4回表(1)
その日うちは自転車を転がして、家から結構離れた河川敷のグランドにやって来た。別に試合があるわけじゃない。この河川敷で練習している少年野球のチームはいくつかあるが、うちは目当ての特徴的なユニフォームを見つけると、自転車を土手に停めてグランドへと下りた。
こうして近づいていくといつものことだが周囲から視線が集まる。まあ見た目はいいし、野球界ではうちは結構有名人やからな。そしてうちは目当てのチームの監督に近づいていった。
「神崎監督、私は東萩ブルースの滝沢枝里子と申します。お忙しいところ申し訳ありません」
もちろんお名前も顔も事前に調べておいた。
「ああ、あなたの事は私も知ってるよ。今日はどうしてここへ? 練習試合かなにかの話かな?」
神崎監督が普段大阪弁だと言うことも知っている。標準語なのは単にうちに合わせたんか、それとも結構警戒されてるんかもしれん。
「違います。スカウトに来ました」
「は? シニアのチームが?」
シニアのチームがボーイズの選手を引き抜いたりしたら大問題になる。それが本人の希望というなら百歩譲って仕方がないかもしれないが。
「違います。同じ高校に行こうというスカウトです」
「ああ、そういうこと。でもあなたは今、中学2年生だよね」
さっきから選手たちの練習が止まってこちらを見ているけどよいのだろうか?
「今から動いておかないと間に合わないと思うので」
ええ選手にはいろんな高校から話が来る。でも私の今日のお目当てにはまだ話が来てないと思う。
「ふーん。で、誰なん?」
監督はまだ不審そうではあるが一定のご理解は頂いたようだ。
「あそこの外井選手です」
うちは今、投球練習中の選手を指さす。
「外井?」
監督は多少驚かれたようだ。まあそうかもしれない。このチームの現時点では3番手のピッチャーやからね。来年でも1番手になれるかは微妙。でもこの後、高卒で即プロに行ける野手に成長するのをうちは知っとるんよ。しかも高卒2年目に一軍デビューするとそこから、4年連続柵越え15本。20代半ばからケガとの戦いに悩まされるがそれでも生涯成績は首位打者3回、本塁打王2回、打点王2回、盗塁王2回、ベストナイン5回。ゴールデングラブ賞6回。実際投球練習を見ても、その潜在能力の高さは伝わってくる。
「おーい、外井、ちょっと来い」
監督さんが投げ込みをしている外井君を呼んでくれる。
「このお姉さんがお前に用事があるって」
私をちらりと見て、なんすか、面倒なんだけど、みたいな視線で見てきよった。私はまた挨拶して用件を告げた。
「はあ? 同じ高校に行こうって? ちなみにどこの高校なん?」
至極あたり前の質問から始まった。
「府立川添高校やけど」
「川添? 聞いたことないで? いや高校自体はまあまあ近くやから知ってるけど野球では知らん」
さっきから喧嘩腰に聞いて来るなあ。でも今の周囲の評価と今後の実力を考えると是非欲しい人材なんよね。
「今、川添高校には野球部が硬式も軟式も無いんよ。再来年、うちらが進学した時に作るって校長先生ともう話をつけてある。グランド広いけど使う部活は少ないから野球部のためのスペースは十分にある」
川添高校は成績的に言えば中の上ぐらい、昔はラグビー部が強かったらしいけど、昨年に大きな不祥事を起こして廃部になった。今はダンス、卓球、バスケではそこそこ有名だけどこれらはすべてインドアの競技。
だから立派な照明付きのグランドの方は全然活用されていない。ウェイトトレーニングの設備もラグビー部が使っていたのでとても充実している。でも今は他の部活の人がたまに使うぐらい。
うちがそういうと外井君は思いっきり首をふった。
「ねーよ。俺は強豪校に行ってそこでレギュラーとって甲子園行くんだよ」
「まあ気持ちはわかるけど、今のままじゃ難しない?」
うちはそう言ったが外井君は素質の塊だから、今から野手にコンバートすれば高校入学前に間に合うかもしれない。
「やかましいわ。ていうか漫画か? 公立高校で新設野球部作って甲子園行こうなんて、アホちゃうか?」
「いやそれがマジやねん。まあ1年、2年の夏は正直無理やと思うねんけど、3年の春には確実に行ける思うねん」
ここが大阪や無かったら2年の夏でも行けると思う。
甲子園に女子も出場可能になったのは今年の夏の大会が終わってからや。小6の夏以来のうちの活動がようやく実を結んだということになる。つぅかとっくに外堀は埋まっていて、こうなるのはもう時間の問
題やったのに偉い人達は素直になられへんのよ。往生際が悪いねん。
「監督はどうすんねん。監督がアホやったら練習も試合も無理やろ?」
真っ先に指導者に考えが及ぶのは思ったより頭が回るみたい。まあホンマのアホやったらプロで活躍でけへんわな。
「来年から女子が試合に出れるようになった。それと同時に生徒が監督務めるのもええことになったやろ。知らん?」
プロ野球やったらプレイングマネージャーもいた。バスケットボールの漫画には高校生の選手権監督がおったけど、ホンマはどうか知らん。
「そうやったっけ? ほな生徒の誰かが監督するんか? 初監督でもギャンブルやのに、生徒なんて指導経験ないやろ。バクチもええとこやんけ!」
まったくもっておっしゃる通りなのだけれど、うちは自分自身を指さした。それを見たら外井君はしばらく黙ってうちをジロジロ見てからまた話し始めた。
「あほなんか? 監督て言うても女子代表やろ? ホンマにマンガやな」
外井君、ちゃんとうちの事知ってるやん。知らんぷりしてたんか途中で思い出したのかはわからんけど。




