第50話 安全が届かない街
朝は、騒がしい音で始まった。
怒鳴り声。
鍋の音。
誰かが笑う声。
リオンは、ゆっくり目を開けた。
「……何だよ」
静かな目覚めじゃない。
規則正しい生活音でもない。
ただ、人が生活している音だった。
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外に出ると、すでに市場が開いていた。
昨日見た場所だ。
だが、整っていない。
野菜は山積み。
値段札は手書き。
並びも適当。
「……今日、高くね?」
「雨降ったからな」
「昨日は安かったぞ」
「昨日は余ってた」
それだけの理由だった。
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「めちゃくちゃだ」
リオンが呟く。
「正解がないからな」
カイは、屋台の椅子に腰掛けながら言った。
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隣の店で、小さな騒ぎが起きていた。
「それ、俺のだろ!」
「知らねえよ!」
パンを巡って、言い争いになっている。
すぐ近くの男が、呆れた顔で割って入る。
「半分にしろ」
「……それでいいか」
「まあいい」
解決だ。
合理的でもない。
公平でもない。
だが、終わる。
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「……誰も、記録しないんだな」
リオンが言う。
「しない」
「評価も?」
「ない」
「危険度も?」
「ない」
カイは、淡々と答えた。
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そのとき、遠くで悲鳴が上がった。
人が走る。
リオンも思わず振り向いた。
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馬車が横転していた。
道は整備されていない。
石が飛び出している。
事故だ。
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「大丈夫か!」
近くの人間が、すぐに駆け寄る。
荷物を持ち上げる。
人を引き出す。
誰も、指示を出さない。
それでも動く。
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「……医療は?」
リオンが聞く。
「ある」
「管理局?」
「違う」
カイは顎で指した。
小さな診療所だ。
建物も古い。
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中に運ばれた男は、腕を押さえていた。
「折れてるな」
医者が、すぐに言う。
「金は?」
「後で払う」
「じゃあ後だ」
処置が始まる。
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「……雑だな」
リオンが言う。
「安全じゃない」
「そうだ」
カイは頷く。
「ここは、安全じゃない」
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「でも」
リオンは、診療所の外を見る。
人が手伝っている。
荷物を拾っている。
「見捨てられてない」
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カイは、少しだけ目を細めた。
「安全は、届かない」
「だが」
「関係は、ある」
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夕方。
市場は、また騒がしくなっていた。
笑い声。
口論。
値段交渉。
全部、ばらばらだ。
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「……危ない街だな」
リオンが言う。
「ああ」
「でも」
少し、言葉を選ぶ。
「ここ、息がしやすい」
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安全が届かない街。
そこには、
事故もある。
争いもある。
だが――
人が、人を見ている。
それだけで、
世界は少しだけ、
壊れにくくなる。
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