4話・おさぼりはいけません
慇懃無礼に嫌味を返されて、殿下は子爵令嬢を睨んだ。それに子爵令嬢は怯むことなく言い放った。
「ご安心下さい。殿下が手つかずで残された書類整理の方は、こちらのシルヴィオさまが指示を出して本日の分は終えられましたので。さすがはエスメラルダ公爵子息。王妃さまが嘆かれておいででしたわ。殿下が許婚と交流を深められるのは大変良いことだけど、執務に影響が出るようならば今後のことは考え直した方が──と」
あなたの婿入りの件が取り消しでもされたら大変ですね。と、マリーザは見据えて言った。彼女の母親は王妃さまとは親友同士で、彼女の父親は公にはされていないがある王家の直系に繋がる。もともと王妃は、殿下とマリーザを婚約させる気でいた。それが、殿下がエスメラルダ公爵令嬢であるジオヴァナを見染めたので、王妃は自分の甥をマリーザに宛がった経緯があった。
この場ではっきり殿下にもの言いできるのは、マリーザ以外にいなかった。青ざめた殿下は椅子から立ち上がった。
「ジオ。また来るよ」
「サントさま?」
慌ただしく去っていく殿下を見て、諜報員はマリーザに拍手喝采を送りたくなった。恐らくこの場にいた使用人達も同じ気持ちだろう。マリーザは殿下の代わりに席に着いた。
「ごめんなさい。ジオ。殿下との逢瀬を邪魔して」
「いいの。今のあなたの発言で気が付いたけど、殿下はお仕事をサボっていらしたのね?」
ジオヴァナは優秀な殿下がまさか政務を放り投げてまで、自分に会いに来ていたとは知らなかったらしい。兄のシルヴィオは二人の令嬢の為に、お茶を入れ始めていた。
「本当に困ったお方」
「あなた方に迷惑をかけていたのね。御免なさい」
「ジオが悪いわけじゃないわ」
「でも……」
今日はジオヴァナの双子の兄であるシルヴィオが、ミラジェン子爵令嬢であるマリーザとの婚約が正式に決まって、両陛下にそのご挨拶に伺っていた。その親友であるマリーザが深くため息をついているのを見て、ジオヴァナは居たたまれない気にさせられた。マリーザは、ジオヴァナに気にしないように言った。
「おかげさまでリーノさまと、私と、ヴィオとで三人で仕事を裁くのも慣れて来たし。でもね、当の本人がいないとその分、文官が肩代わりして仕事が増えてなかなか定時で上がれないようでね……」
ジオヴァナは前世の記憶持ちだ。前世では父親が会社員をしていたので、定時で上がれないと帰宅が遅くなるし、父の帰りを待つ母が心配していたのを覚えている。文官の家族も困っているだろうと、容易に想像がついた。親友が困ったような顔をして言うので心に決めた。
「分かったわ。わたくしも殿下がサボらないように目を光らせるわ」
「ありがとう。ジオ。よろしく頼むわね」
ジオヴァナは親友の頼みには弱かった。次の日から殿下の執務のお手伝いをしたいと言って、王宮に通い出すことになった。そのおかげで殿下の仕事はかなりの速度ではかどるようになり、マリーザも許婚との交流が増えて笑顔が増えてきた。諜報部隊も殿下からの無茶ぶりが減り、ストレスは軽減した。あとは時々執務室で、不意打ちで甘い雰囲気が飛び交うとかなんとか。そこに対しては対策が用意できないので、あえて無視するしかないようだ。
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