第55話 ここにいていい理由
夕方、街は少し静かだった。
市場はまだ開いているが、
昼の喧騒ほどではない。
風が、ゆっくり通りを抜けていく。
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リオンは広場の端に座っていた。
木箱の上だ。
特別な場所じゃない。
だが、この街に来てから、
自然とここに座るようになっていた。
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「……何してる」
カイが近づいてくる。
「別に」
リオンは肩をすくめる。
「考えてるだけ」
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「何を」
「ここにいていいのかなって」
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カイは、少しだけ目を細めた。
「追い出されたか」
「いや」
リオンは苦笑する。
「誰も何も言わない」
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「それが気になるのか」
「ちょっとな」
リオンは足をぶらぶらさせる。
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「管理区域ならさ」
リオンは言う。
「ここにいる理由が必要なんだよ」
「働いてる」
「住民登録がある」
「許可されてる」
「全部、理由」
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「ここは?」
カイが聞く。
「ない」
リオンは笑う。
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そのとき、後ろから声が飛んできた。
「おい」
振り向くと、パン屋の男が立っていた。
「暇なら手伝え」
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「……俺?」
「他に誰がいる」
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店の前では、粉袋が積み上がっている。
「朝の分が遅れた」
「運ぶの手伝え」
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「金は?」
リオンが聞く。
「パンやる」
「それだけ?」
「それだけ」
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リオンは少し考えてから立ち上がった。
「まあいいか」
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袋は重かった。
「くそ……重い」
「弱いな」
「うるせえ」
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何往復かしているうちに、
腕がだるくなってきた。
汗も出る。
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「終わりだ」
パン屋が言った。
紙袋を一つ渡す。
「約束のパンだ」
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リオンは袋を受け取った。
まだ温かい。
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「……ありがと」
「また暇なら来い」
パン屋はそれだけ言って店に戻る。
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リオンは広場に戻った。
袋を開けてパンをちぎる。
「うまい」
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「理由ができたな」
カイが言う。
「何の?」
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「ここにいる理由だ」
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リオンは少し笑った。
「パン運んだから?」
「それで十分だ」
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夕日が街を染めている。
誰も許可を出さない。
誰も評価しない。
それでも、
仕事はあり、
食べ物があり、
笑い声がある。
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リオンは、ゆっくり息を吐いた。
「……ここなら」
一度言葉を止めてから、
「ここなら、俺いてもいい気がする」
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カイは答えなかった。
ただ、街を見ていた。
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理由は、大きくなくていい。
世界を救う必要もない。
誰かに必要とされる必要もない。
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パンを運んだ。
パンを食べた。
それだけで――
**ここにいていい理由になる。**
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