4回裏(1)
『やあ、エリコよく来てくれた』
私は快くメジャーリーグの球団事務所に出迎えられた。
『もちろん仕事ですからね。今日は快い返事が頂けるものと思っておりますわ』
私はわざとらしく笑顔を作った。
私は大貫枝里子。今日はシャーロット・ガーディアンズのGMとの打ち合わせのために来た。この球団は最近マーケティングが上手くいっていて、観客収入、広告収入、さらにWebなどでかなりの収益を上げている。だからここ数年は球場や練習場の設備の他、即戦力の補強に力を入れ、成績を上げてさらなる好循環を作り上げようとしている。つまり私のお得意様だ。
私は現在10人程の選手のエージェント、つまり代理人を務めている。そのうち6人が日本人。そして私にとって7人目になるはずの日本人メジャーリーガーの売り込みにきた。
現在のポスティングシステムは自由競争なので、こうやって代理人が各球団を回ってその選手をアピールしている。アメリカでは代理人になるのに登録は必要だが資格は要らない。でも日本では弁護士資格が必要。当然私もその資格を持っている。
選手も代理人が弁護士資格を持っている方が安心だと思う。最悪ポスティングが失敗、あるいは上手く行っても、将来日本に帰るつもりの選手もいる。そういった場合、日本の球団と交渉する必要がある。日本の弁護士とアメリカのエージェントでチームを作る場合もあるけれど、私ならひとりで双方と交渉できるというのが強みだ。
チームは上手くいけば単独よりも力を発揮するけれど、大金が絡むとえてして上手くいかないことがある。
選手は出場機会のあるチームに行きたい。あるいは自分の憧れのチームがある場合もある。家族が安全に暮らせる場所が良いし、契約期間中に自身や家族など何らかの理由で日本に帰りたくなる場合もある。
エージェントは自分の取り分に直結する契約金や年棒を気にする場合が多い。だから選手が希望する年棒を超えても、より高く札束を積むチームを選びがちだ。
同じことは日本の代理人にも言える。特定の球団とのパイプが太い、細いとかもあるし、自分が代理人を務めている他の選手との兼ね合いなどもある。また条件次第で日本でプレーした方が良いと考える場合もある。
このようにそれぞれの思惑がずれるのが当たり前だし、この3者の力関係が平等ではない事にも注目しないといけない。具体的なケースについては挙げられないが、アメリカのエージェントのいうがままに契約してしまうケースだって多い。選手は自分のMLBでの価値がわからない場合も少なくないし、弁護士も依頼人を守れないことだってある。
そう考えるとほら、日米どちらにも顔がきいて、双方の言葉や文化に通じていて、女性だから選手のご婦人、ご家族にアメリカに住む日本人女性ならではの配慮までできる人物の力が借りたくならない?
私の場合は女だてらに甲子園に出ている事。そして夫である大貫智一を始め高校時代のチームメイトたちを無事に大型契約に結び付けたことが信頼の礎になっている。なお私より若い女性甲子園出場選手がいまだにいないのは少し寂しい。
そしてこちらの選手でも私に代理人をやって欲しいという選手が出て来たのでそれを引き受けている。どこかの代理人みたいに企業でやっているわけではなく、零細な個人事業なので流石にあまり手を広げるわけにはいかない。
特にトラブルもないのに選手との契約を更新しないなんて不義理はしない。あまり言いたくはないがトラブルがある場合は契約を切る場合もある。というか向こうから切ってくる。他の代理人だと年棒が倍になると言ってるからそちらに乗り換える、と言う場合ね。
私は去る者は追わない事にしている。いい年した大人の判断なんだからそれを尊重している。それが建前、実際はその後も面倒なことが起きる予感がするからだ。予感が外れて皆ハッピーであればそれに越したことはないのだが……
夫を含めて私が関わった選手は誰もが活躍している。そして選手と球団の契約金額に対する手数料が代理人である私の懐に入って来る。条件は個別に違う場合が多いけれど、私の場合一律10%にしている。
これは比率としては多い方だけど、球団との契約金以外の諸条件、選手の住居の手配。家族が一緒に来る場合だと奥さんやお子さんからヒアリングして、その生活基盤を整えることもする。日本人学校に通いたいとか、逆に現地の学校に通いたいとか、ハウスキーパーの手配とかオフシーズンに日本に帰国する場合の手配もする。そうそう面倒な税金の処理も引き受ける。代理人の仕事は決して楽ではない。
しつこいですが、このお話は2023年12月に書きました。
その後の2024年の9月、なんと公正取引委員会の勧告で、日本のプロ野球選手の代理人は弁護士でなくてもなれるようになりました……




