2回表(4)
そしてうちらが6年になってからは本当に強いチームになった。夏の大会、府大会の決勝の相手はまたしても北堂、笹沢君と黒木君は去年よりグレードアップしてたけど、他の選手はイマイチのままだった。でも北堂は2年連続準優勝だから、これから強くなるんちゃうかな? 笹沢君と黒木君の後継者がいればやけど……それはうちらも同じや。
その勢いで全国でも優勝したので、みんな急にパスポートを用意することになった。そしてアジア・太平洋地区選手権でも優勝したので、ワールドシリーズにも出場した。
このリトルリーグのワールドシリーズが行われるのは当然アメリカ、球場はペンシルベニア州にある。いつか夢の中で働いていたボストンに行くのが夢やったけど、ペンシルバニアでも地球規模でいうたら近い。まあ今回ボストンに寄ることはできないけどね。
そしてこの大会でうちはスター扱いされた。何といっても出場選手の中で女子選手はうちしかおらんししかもレギュラー。かつて夢の中ではアメリカで働いていたので英語も完璧。こんなことを言ったら嫌なやっちゃなと思われるやろうけど、ルックスもかなりよい方だと思う。そしてなんといっても試合に出て活躍する。
試合に勝てばすぐ記者たちが駆け付けて来る。うちはネイティブな東海岸の英語でそれに応える。うちらの監督でも英語なんか、カタコトもよう話しはれへんからな。
『はい、3回表裏の攻防がこの試合のキーポイントでした。私たちもエラーはあったもののチームワークでリカバリーできました。私は走塁ミスをしましたけど、あの状況でホームに突っ込んでくれたサードランナーのシュンがよい判断をしてくれたと思います。その後ベンチがとてもよい雰囲気になり、勝てるんじゃないかと盛り上がりました』
エラーをリカバリーしたのもウチだし、外野にヒットを打っておきながら、一塁ベースを蹴ったのは、ランダウンプレイに持ち込んで、三塁ランナーの高見沢君を還すという作戦だったので別にミスではない。せやけど口では別の事を言った。うちは慎み深い日本人やねん。そして4回以降は一方的なゲームになったわけやけど、そこには触れない。無敗で優勝を決めた直後であってもだ。慎み深いやろ?
『この後もベースボールを続けるのですか?』
そしてここにはアメリカのマスコミだけではなく日本のマスコミも来とるんよね。うちもそうやけど日本人は海外で活躍している同胞が好きだ。うちの動画はアメリカのメディアで大会が始まってからすぐに取り上げられたし、勝つたびにうちのコメントが全米のメディアに流された。
そうすると日本のマスコミもやってくるわけや。せやからうちはちょっと賭けてみることにした。だって元々出られへんことに決まってることやからダメで元々や。
『あと3年間は続けると思いますが、そこで辞めます』
うちがそう断言すると周囲で落胆の声が起こる。
『なぜ?』『どうして』そんな声が聞こえて来る。よしよし場がいい感じになってきた。この状況でインタビューが続く。
『なぜ3年後にベースボールを辞めてしまうのですか?』
うちはため息をついた。わざとらしかったかもしれん。
『キャリアパスが閉ざされているからです。あと3年間はシニアで男子に混じってベースボールを楽しむことが許されていますが。その後私がプレイできるところはありません』
うちは甲子園の主催者様である日本の新聞社が来ていることを確認した上で話を続ける。
『ジャパニーズレスリングでは、女性がリングの中に入ることが許されていません。私はオオサカに住んでいますが、そこで優勝したレスラーにオオサカのガバナー(府知事)賞が渡されます。ですがガバナーが女性の場合渡すことができないのです。女性だからという理由でスモウリングの中には入れません』
この時代、まだ女性知事は誕生していないが近い将来そうなる、かもしれん。
『同じように、ベースボールのハイスクールの大会では、選手としてはもちろん女子マネージャーがベンチに入ることすらできません。普段スコアブックをつけている女子マネージャではなくて、大会では男子がスコアブックをつけます。女性というだけでベンチにすら入れないのです』
うちはわざとウソをついた。実は今年(1996年)から女子マネージャがベンチに入れるようになったんよ。だが8月に入って比較的すぐにペンシルバニアにきているうちが知らなくてもおかしくないはずだ。
