5回裏
ビジネスにおいて一番大事なものはなにか。それには答えなんかないと思う。ある人は利益だというだろうし、ある人は信頼だというだろう。別の人は面白みだと答えるかもしれない。うちの場合やはり挑戦だろうか?
これまで何度も夢で自分自身の近未来を見て来たが、そのたびに私は違う未来を選んできた。だが今回はそれらの夢を活かそうと考えた。もちろんこれまでに見た未来はすべてが同じではない。火星に行った世界なんて他とはまったく違う方向に一気に進化した。だがそのような例外はあるものの、繰り返し見る夢にはある程度同じ時期に同じことが起きる場合のほうが多い。
うちが高校を卒業したのは2003年、そこからだいたい20年間の記憶を持っている。この人生ではその未来知識をフルに使ってお金儲けをしようと考えてみた。これまでだって投資をして十二分なリターンを得て来ているけれど、なぜもっとこの未来知識を金儲けのために活かそうと思わなかったのだろう。
大手SNSの誕生が2004年
検索エンジン大手の株式公開も同じく2004年
大手動画サイトが立ち上がるのが2005年
IaaSから始まるメガクラウドのサービス開始が2006年
スマートフォンのリリースが2007年
ライドシェア・フードデリバリーの会社の設立が2010年
つまりここからはこれらITの時代が怒涛の勢いでやってくる。実際にこのスケジュール通りに進むわけではない。もちろん偶発的な出来事は発生するし、それが社会に影響を与えることもある。だがある程度の確度で発生し得る、必然的な発明や出来事もあると思われる。
ではこれらのトレンドをどう利用するか? もちろん起業、そして買収だ。
肝心な元手は、私は両親の協力も得て高校時代に株式と為替相場で一儲けしているので個人としてはそれなりある。いや相当ある。そして日本にいるよりもアメリカの方が儲けが大きいので、私はアメリカの大学を受験すると言って渡米。勉強なんかそもそもするつもりは無かったが、外面というか身分は大切なのであちらの名門大学に入学した。
入学前に私はSNSのサービスを始めた。企画自体はを私が完璧に作り上げた。これまでに体験した世界の中で上手くいったサービスのインターフェイス、いわゆるUI/UXを取り入れた。
インフラとエンジニアは素直に金で雇う。それぐらいのお金は十分にある。そして滑り出しは夢で見た先駆者を見習って、大学生間のSNSとして始めた。ただし将来を見据えて他のユーザの入会を見越した作りにする。
折角の名門大学だけど、私はほとんど通わないまま中退した。
私の敵は最初のうちは同業他社、そのうちアメリカを始めとする著作権法とその権利団体や、後発企業となった。幸い私は法務知識を豊富に身に着けている。GDPR(EU一般データ保護規則)やカリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)が制定される前からそれらの要素を取り込んだ。もちろんその他の制定されるはずの法律やガイドラインなどは事前にケアし、こちらから政府に提案した。
会社はどんどん成長し、そのうちに将来躍進する企業や、凋落した企業はもちろん、私がいない世界ならばビッグ・テックと称され世界を牛耳るプラットフォームになり得た企業すら買収した。私の戦場は文字通り世界中になり、敵は反トラスト法という日本でいうところの独占禁止法や法人税法になった。だが、それらとどう戦えばよいかについて私は詳しかったし、時には自らハードネゴを行って会社の更なる拡大に務めた。
渡米して10年、29歳になった私は大きな買い物をした。それはMLBのチーム、シャーロット・ガーディアンズだ。なぜこのチームを選んだのか? それは私の夫が在籍しているからだ。当然元のオーナーもそれを知っているので買収時に多少足元を見られたがそんなことは些事に過ぎない。
ガーディアンズのオーナーになった私は早速首脳陣を入れ替え、彼らに多くの選手のトレードや、ドラフトの指名を指示した。現場に口を出すオーナーが嫌われるのは知っているが、私の方がGMとしても監督としても適性が高いのだから仕方がない。
