2話・安心して、夢じゃないよ
『まえにもこんなことがあったような──?』
『ジオヴァナ?』
そこで動きを止めた彼女に殿下は異変を感じる。ジオヴァナはふいに頭の中に押し寄せてきた記憶の渦に飲み込まれそうになっていた。遠い日の記憶だと何となく分かった。今を生きる自分の記憶ではなく、この世に生まれ変わる前の人生の記憶。それも死んだ時の記憶が鮮やかに蘇ったのだ。
前世ではジオヴァナはごくごく普通の家庭の女の子で、両親や兄弟と暮らしていた。中学3年生くらいだったと思う。学校の夏休みに父の実家に遊びに行き、従妹たちと川辺で遊んでいた時、頭に飾っていたリボンのついた髪飾りを川の中に落としてしまい、それを取ろうとした時だった。足を滑らせて頭を打った。そこから記憶がないので、おそらくそれがきっかけで亡くなったと思われる。
その記憶を思い出したジオヴァナは悲鳴を上げた。
『きゃあああああ!』
『ジオヴァナ、ジオヴァナっ』
必死の殿下の呼びかけで彼女は我に返ったが、彼女が悲鳴を上げたことでわらわらと近衛兵や、近くにいた貴族たちが集まってきた。ジオヴァナは突然、前世の記憶が蘇ったことでショックに陥り、その場で発作を起こした。すぐにジオヴァナは屋敷へと連れ帰られることになったがその後、すぐにサンドリーノ王子とジオヴァナの婚約は結ばれた。ジオヴァナは、その婚約が結ばれたのは、あの時の自分の失態によるものだと思っていた。
「あの日、わたくしが発作を起こしたりしなければ、一緒にいた殿下が責任を取る形でわたくしと婚約することにならなかったはずなのに……」
「きみは私との婚約は嫌なのかな?」
殿下の顔が一瞬、曇る。ジオヴァナは顔を横に振った。
「いえ、自分が不甲斐ないだけなのです。ただ、殿下が責任を取る形でわたくしと婚約してくださっているのならば心苦しいと言うか──」
「なんだ。そんなことを気にしていたのか。問題ないよ。仮にあのようなことがなくとも僕はきみを選んでいた」
「……殿下?」
今まで思っていたことを吐露すれば、殿下は安心させるように笑いかけてきた。
「あの日、私はきみに一目惚れした。だから陛下にお願いした。あの子と婚約させて欲しいと」
「わたくしを殿下が?」
「あれ? 言ってなかった?」
「初めて聞きます」
「そうか。言ったものと思い込んでいたよ。私がきみを望んだ。それによく思い出してみて。あの日のことは周知されていないだろう? 陛下や私がかん口令を敷いたから」
言われてみれば、あの日、ジオヴァナが発作を起こしたことは王宮で噂にもならなかった。
「だから気にしなくていい。誰かに何か言われた?」
「いいえ。ただ、幸せ過ぎて深く考えてしまうというか……、これが夢でないといいなって」
「安心して。夢じゃないよ。私はきみが好きすぎて、その想いでこの身が滅しそうなくらい愛している」
「殿下……」
見つめ合う主人たちを前に、ジオヴァナ付きの侍女や、殿下付きの護衛達は目を逸らした。二人の間にはいつも甘い雰囲気が漂っている。陰で見守る諜報員たちも直視できない状態である。
しかし、殿下の部下たちは知っている。温厚に見える殿下がいかに腹黒く、策略家であることを。




