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さよならホームラン  作者: 多手ててと
4回

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4回裏(2)

 他の代理人はどうだか知らないが、私は入団交渉の時、その選手の長所だけでなく短所も伝える。打球処理の判断が早くセカンドとしても刺殺、補殺が多くダブルプレイの成功数も多い。選球眼がよく出塁率は高いが、長打がなくOPSは低い。得点は多いが打点は少ないチャンスメーカー。足の速さの割に盗塁は多いとは言えない。だが走塁死がシーズン通じて非常に少ない。そして英語は全然話せない。


 しかしこのチームにきたらこの選手はこれくらい活躍するはずだ、というのを私は具体的な数字を見せながら説明する。このチームが上の順位に行くために、最も足りないピースであるセカンドを埋めるのが彼なのだと私はいろんな観点から強調した。


『よくわかったよエリコ、確かに彼はウチのチームに新たな選択肢を与えてくれるだろう』


 私のプレゼンはそれなりに成功したようだ。その程度の人間観察力が無ければこの仕事は務まらない。


『ありがとうございます。それでは具体的な条件を詰めていきましょう。まず最も大切な契約金について話しましょう』


 自分が代理人を務める選手が評価されるのは良いことだ。だが、代理人の最も大事な仕事は、依頼者である選手とその家族に喜んでもらえる条件を引き出して来ることだ。


『まず契約金額だが……エリコ、君のやり方を私は良く知っている』


 そう私は彼と、これまで何度も交渉をしたことがある。


『だからこれだけ出そう』


 ささっとメモに書かれた数字は決して悪いものでは無かった。だがこれでは最近他球団で提示された金額には及ばない。


『あなたが私のやり方を知ってくれているのは嬉しいわ』


 私は無駄なはったりは使わない。


『でもこれでは今、他からもらっている金額には及ばないわね』


『そうか、ならばこうだ』


 彼はメモの先ほどの数字に横線を引くと、私の予想よりも大きく金額を越えてきた。


『ありがとう、とても良い数字だわ。暫定トップに躍り出たわね』


このあたりも私は正直に話すことにしている。駆け引きよりも誠実さと選手とチームにとってどれだけ利益があるかを具体的に話すやり方の方が好きだ。


『そうか、それは良かった。それならこうだ』


 意外なことに彼は再度数字に横線を引き、新たな金額を書き込んだ。数字はさらに2割程上がった。


『即決してもらえるならこの金額を出そう。こちらは少しでも早くセカンドを埋めたい。そうでないと、よいピッチャーを取って来てもワールドシリーズには行けないからね。来年は本気でワールドチャンピオンを狙っているのだよ』


 最後のセリフは私に対する皮肉かもしれない。だが重要なのは前半で、それについては私も同意だ。早く彼に落ち着いて欲しいと思っている。私は立ち上がって右手を出した。


 それから住居や、通訳、プレスリリースや選手が訪米するタイミングなどの細かい話を詰めていく。だいたいのスケジュールが決まった時点で、私は球団のオフィスを出た。駐車場から日本にいる選手に電話する。


『そんな金額で? メジャーは凄いって聞いていますけど、流石ですね』


 依頼人に喜んでもらえたのはありがたいけれど、しっかり釘を刺しておくことにする。


『あなたはまだスタートラインに立っただけよ。これからが大変なの。あなたならプレイスタイル、メンタル、体力、すべて大丈夫だと判断されたから上手くいったの。もちろん私のアピールも忘れないでもらいたいけど』


『わかっています。本当にメジャー挑戦は夢だったので。挑戦者の気持ちを忘れずに頑張ります』


 大丈夫だと思うけど何度も念を押すことを忘れてはいけない。


『まずは早いうちにシーズンの疲れを抜いて。それから体づくりだけど、日本にいる時よりも早めに準備してね。あとは球団にも連絡入れておくわ』


 FAじゃなくてポスティングだから、所属する日本の球団にも譲渡金が入る。譲渡金は契約金に比例して渡されるので、球団としてもいい臨時ボーナスになるだろう。


 さて、今シーズンの一番大きな仕事はこれで峠を越えたかな。もちろん実際に住居や通訳は確認しないといけないし、メディカルチェックでなにか見つかる可能性もある。契約書を取り交わすまでにはいろいろあるし、契約を結んだ後もなんやかんやいろいろある。


 その時私のスマホが震えた。夫からだ。


「今大丈夫?」


「ちょうど一仕事(ひとしごと)わったところ、子どもたちに何かあった?」


「いや、子どもじゃなくて俺に。ついさっき球団が俺をトレードに出したいって電話してきた」


 私の夫は今の球団と複数年契約を結んでいる。その中には出来高分も含まれている。例えば今年ならレギュラーシーズンの最多勝、最優秀防御率、最多奪三振をとってワールドシリーズでも2試合勝っているから、我が家の家計はかなり潤沢なものになるはずだ。


 そんなチームの勝ち頭をトレードに出すのか? 35歳になると言っても契約期間もまだ残っているのに?


 理由は簡単。より金があって、来シーズン必ずワールドシリーズを取ることを目標にしている球団が移籍金を出すと言っているのだろう。有望な若手やドラフトの指名権もトレードに含まれている可能性もある。私はその球団に心辺(こころあた)りがあった。


 やれやれ。もう一度オフィスに戻ってGMと話し合う必要があるようだ。多分彼も私が戻って来ることを予想しているのではないだろうか?

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