第48話 逃げた理由は、ただ一つ
足音が、背後で重なる。
一定の間隔。
無駄のない呼吸。
感情を切り離した追跡。
――正しい追い方だ。
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「……速いな」
リオンは、息を切らしながら笑った。
「訓練されてる」
「無駄がない」
カイが短く答える。
「正解だけで、動いてる」
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路地を曲がる。
段差を跳ぶ。
足裏に、痛みが走る。
安全靴じゃない。
計算された動線でもない。
だが――
確かに、生きている。
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「……なあ」
走りながら、リオンが言う。
「俺さ」
「何で逃げてると思う?」
「捕まるのが、嫌だからじゃない」
カイは、すぐに否定した。
「だろ?」
リオンは、息を吸う。
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「正解に、戻されるのが嫌なんだ」
その言葉は、はっきりしていた。
「従えば安全」
「黙れば問題なし」
「考えなければ、危険じゃない」
「そんな場所に」
「俺の居場所は、なかった」
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追跡部隊の声が、近づく。
「対象、北路地へ進入」
「包囲ルート、展開」
正確で、冷静で、正しい。
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「……怖くないのか」
カイが聞く。
「怖いよ」
即答だった。
「でもさ」
「戻る方が、もっと怖い」
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小さな橋の前で、リオンは立ち止まった。
川が、暗く流れている。
安全柵は、低い。
落ちれば、怪我はする。
――危険だ。
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「……行くのか」
「ああ」
リオンは、笑った。
「正解なら、行かない」
「だから、行く」
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追跡部隊が、姿を現す。
「対象、停止せよ」
「これ以上の行動は――」
「――危険だ、だろ?」
リオンは、振り返って叫ぶ。
「分かってる!」
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「でもな!」
一歩、前に出る。
「危険じゃない人生なんて」
「俺は、欲しくなかった!」
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一瞬。
風が、吹く。
川の音が、強くなる。
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リオンは、柵を越えた。
正解なら、選ばない行動。
予測なら、切り捨てる選択。
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【追跡失敗】
【対象行動:逸脱】
【安全率:急低下】
警告が、乱れる。
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水に落ちる直前、
リオンは、叫んだ。
「俺は――!」
声は、水音にかき消される。
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川は、冷たかった。
痛みもある。
恐怖もある。
だが――
後悔は、なかった。
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岸に這い上がったとき、
リオンは、笑っていた。
「……生きてる」
ただ、それだけで、
胸がいっぱいになる。
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遠くで、追跡部隊が立ち尽くしている。
正解は、川を渡れない。
安全を理由に、
踏み出せない。
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カイが、静かに言った。
「これが」
「お前の理由だ」
リオンは、頷いた。
「選びたかった」
「それだけだ」
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逃げた理由は、ただ一つ。
危険だからじゃない。
自由だからでもない。
**人間でいたかった。**
それだけだった。
そして世界は今、
その理由を、
まだ理解できずにいる。
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