3話・今度は娘がやってきた
「店長」
「どうした?」
「あの……、セレビリダーデ侯爵子息のお連れ様がまた──」
しばらくすると別の厄介事が持ち上がった。このお店をご贔屓にして下さっているセレビリダーデ家のご子息が、空色の髪のご令嬢を連れて来店するようになったのだ。セレビリダーデ家と言えば、ご当主が宰相閣下で、王妃さまのご実家でもある。
セレビリダーデ子息のご次男さまは、大富豪貴族ミラジェン子爵のご令嬢と婚約を交わしている。そのご子息は何故か、許婚であるミラジェン子爵令嬢ではなく、空色の髪のご令嬢を腕に纏わりつかせてやってくる。
初めて彼らが来店した時に、その場に居合わせなかったカッソは、ニコラスさまのお連れ様が、「桃色の髪のご令嬢」と聞き、嫌な予感がしたものだが、名前を聞いてやっぱりと思った。桃色の髪のご令嬢の正体は、あのサロモネ男爵夫人の娘だったのだ。
二人は仲が良くべたべたと引っ付いて、傍から見ても恋人同士にしか見えなかったようだ。
その彼女はニコラスに何か買ってもらった後、不審な行動に出た。二人で一度お店を出た後、一人で引き返してきて、彼に購入してもらった品物とは別の品物を指差し、「これを貰うわ。ミラジェン子爵につけておいて」と、言ったらしい。
さすがにそれは……と、咎めた従業員が断ろうとすると、
「あたしはマリーちゃんとは幼馴染なのよ。マリーちゃんはね、色々と忙しくてあたしが代わりに彼のお相手をしているの。そのお駄賃として好きなものを頂くのだから何か問題ある? マリーちゃんは大金持ちだし、支払ってくれるわよ」
と、何の罪悪感もなしに言い張ったそうだ。
そしてなかなか彼女が店から出てこなかったからだろう。一度、店を出たセレビリダーデ子息が再び店に顔を出した。
「どうした? メローネ」
「あたし、マリーちゃんにね、このネックレスを頼もうとしたら……、店員さんがダメだって」
「何故だ?」
「ミラジェン子爵家にツケでと言ったら断られちゃった」
悲しそうに言うメローネを見たニコラスは、従業員に命じた。
「そこのきみ。次期ミラジェン子爵の私が許可する。この分はミラジェン子爵家にツケておいてくれ」
と、いうやり取りがあったと聞き、普通はそこでセレビリダーデ侯爵子息が止めるべきではないのかと思ったが、宰相の息子であり大富豪であるミラジェン子爵家に婿入りする予定の彼の心はすでに、ミラジェン子爵家当主気分のようである。店の一従業員であり、平民でしかない我々は、お貴族さまには基本、逆らえない。
セレビリダーデ侯爵子息の言動がおかしいのでは……と、指摘できる立場でもないので、もやもやとした気持ちを抱えつつも飲み込むしかないのだ。
サロモネ男爵夫人の一件が済んだと思ったら、今度は娘のご令嬢。セレビリダーデ子息と、サロモネ男爵令嬢の仲はどうなっているのか知らないが、二人のことはカッソにとって悩みの種となりつつあった。
そんなある日の事。あるご令嬢が現れた。身なりがしっかりとした優秀そうな顔立ちの女性だった。自分はミラジェン子爵令嬢に仕えている侍女ナザリーだと名乗り、手にしたポーチから何枚かの請求書を取り出した。
「今回、こちらのお店からお嬢さまが購入した覚えのない品々の、請求書が届いたものですから確認に参りました」
「セレビリダーデ子息からは、何も聞いておられませんか? これらはセレビリダーデ子息が、ツケておいてくれとおっしゃったものです」
「お嬢さまに一切、品物は届いていないのですが?」
「こちらは子息が来店時の記録を残したものです。ご確認をお願いいたします」
さすがはミラジェン子爵家。お仕えしている侍女自らおかしいと気が付いて確認に来るとは。子爵家で働いている者達は有能なようだ。カッソがミラジェン子爵令嬢の許婚が来て、ツケで購入したことを告げれば、ナザリーが納得のいかない顔をした。
そこで見てもらった方が早いだろうと、セレビリダーデ侯爵子息がツケで購入した物の一覧表を見せて確認してもらうことにした。その一覧表には、日時と同伴者の名前、そして購入した物が記されていた。
「セレビリダーデ子息とサロモネ男爵令嬢が? ああ、なるほど。品物はサロモネ男爵令嬢のもとに?」
「恐らくそうだと思われます」
「あのくそ陰険眼鏡野郎……」
ナザリーは一覧表を見て察したようだった。段々目が吊り上がっていく。カッソは彼女のその表情と呟いた一言で、セレビリダーデ子息はミラジェン子爵家でどう思われているのか悟ったが、何も聞かなかったことにした。
「では私はこれで失礼致しますわ」
頭を下げてナザリーが店を出ていき、閉店間際になって一人のご令嬢が共に付けずにやってきた。銀髪に綺麗な顔立ちで見目麗しく高位貴族のご令嬢に思われた。ご贔屓筋の貴族のご婦人方や、ご令嬢と接することに慣れているカッソでも、息をのむほど美しいご令嬢だった。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」
「私はあなたに用があって参りました」
ご令嬢はまっすぐカッソを見た。そしてあることを問いかけて来た。そこでカッソは彼女に訪ねられるがままに答え、後にミラジェン子爵家でも同じように証言して欲しいと打診を受けた。




