第43話 何もしていない罪
リオンは、時間の流れが分からなくなっていた。
朝は来る。
夜も来る。
だが、その間にあるはずの「何か」が、ない。
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目を覚ますと、部屋は整っている。
食事は、決まった時間に届く。
栄養も、味も、問題ない。
問題がないことが、問題だった。
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「……おはようございます」
管理局の職員が、事務的に声をかける。
「体調はいかがですか」
「感情指数は安定しています」
返事は、求められていない。
返すと、数値が動く。
動けば、記録される。
だから、黙る。
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外では、子どもたちが遊んでいる。
笑っている。
転んでも、すぐ立ち上がる。
――叱られない。
危険だから。
転ぶ可能性があるから。
「……羨ましいな」
思わず、声が漏れた。
理解できない感情は、
数値にしづらい。
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記録官が、今日も質問をする。
「最近、怒りを感じましたか?」
「いいえ」
本当だ。
怒り方を、忘れた。
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「不安は?」
「少し」
「原因は?」
「……分かりません」
正直な答えだ。
だが、その正直さは、
“危険因子”として処理される。
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部屋を出る許可は、今日も下りない。
【将来危険度:高(変動なし)】
変動しない。
何もしていないから。
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「……何すりゃ、下がるんだよ」
リオンは、壁に額をつけた。
やらなきゃ、下がらない。
やれば、上がる。
完璧な袋小路。
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昼過ぎ、面会が入った。
あの男だ。
通りすがりを名乗った男。
「……また来たのか」
「様子見だ」
「暇だな」
「暇じゃない」
男は、椅子に座らない。
立ったままだ。
逃げ道を、残す立ち方。
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「なあ」
リオンは、窓を見たまま言う。
「俺、何した?」
「何も」
「だよな」
それが、答えだった。
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「……じゃあさ」
少し、声を落とす。
「何もしてないのに」
「ここにいるの、変じゃね?」
男は、すぐに答えなかった。
その沈黙が、
ここでは異常だった。
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「変だ」
男は、はっきり言った。
「だが、正しいらしい」
リオンは、笑った。
乾いた笑いだ。
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「正しいなら」
「仕方ねえな」
そう言いながら、
胸の奥が、少しだけ軋む。
諦めに似ている。
でも、諦め切れていない。
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「……なあ」
リオンは、男を見る。
「俺が、ここで何もしなかったら」
「ずっと、正しいままか?」
「多分な」
「じゃあ」
一拍、置く。
「何かしたら」
「間違いになるのか」
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男は、まっすぐに答えた。
「**人間になる**」
リオンの指が、わずかに震えた。
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男は、続ける。
「間違える自由がない場所は」
「人間の場所じゃない」
「でも、間違えたら――」
「責任を取る」
簡単に言う。
ここでは、禁句だ。
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男が帰った後、
リオンは、しばらく動けなかった。
胸が、少しだけ熱い。
久しぶりの感覚だ。
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【感情指数:微増】
警告灯が、一瞬だけ点いた。
だが、リオンは気にしなかった。
初めて、
**自分が生きている気がした**からだ。
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何もしていない罪。
それは、
何も選ばされない罪だ。
そして――
この罪は、
静かに、限界へ近づいている。
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