5回表(1)
うちにとって想定外だったのは他の1年生が誰も入ってこうへんかったことや。ちゃんと努力はした、それなのにこの体たらくや。部活説明会でのプレゼンも完璧やったと思う。女子野球で世界一になったとか、同じようにシニアの話なんかはしない。愛すべき9人の頼れる野球馬鹿についても一言も話さない。知ってる人はいるかもしれんけど、知らん人の方が多いはずや。
「みなさんこんにちは、1年1組、滝沢枝里子です」
うちは部活説明会の舞台の上で、思いっきりの笑顔を浮かべた。懇意にしているクライアントや心を閉ざしそうな子どもに向けるような笑顔。親しい人には詐欺師っぽいと言われたこともあるが、目の前の同級生たちはそんなことは知らないはずや。
「昨年度まで、この川添高校には野球部がありませんでした。一昨日の入学式の後、意気投合した私たち有志10人で新しく立ち上げたばかりの部活動です。もちろん全員が1年生です」
一昨日の入学式ではうちが新入生代表の挨拶をしたことを覚えている子もおるかもしれん。その一方、なんであの入学式のすぐ後で部活が作れるんや、と至極もっともな疑問を持つ勘が良い同級生もおるかもしれんね。実際は入学式よりも前からグランドを整えたり、練習を始めとるんよ。
「経験者の方も、初心者の方も、男子も女子も、私たちと一緒に川添高校の野球部の第一期生になりませんか? みんなで楽しく野球の練習をして、強いチームを作り、そして楽しい試合をしましょう」
うちはそう言って舞台を降りた。短すぎる? それくらいでええんよ。ただインパクトだけはあったと思う。女子中学生が監督する日本女子硬式野球代表が世界一になったことは、一時期はそれなりに報道されたからね。
もちろん経験者には是非来て欲しいけど、我が野球部は初心者にも広く門戸を開きたいと思ってるねん。2年鍛えたら初心者でも絶対戦力にできると思う。それはジュニアやシニアはもちろん、夢の中で少年野球や高校野球の監督をやった経験もあるうちがものすごくよく知っている。
「滝沢ってあんなサギくせーこともできるんやね」
「俺、さっき笑いそうになってもうたわ」
部活紹介が終わった後、練習を始める前に外井と楠が言う。呼び捨て? やっぱり一緒に草刈りしたりマウンド作ったりしてるとそうなるんよ。練習もそうやけどやはり共同作業は偉大や。
そしてそこまではうちの計算通りやった。部活紹介をしたその日とその次の日、経験者と初心者を合わせて男子が9人、マネージャーをやりたいという女子もふたり来てくれた。さすがに女子選手志望はいなかったけど素晴らしい成果や。
想定よりも人数が多すぎるとは思ったけど、追い返すなんてとんでもない。これで紅白戦がやれる人数になったんよ。紅白戦ができるできないは非常に重要な要素だ。
ただうちの夢は文字通り儚くついえてしまった。これは防ぎ得たことなのかうちは考えた。その結果やはり最初からそんな大所帯を持つのは無理だったのだとうちは結論づけた。
順を追って話そう。マネージャー含め11人の新入生たちを見て、アホどもが妙に張り切ってしまったんよ。カッコイイところを見せようと思ったのかもしれない。先輩風を吹かそうと思ったのかもしれん。……いやうちとアホたれ10人も実は新入生なのだが、まあとにかくテンションが上がってしまったようだ。
ウチや鷲尾、設楽(彼らも高校に入ってからは呼び捨て)が初心者の子にキャッチボールの捕球方法とか教えたり、お手本を見せている間、他の経験者のアホどもはそれに対抗するようにキャッチボールを始めたんよ。本当なら奴らにも教えるのを手伝って欲しいのだけど、自ら進んでやってくれる鷲尾や設楽の方がありがたいしな。
キャッチボール、それは別に構わない。でもウチが集めた連中の中で一番肩が強いやつらは90m近く離れてキャッチボールをするんよ。それもちゃんと相手のいるところに投げる。
遠投90mちゃうで? トモカズとか高校入学前に遠投110mを超えてるからな。プロにいた時は130mを超えてたからまだ伸びしろがある。
もしそれが1組だけならこんなスゴイ奴もいるんだな、ぐらいで良かったのだけど、ウチが集めた連中は肩が弱い方でも60mぐらいでキャッチボールができる。強豪校のレギュラーを比較に出すと、ポジションにもよるけどだいたい遠投でも70m~90mぐらいで、100mを超える選手はあまりいない。
何が言いたいかというと、高1の春でこの距離でキャッチボールできるというんはめちゃめちゃ身体能力と野球の技術、その両方が高いことを示すねん。それも素人目にわかるレベルで。
そしてアホやからすぐ飽きてきたのか、ランダムに投げ始めた。つまり相手がぎりぎり捕球できるところを狙って投げる。左右に動くと他のペアの邪魔になるので揺さぶりは前後のみ、一応は考えてはいるようだ。
これは投げわける方も難しいけれど、受け側もジャンプしたり逆に前に詰めてスライディングキャッチしたり結構難しいことをして遊んでいる。いや練習を楽しむのはいいんよ。普段うちもそれを勧めている。せやけどな、その距離をその低い球筋できっちり投げるのは普通の高校生が3年かかっても無理なんよ。なんなら距離が半分でも難しい。だって球筋が低いと距離感がつかみにくいから捕球することかて難しいねん。投げるだけやなくて取るのも大変やねん。
未経験者はもちろん、野球経験者ならなおさら、アホどもが普通やないことに気が付いたやろ。そしてその後ペアを変えたら、思いっきり遊ばれてることにも気が付いてしまうんやねえ。ともかく一事が万事この調子で、ダッシュにせよベーランにせよシャトルランにせよランニングにせよ走るだけでも全然ちゃうねん。
何かにつけて差を見せつけよんねん。あほやろ? でもうちも途中で気が付いた。ああそういうことか。このアホどもはアホども同士で張り合っとるんやね。それに気が付かないうちが一番アホやった。そういうわけなんやね。
そんな感じで入学して二週間も経たないうちに、部活発表会でうちの話を聞いて入ってくれたメンバーは、たったひとりしか残らなかった。初日にひとり、翌日にひとり、あとはもう櫛の歯が欠けるように辞めていってしまった。
ただひとり残ってくれたのは女子マネージャー志望の五十鈴さん。もうひとりのマネ候補は彼氏が野球部に入らないからと言ってやめおった。ともかく「五十鈴さん」ありがとう。女子がうちだけになってまうところやった。




