第38話 正解が走り出す
変化は、静かに、しかし確実に広がっていった。
名前は使われない。
だが、思想だけが独り歩きしている。
【予防的判断指針・暫定版】
【高リスク事象への事前介入】
中央連結都市の掲示板に、そんな文言が並び始めた。
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「……止まらないですね」
エリスが、資料をめくりながら言う。
「止めないからな」
俺は、短く答えた。
「俺が口を出したら」
「“やっぱり正解だった”になる」
それだけは、避けなければならない。
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新設された会議体は、効率的だった。
判断基準は明確。
例外は排除。
異論は“将来リスク”として処理される。
「……この人」
エリスが、ある記録を指差す。
「街を離れる許可が、下りていません」
「理由は?」
「感情不安定」
「将来、問題を起こす可能性がある、と」
“可能性”。
便利で、危険な言葉だ。
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「直接的な被害は?」
「ありません」
「むしろ、統計上は改善しています」
犯罪率は低下。
事故も減少。
混乱は抑えられている。
数字だけ見れば、成功だ。
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「……じゃあ、何が問題なんですか」
エリスが、少し迷いながら聞く。
「選択肢が、減ってる」
俺は、即答した。
「人が間違える余地が、消えてる」
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中央連結都市の外。
予防管理区画と呼ばれる区域では、
人々が静かに暮らしていた。
整然としている。
安全だ。
だが――息苦しい。
「……静かすぎる」
エリスが、ぽつりと言う。
「声を出す理由が、消されてる」
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報告が入る。
「予測管理機構〈オラクル〉」
「正式稼働を宣言」
名前が、ついた。
正解は、組織になった。
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「……来ますか」
エリスが聞く。
「来ない」
俺は、首を振る。
「俺を呼んだら、依存だ」
「だから、来ない」
世界は、自分で正解を走らせる。
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その夜。
中央連結都市の灯りは、いつもより明るかった。
秩序が、完成に近づいている証拠だ。
だが――
揺れが、消えている。
それが、怖かった。
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「……いつ、止めますか」
エリスが、静かに聞く。
「止めない」
俺は、夜景を見つめたまま答える。
「**自分で転ぶまで、走らせる**」
正解は、速すぎる。
そして――
速すぎるものは、必ず曲がれない。
それが、最後の歪みだ。
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