第41話 世界は、彼のやり方を覚えた
違和感は、拍子抜けするほど静かだった。
叫びもない。
混乱もない。
異常値の急上昇すらない。
ただ――世界が、妙に落ち着いている。
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「……犯罪率、また下がってます」
宿の一室で、エリスが報告書をめくる。
「事故発生率も」
「魔導炉の暴走件数も」
俺は、黙って聞いていた。
「全部、“予防管理区域”の数字です」
その言葉で、空気が変わる。
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予防管理区域。
オラクルが主導する新しい都市モデル。
危険を予測し、問題が起きる前に介入する。
理念だけ聞けば、理想的だ。
「……平和ですね」
エリスが、正直な感想を言う。
「ああ」
俺は、否定しない。
「だからこそ、危ない」
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街を歩く。
人通りは多い。
整備も行き届いている。
治安もいい。
だが――
足音が、揃いすぎている。
「……視線、気づきました?」
エリスが、小声で言う。
「ああ」
人々が、こちらを“見る”。
警戒ではない。
評価でもない。
――確認だ。
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広場の掲示板。
【行動指針・推奨ルート】
【感情安定化のための生活提案】
【危険度評価:低】
誰に向けたものか、分からない。
だから、全員に向けたものだ。
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「……安心、しますよね」
エリスが言う。
「何をしていいか」
「何をしなくていいか」
「全部、書いてある」
「安心は、判断の代替品だ」
俺は、そう返した。
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小さな路地で、子どもたちが遊んでいた。
笑っている。
だが、声が小さい。
「……大人みたいですね」
エリスの言葉に、俺は頷いた。
「間違え方を、知らない顔だ」
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管理局で、簡単な説明を受ける。
「問題行動は、事前に抑制しています」
「必要なら、環境調整を」
調整。
便利な言葉だ。
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「……あなたの理論を、参考にしました」
担当官が、悪びれもなく言う。
「壊れる前に止める」
「素晴らしい発想です」
胸の奥が、わずかに軋む。
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「俺は、“止めろ”とは言った」
静かに言った。
「“管理しろ”とは言ってない」
「結果は同じでは?」
「違う」
即答した。
「俺は、余白を残した」
「お前たちは、余白を消した」
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担当官は、首を傾げた。
本気で、分からない顔だ。
「……問題は、起きていませんが」
「起きなくなったんだ」
俺は、街を見る。
「起きる前に、消してるから」
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宿に戻る途中、エリスが聞いた。
「……止めますか」
「まだだ」
俺は、首を振る。
「世界は、学んでる途中だ」
「この“正しさ”が、どこまで行くか」
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夜。
街は静かだった。
危険もない。
不安もない。
だが――揺れもない。
それが、何より不安だった。
世界は、彼のやり方を覚えた。
だがそれは、
**彼が教えた形ではなかった。**
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