第58話 医者が来ない理由
診療所の扉は開いていた。
だが、中は少し慌ただしい。
「包帯は?」
「あと二巻き」
「薬は?」
「解熱剤が切れた」
医者が棚を覗き込みながら舌打ちした。
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リオンは入口で立ち止まった。
「……大丈夫か」
医者は振り向きもしない。
「大丈夫じゃない」
即答だった。
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「昨日まではな」
棚を閉める。
「荷車が来ない」
「薬が来ない」
「それだけだ」
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「それだけ?」
リオンは眉をひそめる。
「それだけで終わる」
医者は淡々と言う。
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診療所は小さい。
ベッドは三つ。
棚も古い。
それでもこの街では、唯一の医療だ。
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「怪我人が出たら?」
リオンが聞く。
「出る」
「どうする」
「できることをする」
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医者は肩をすくめた。
「できないことは、できない」
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そのとき、扉が開いた。
男が肩を押さえて入ってくる。
「転んだ」
「見れば分かる」
医者はすぐに腕を触った。
「骨は無事だ」
「運がいい」
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包帯を巻く。
手際は早い。
だが――
棚を見て、少しだけ顔が曇った。
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「包帯、最後だな」
ぽつりと呟く。
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リオンはそれを聞いていた。
「……荷車が止まってるからか」
「そうだ」
医者は短く答える。
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「事故じゃない」
「違う」
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医者は、少しだけ笑った。
苦笑だ。
「安全のためだろ」
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リオンは言葉を失った。
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「安全のために」
医者は包帯を締めながら続ける。
「危ない街には、医療を送らない」
「事故が起きたら責任になる」
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男は包帯を見て言った。
「まあ治った」
「治ってない」
医者は即答した。
「応急処置だ」
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男は笑って出ていく。
「ありがとうな」
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診療所は、また静かになった。
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リオンは棚を見た。
空の箱。
少ない薬。
「……これ、やばいな」
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医者は椅子に座った。
「そうだな」
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「怒らないのか」
リオンが聞く。
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医者は少し考えてから答えた。
「怒る相手がいない」
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「オラクルだろ」
「顔が見えない」
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しばらく沈黙が続いた。
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カイが静かに言う。
「これは」
一拍置く。
「始まりだ」
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リオンはため息をついた。
「またそれか」
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「まだ軽い」
カイは街を見ていた。
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「本当の問題は」
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「人が気づいたときだ」
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医療が止まり、
物流が止まり、
物資が減る。
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それでも人はまだ笑う。
まだ怒らない。
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だが――
それがいつまで続くのか、
誰も知らなかった。
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医者が来ない理由。
それは事故でも、
距離でもない。
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**安全の計算だった。**
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