『なぜそのようなことになっているのですか?』
実にええ質問やね。
『さぁ? 私よりもそこの新聞社の人たちの方が詳しいでしょう。なにせその大会の主催者なのですから』
急遽話を振られた新聞社の人が戸惑っている。それはそうだろうと思うがもううちはルビコン川を渡ってしまった。ポイントオブノーリターンって奴やね。
『えっと、その、滝沢さんは間違っていますよ。今年から女子マネージャーはベンチに入れるようになりました』
予想した通りの回答が帰ってきた。
『そうなんですね、知りませんでした。ありがとうございます。ではなぜ去年までダメだったんですか?』
『それは、危険だからです』
『ベンチの中にいるのにですか。それでは観客も男性だけにしないとスジが通りませんよね』
『いやベンチの方が危険です』
『その理由は合理的ですか? ではなぜそんな危険なスポーツのスポンサーをされているのですか?』
『格闘技でもそうでしょう? ちゃんと訓練していないと危ないのは野球も同じです』
『ではなぜちゃんと訓練を受けた女性がプレイできないのでしょう? 合理的な理由を教えてください』
『私は知りません』
確かに彼は新聞社の1社員。もしかしたら嘱託かもしれない。その人に会社だけでなく、連盟の意見まで聞くのは酷だ。それはわかっている。だが気の毒だがここにいるのはあなたなのだ。
『あなたはジャーナリストではないのですか? このリトルリーグ・ワールドシリーズで感じたこと、伝えるべきことを、あなたの新聞の読者に伝えるのが仕事ではないのですか?』
今うちの周りにいるのはベースボールのジャーナリストたちだから、この言葉に刺激を受けない人間はいないに違いない。申し訳ないけどうちは彼を完全に悪者にした。アメリカの記者たちが彼にマイクを向けるが彼はもう一言も話さない。それをマイクだけでなくカメラもまたそれを捉えている。
『私は今、あなたに八つ当たりをしてしまいました。それについて深くお詫びします。ですがわかって欲しいのです。私と同じように多くの女子選手が硬式野球の大会に出たいと思っていることを。あなた方がただのディファレンティアリストではなく、合理的な理由によって女子選手を認めないことを教えてくださることを願っています』
本当に多くの女子選手がそう思っているかは知らない。私がしる統計にはない。
そしてディファレンティアリストとは「差別主義者」のことだ。本来ならここは「性差別主義者」の方が的確だろうけれどそうするとフェミニズムの一環と捉えられる可能性がある。だからうちは敢えて主語を大きくした。ディファレンティアリストだと人種差別とかも含むからね。日本人だとわからないかもしれないけれど、アメリカ人、特にインテリ層にとってはものすごい侮蔑語なんよ。うちはまだまだ独演会を続ける。
『アメリカの、そして世界のベースボールを愛する皆さん。どうか私に力を貸してください。このままでは3年後、私は合理的な理由無しにベースボールを辞めなければなりません。私たち日本の女子選手に、ベースボールを続ける権利を与えるよう働きかけてください。私たちがグランドでプレイボールの声を聞けるように協力してください。私は差別主義者に屈服したくありません』
そうしてうちは頭を下げた。正直な話をすると、ここで拍手を受けるのは優勝した時と同じぐらい気持ちがよかった。
でもうちはひとつだけ指摘されなくて良かったと思ったことがある。それは本塁でのクロスプレイだ。監督にすら、滝沢はもうキャッチャーは辞めた方がええ、と言われた。うちがキャッチャーをやっている限り、危険なタックルをしてくる選手はいるやろな。コリジョンルールができるのはまだまだ先や。今はまだ少年野球やから大丈夫かもしれんけど、中学生になったら全力で走って来るランナーにうちは吹き飛ばされてしまうやろう。
原作(同人誌)を書いた時点(2023年末)では日本に女性首相が誕生するとは夢にも思っておりませんでした。なので大相撲の大阪府知事杯を女性府知事が渡せなかったことを書いたのですが、今なら内閣総理大臣杯でしょうね。
このあたり2027年の知識を持っているはずの主人公のセリフを書き換えようかとも思いましたが、他にもいろいろありそうなのでこのままにしておきます。




