第36話 彼の名を使うな
翌朝、中央連結都市は妙に静かだった。
混乱がない。
抗議もない。
だが――張り紙が増えている。
【予防管理は、未来への責任】
【壊れる前に止める判断を】
どこかで見た言葉だ。
だが、文脈が違う。
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「……あなたの名前も、出てます」
エリスが、小さく紙束を差し出した。
そこには、はっきり書かれていた。
【魔導インフラ保全官カイの理論を基に】
胸の奥で、何かが冷えた。
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「正式声明は?」
「出ていません」
「でも、“非公式に”広がっています」
それが、一番広がるやり方だ。
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例の予測制御局。
今日は人が増えていた。
視察団。
記録官。
そして――演説台。
「我々は、彼の思想を継承する!」
壇上の男が、声を張り上げる。
「問題が起きる前に止める」
「それが、世界を守る唯一の道だ!」
拍手。
疑問のない拍手。
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俺は、前に出た。
「その名前、下ろせ」
ざわめき。
男が、戸惑ったようにこちらを見る。
「……ご本人、ですか?」
「そうだ」
会場が、静まり返る。
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「あなたのやっていることは」
俺は、はっきり言った。
「俺の思想じゃない」
「ですが、あなたは――」
「俺は、“考える余地”を残した」
「お前たちは、“考えなくていい正解”を配っている」
空気が、重くなる。
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「違いが、分かりますか」
誰も答えない。
「俺は、判断を分けた」
「お前たちは、判断を奪っている」
子どもの名が並んだリストが、脳裏をよぎる。
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「安全の名で、人を縛るな」
声は、低い。
だが、はっきり届く。
「未来は、管理するものじゃない」
「選ばせるものだ」
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男が、反論しようと口を開いた。
「ですが――被害が出る前に――」
「被害が出ない世界は、ない」
即答した。
「あるとしたら、それは」
「**息をしていない世界だ**」
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沈黙。
拍手は、起きなかった。
だが、ざわめきが変わる。
賛同でも反発でもない。
**考え始めた音**だ。
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「……彼の名は、使いません」
誰かが、ぽつりと言った。
「なら、最初から使うな」
俺は、そう返した。
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施設を出た後、エリスが聞いた。
「……敵、作りましたね」
「敵じゃない」
俺は、首を振る。
「俺を“正解”にしたがってるだけだ」
それが、一番手強い。
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夕方。
中央評議会から、呼び出しが来た。
「……話し合いを、したいと」
俺は、ため息をつく。
「逃げ道、塞ぎに来たな」
世界は、まだ学習中だ。
正しさを、
**道具にしないこと**を。
そして――
この章の本題は、ここから始まる。
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