第35話 正しさを模倣する者たち
違和感は、静かすぎるところから始まった。
「……処理が、早すぎますね」
エリスが、集まってくる報告書を見ながら言う。
「どれも、判断が一瞬です」
「迷いがない」
「迷いがない判断は、危険だ」
俺は、そう答えた。
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中央連結都市〈ハブ〉の外縁。
新設された小規模管理局で、視察が行われていた。
「こちらが、最新の予測制御室です」
案内役の青年は、誇らしげだった。
「異常兆候を数値化し、発生前に対応」
「判断遅延は、完全に排除しました」
壁一面に並ぶ、光の列。
確率、危険度、発生予測。
――どれも、見覚えがある。
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「……これは」
エリスが、声を落とす。
「私たちのやり方に、似てます」
「似ているが、違う」
俺は、表示を一つ指差した。
「ここだ」
「“発生前に排除”」
「その言葉が、決定的に違う」
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「問題が起きる前に止める」
青年は、迷いなく言う。
「それが、あなたのやり方でしょう?」
視線が、俺に向く。
その目に、悪意はない。
むしろ、尊敬がある。
それが、一番厄介だった。
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「俺は、“止める”とは言った」
俺は、静かに言う。
「“消す”とは言ってない」
「結果は、同じでは?」
「違う」
即答した。
「起きそうなものを消すのは、支配だ」
「起きたものに向き合うのは、責任だ」
青年は、理解できないという顔をした。
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制御室の奥に、リストがあった。
【要注意個体】
【感情不安定】
【将来異常発生率:高】
人名が、並んでいる。
子どもも、いた。
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「……これは、何ですか」
エリスの声が、硬くなる。
「予防です」
青年は、当然のように答える。
「問題が起きる前に、隔離します」
「隔離して、どうする」
「落ち着くまで、管理下に」
その言葉で、確信した。
**来た。**
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「……誰が、これを承認した」
「中央評議会の一部と」
「有識者です」
“有識者”。
正しさを語る資格を持った人間たち。
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俺は、制御室を見回した。
整然としている。
効率的だ。
安全そうだ。
そして――
**息苦しい。**
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「これは、俺のやり方じゃない」
はっきり言った。
「これは、“俺を使った別物”だ」
「ですが――」
「ですが、じゃない」
俺は、青年を見据えた。
「壊れる前に止める、という言葉を」
「“壊れそうなものを消す”に変えた」
「それは、もう違う思想だ」
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青年は、戸惑った。
「……安全は、悪ですか」
「安全を理由に、人を黙らせたら」
「それは、暴力だ」
言葉は、重く落ちた。
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施設を出た後、エリスが小さく言った。
「……始まりましたね」
「ああ」
俺は、空を見上げた。
「歪みは、形を変えた」
世界は、俺を手放し始めた。
同時に――
**俺の影を、作り始めた。**
それが、次の戦いだ。
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