3話・まさかこちらに居座っていたとは
〇前半は、ある諜報員の目から見た過去話です。
エスメラルダ公爵令嬢が気にしている、例の出来事は殿下が陛下と二人でかん口令を敷いた等と言っていたが、それは違う。ご令嬢は預かり知らぬことだが、殿下はあの日、陛下に言った。
『ぼく、あんなにかわいいこ、はじめてみた。てんしさまかとおもったの。だからね、おそらにとんでいってほしくなくて、ほっぺたにチューしたら、おどろいちゃって……。ぼくね、あのてんしさまをおよめさんにしたい』
当時、王子は天使のように愛らしく注目を浴びていた。女の子のように可愛かった。王や王妃は愛息子を溺愛していた。でも、サンドリーノ殿下は自分の立場を弁えていて、自分から何か強請ることは滅多に無かった。その王子の初オネダリ。両殿下は愛息子の初恋を叶えてやりたかった。
『でも、ジオヴァナにこのことは、いっちゃいやだよ。おそらにとんでいってしまうかもしれないから』
あくまでも内密に。と、念押しするサンドリーノの愛らしさに両陛下は胸を撃ち抜かれ、何度も盾に首を振っていたぐらいだ。すでにその年で相手を篭絡する術を持っていた殿下には頭が下がる。殿下は公爵令嬢に強く執着しだした。毎日のように公爵邸にご機嫌伺いに言って、公爵夫婦の心も鷲掴みにした。その為、二人の婚約は何も知らない公爵令嬢の裏側で速やかに決まった。
殿下はエスメラルダ公爵令嬢を良く見ていた。その為、彼女の顔が少しでも曇るとその原因は何かと調べ上げて(諜報員たちの涙ぐましい努力によって)、次に会う時には、彼女を笑顔にしていた。
殿下に振り回されつつあった諜報員たちは、殿下達が学園入学の年には最大の危機を招いた。学園の入学まであと三か月と言う時に、殿下が突然、とち狂ったことを言い出したのだ。
『ああ、駄目だ。駄目だ。ジオヴァナは美しすぎる。学園に通い出したら皆に注目されるに違いない。僕以外の男性の目にジオヴァナを映したくない』
殿下は学園を飛び級できるほどの頭脳を持っている。その優秀なお方は独占欲が強すぎた。その結果、令嬢が不安を抱えて学園に通えなくなると、これ幸いと間諜の長であった令嬢の実兄に令嬢の成りすましを命じ、自らも影武者を立てて学園をバックレて、公爵邸に通って令嬢の側にいたくらいだ。
二人の甘~い雰囲気に周囲が無言を貫き、この拷問のような時間があとどれだけ続くのかと長期戦を覚悟した時だった。ある声が割って入ってきた。
「ジオ!」
「まあ、マリー」
「ごめんなさいね。何の前触れもなく来ちゃった」
貴族の方々はお相手のお屋敷に訪問する前に、先触れを出して訪れるものだが、ミラジェン子爵令嬢マリーザは先触れなしに訪れることを、エスメラルダご当主夫妻はもちろんのこと、ご子息やご令嬢にも許されていた。
それだけ気安い仲ということもあるが、ミラジェン子爵令嬢は、公爵子息の婚約者でもあり、公爵家の者にしてみればすでに家族のようなもの。約一名を除いて、この場でそれを咎める者はいなかった。
ジオヴァナは、甘い陶酔から目が覚めたように席から立ちあがった。その隣の席で一瞬、ミラジェン子爵令嬢と目が合い、忌々しい表情を浮かべた殿下だったが、
「全然構わないわ。マリーなら大歓迎よ。ね、サントさま?」
と、ジオヴァナが振り返ると、「あ、ああ」と、むりやり笑顔を作っていた。いいところで邪魔されたと思っているのは明らかで、マリーザと共にこの場に現れたシルヴィオは、殿下の反応を見て苦笑していた。
「きみには遠慮というものがないのか? ミラジェン子爵令嬢」
「サントさま。良いのです。マリーには──」
厭味ったらしく言い放った殿下を見て、マリーザはむっとした様子を見せた。ジオヴァナは、殿下が先触れもなく姿を見せたマリーザを良く思っていないと感じたようで、即座にそれは違う。公爵家で許しているのだと言おうとした。しかし、その前にマリーザは頭を下げた。
「申し訳ありません。まさか挙式を来月に控えているお方が、文官が運んできた書類を一つも終えることなく勝手に姿を消し、こちらに居座っていたなどとは思いもしませんでしたので。皆でお捜しいたしましたのよ」
「……!」