「世紀の愚行」「新オーナーが自分の夫の生贄のために連れて来られた選手」
そんな外野の声は気にしない。シーズンが始まると私が放出した選手はあまりぱっとせず、逆に加入した選手は期待以上に活躍してくれた。私の夫である大貫智一もクローザーとしてセーブ数を重ねてくれた。
「あんまり無理はしないで欲しいのだけど」
週末に息子たちを連れて観戦した時に夫に声をかけた。今の所、体に別条は無さそうだけど、昨シーズンより登板回数が増えているのでそのあたりは気にしている。
「トレーニング機材も新オーナー様が奮発してくれたから、これくらいしないとね。大丈夫。俺だって伊達に野球ばかりやってるわけじゃないねんから」
実際この試合も9回を3者凡退で終わらせて試合をクローズした。試合が終わった後、現在ステーツリーグ東部地区を独走中のチーム首脳陣や選手に改めて激励の声をかけた後、私は家に帰った。私と子どもたちは普段西海岸のカルフォルニア、シリコンバレーの南端あたりのサラトガに住んでいるので、東部のシャーロットのこの家は数ある別宅のひとつでしかない。
なお「サラトガ」という2次大戦を生き残り、戦後原爆実験で沈没した空母があるが、あれの名前の元になったのはニューヨーク州のサラトガなので別。
久しぶりの家族揃っての団らんを楽しんだ後、夫婦の寝室に入ると夫の身体の隅々までを確認する。別に浮気の痕跡を探す嫉妬深い妻ではない。
「良かったわ。問題なさそうで」
「久しぶりに夫婦ふたりきりの寝室でするのがメディカルチェックとはね」
トモカズが少し芝居がかった拗ねた声を出す。
「それだけあなたが心配なのよ」
「枝里子の見立てを疑うわけじゃないけど、本職のトレーニングコーチだってちゃんと見てくれているから大丈夫だよ」
実際、私たちがカルフォルニアに帰った後も、トモカズはセーブポイントを着実に積み重ねた。そしてガーディアンズは東部地区で優勝し、久しぶりにポストシーズンに入った。
ポストシーズンでもガーディアンズの勢いは止まらなかった。ディビジョンシリーズに勝ち、リーグチャンピオンシップで優勝を決めると、そのままワールドシリーズも4勝2敗で勝ち取った。決めたのはもちろんトモカズだ。
「大貫、四球目、投げた。三振! 決めた、ワールドシリーズチャンピオン」
私は試合が終わったのを見届けてからVIPルームを出た。2点差でランナーもいなかったから、3人目のバッターの打順が来た時に出ようと思ったのだけど、ここで私が出たことで負けたらどうしよう、という気持ちがあったからだ。私が仮に出たところで、トモカズはきっちり3人で試合を終わらせたと思うのだけれど、妙なところでジンクスを気にしてしまう。
私がグラウンドまで降り立った時、選手たちは思い思いに観客に向けて手を振っていた。夢でも中々見られないような光景。願わくば私もあの輪の中に入りたかったが、それは贅沢だろう。当たり前だけどチャンピオンチームの選手は何人もいるが、監督と同じくオーナーもひとりだけ。
いやひとりしかいないのは、監督とオーナーだけではない。勝った4試合すべてで、9回を3者凡退で終わらせた。MVPがいる。彼は第3戦では9回の表に逆転の3ランホームランも打って、裏にはそのままマウンドに上がった。
そのひとりしかいないMVPがグランドを1周した後、私の姿を見つけると、こちらに駆けよって来て私にキスをした。多分これ、世界中に放映されてるだろうけど、誰もが夫婦だと知っているので別に構わないだろう。
「チャンピオンズリングは上品な奴を頼むよ」
ワールドシリーズを制覇したチームのメンバーに球団から贈られるのがチャンピオンズリング。これまでのものを見ると結構金ぴかの成金ぽいのが多い。レプリカをファンが買ってくれるので球団にとっても収入源のひとつだ。
上品な奴か。仲間の元に去り行く夫の背番号を見ながら私は考えた。これまでどの夢の中でも、どのチームにいても、彼はプロになってからずっと79番しかつけていない。その時私は初めてその数字の意味に気が付いた。7月9日は私の誕生日だ。
ってことは私がコンサルしてた夢の時もトモカズは……
うちはその思いを振り払って優勝を喜ぶ選手たちを見守った。




