいない。ほとんどの選手はマイナー、メジャー、シニアとそのまま上がっていくという極端なほど地域密着型のチームだ。進級とともに野球を辞める人もあまりいないし、関西ではより盛んなボーイズとかの他の団体のチームに移ったという人も聞いたことがない。
それでいてそのすべてのカテゴリー、つまりマイナーからシニアで優秀な成績を残しているということは、やはり両監督はじめ指導者が優秀なのだろうと思う。東荻ブルースは良い意味で閉鎖的なチームだと思った。監督が変わったらわからんけど、ふたりともそこまでの年齢とはちゃうからそんなに心配はしてへん。
そしてうちは東荻小の運動場を使っている時しか知らんかったけど、他の小中学校や、少し離れた河川敷のグランドを使うこともあるらしい。
なんやかんや、うちは野球にハマってしまった。夢の中のうちは見るだけやったけど、野球大好きやったからなあ。プロ野球はもちろんMLBの試合にも何度も行ったことがある。観戦だけじゃなくてチームから依頼を受けてコンサルの仕事をしたこともある。
ただ女の子が何人かいると聞いていたのに、実際はうちを入れて3人しかおらん。そしてマイナーだとうちだけ。まあいないわけじゃないからええか。
うちはかなり真面目に練習したと思う。ノックや素振り、柔軟体操はつまらないと思う子も多いみたいだけど、どうせやるなら男に負けてられへんという妙な根性スイッチが入った。せやからひたすら練習に真面目に取り組んだ。体の動かし方の練習では大学の陸上部の時に覚えた知識も使った。そんなうちを見ているからか、他の選手も競うように熱心に練習していた。トモカズもそのひとりや。




