1話・不安になるのです
ある穏やかな日に、ジオヴァナはサンドリーノ殿下を屋敷に招いて、テラス席で二人だけのお茶会をしていた。来月には二人の結婚式がある。ようやく待ちかねた相手との婚礼に想いを寄せて、ジオヴァナは今までのことを振り返っていた。
「こうしてサントさまと一緒になれるなんて夢のようですわ」
「夢にしてもらっては困るよ。僕だってきみとずっと結ばれることを望んできた」
「……本当にそう思います?」
ジオヴァナは一瞬、顔を曇らせた。彼女は殿下との婚礼を楽しみにしている一方で、大きな不安を抱えていた。
「まさかきみは僕を疑っているのかい?」
「そういうわけでは……。ただ、時々不安になるのです」
「何を恐れているの?」
「わたくし達の婚約は、わたくしのせいで結ばれたようなものでしたから」
「ジオ」
ジオヴァナは俯いた。ジオヴァナは6歳の頃、王宮で開かれた王子達とのお茶会に参加していた。第一、第二王子はすでに婚約者が決まっていたので、第三王子と年を同じくする者や、年が近いご令嬢方の母娘は、第三王子に見初められようと着飾って参加していた。
ジオヴァナはエスメラルダ家の跡継ぎで婿を必要としていた為、お茶会には王家に顔つなぎで参加したようなもの。母親に連れまわされて顔馴染みの者へ挨拶に回っていた。そのうち母親の話が長くなり、痺れを切らした彼女はお菓子コーナーに向かい、一人大人しくお菓子を頂いていた所に、そのテーブルの下からひょっこり顔を出した相手を見てギョッとした。
『サンドリーノでんか? どうしてここに?』
『きみかわいいね。おなまえ、なんというの? まわりがうるさくてにげてきちゃった』
『わたくしはエスメラルダこうしゃくのむすめのジオヴァナともうします』
『ジオヴァナか。どうしてきみはここにいたの?』
『わたくしは、ゆくゆくこうしゃくけをつぐものですから。みなさまとしりあっておきなさいっておかあさまが……』
『ああ、だからか』
殿下は何かを悟ったような表情をしてから、手を差し出してきた。
『むこうに、おうけじまんのていえんがあるよ。いってみない?』
『よいのですか? きょかがひつようなのでは?』
母の公爵夫人からは、お茶会の場である広間からは出ないように言われていた。宮殿内部に勝手に入るのはもちろん、庭園などには王家の許可なく入れないと口を酸っぱくして言われていたので、良い子のジオヴァナは母親の言いつけを律儀に守っていた。
『だいじょうぶ。だってぼくがいっしょだよ。きょかなんてひつようないよ』
そう言われて好奇心が湧いたジオヴァナは、サンドリーノ殿下の手を取った。殿下は優しく手を引いてくれて、生垣で仕切られた庭園の中を案内してくれた。庭園の中では白や赤や黄色の花々が咲き乱れ、中でも薔薇のアーチは素晴らしく、そのアーチを越えた先に、殿下お薦めの小川の流れる池があった。その前で二人並んで身を屈め、小川の中を泳ぐ小さな魚たちに魅入っていた時だった。ジオヴァナの髪を飾っていたリボンが小川の中に落ち、それを拾おうとしたジオヴァナは既視感に見舞われた。




