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ブラックなネコ  作者: 椿 雅香
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富岡武史さん

 富岡武史さんは、井田屋食堂の常連さんです。

 公子さんが最初に覚えた客の一人で、ほとんど毎日のように、仕事が終わると――下手へたすると昼も――ご飯を食べに来ます。

公子さんと同じぐらいの年頃ですが、初めて会ったとき、その容姿の美しさに驚きました。男の人の容姿を美しいと表現するのもおかしな話ですが、本当に奇跡のような容貌なのです。


 ウチが十人並みの女子(本当はおばさんですが、十八歳に若返って外見が中身と一致したのです。いつの間にか、本人は十八のつもりになっていました)なのに、男のこの人の容姿がここまで良いのは、不公平や。


 神様は、時々理不尽なことをします。

 どうせなら、この人を美しい女子に生まれてくるようにすれば良かったのです。いえ、せっかく異世界へ来ているのですから、この人の容姿を公子さんのものにしてくれれば良かったのです。

 ただ、天が二物を与えなかったのは事実のようで、この人には女子力というものがからっきしないようでした。

 ま、女子じゃないので女子力がなくても良いのですが、平成だったら、家事のできない男子はモテません。公子さんが、斬って捨てるように決めつけたのは、やっかみがあったからかもしれません。

 つまり、富岡武史という美青年は、自炊する甲斐性が全くないのです。だから、惣菜を買うか、食堂を利用するしかないのです。そして、公子さんの見たところ、惣菜を買って一人わびしく食べるのが嫌なのでしょう。だから、全面的に井田屋食堂のお世話になっているようです。


 武史さんは、本屋さんで働いているそうです。話してみると、物腰もやわらかく、教養もあって、いかにも本屋の店員さんという感じです。

 話題も豊富で、近頃流行りの小説のことから自然科学のことまで知っていて、本屋の店員にしておくのはもったいないほどの人物です。

 これで、女子力があったら、モテモテでしょう。

 少し人見知りなところがあって他人と打ち解けにくいという話でしたが、「世界は一つ、人類はみな兄弟」を地で行く大阪のおばちゃんにかかったら、武史さんの人見知りなんかひとたまりもありません。気が付くと友だちになっていました。


 いやあ、目の保養やわ。男でも美しいものは美しいし。BLやったら、やられる方(受け)やろか。こんなイケメンと友だちになれるなんて。異世界このツワー最大の収穫やわ。


 ご機嫌な公子さんは、武史さんが来ると、さりげなく観察したり、話しかけたりしました。

 まあ、ストーカーと思われるのは嫌なので、ほどほどにとどめましたが……。

 でも、コンサート会場でもなければ、劇場でもないのに、至近距離でイケメンを見れるのです。


 いやあ、役得やわ。食堂の店員って、美味しい仕事やったんや。


 いろいろ尋ねたり、よくよく観察したりしていると、いろんなことが分かって来ました。富岡武史さんのプロフィールなら任せてって気分です。


 年齢は十九歳。八月に誕生日が来れば二十歳になります。身長は多分百九十センチ以上。対して体重は七十キロほどで、どっちかというとやせ形です。顔は美形で、視力が悪いらしく銀縁メガネをかけています。ラーメンやうどんといった麺類と食べるとき、眼鏡を取った姿を拝めるのですが、それはもう、俳優も真っ青なイケメンです。コンタクトレンズにすれば良いのに、というのが公子さんの感想です。

 血液型はAB型。二重人格なのでしょう。

 去年の五月にこの町へやって来て、駅前の宮森書店という本屋さんで働いています。住んでいるのは、映画館の裏にある小さなアパートです。

 肉より魚が好きなようで、焼肉定食と刺身定食の二択だと、七割の確率で刺身定食を選びます。

 動物も嫌いじゃないようです。特にネコが好きらしく、側にネコが来ると、手を伸ばして話しかけたりしています。

 動物好きは総じて、イヌ派とネコ派に分類できますが武史さんはネコ派なのでしょう。公子さんとは逆です。

 

 でも、ある日、武史さんの奇妙な行動を目撃してからは、認識を改めました。

 この人も公子さんと同じように、公子さんが元いた世界か、あるいは、他の第三の世界から、今現在公子さんがいる世界へやって来た人だと確信したのです。


 ある日、公子さんが出前から帰って来ると、武史さんが食事を終えて店を出るのと鉢合わせしました。「ありがとうございました」と、挨拶して店に入ろうとしたとき、何かが道を横切りました。よく見ると、道を横切ったのは黒いネコです。その瞬間とき、武史さんが体を強張らせたのです。その様子を目撃した公子さんは、武史さんが迷信深い人なのだと思いました。

 でも、次にとった行動で、それが誤りだったことに気付きます。

 武史さんは、ドラマの刑事のようにネコを尾行したのです。不審者の尾行ならまだ分かります。よりによって、ネコを尾行するなんて。あまりにも普通じゃないので、公子さんは後を付けました。つまり、ネコを尾行するする人間を尾行したのです。

 すると、随分と進んだ後で、武史さんはネコの顔を確認したのです。

 武史さんは、ネコの顔をみたとたんにはた目にも分かるほどがっかりしました。それでも気力を振り絞って文句を言いました。

「お前、異世界か未来に兄弟がいないか?いるなら、答えてくれ。僕は、お前の兄弟にお前に帰してもらえと言われた。お前なら、できるか?」

 ネコは、不思議そうな顔でニャーと鳴きました。

 

 どうやら、思っていたネコではなかったようです。普通のネコは、人間の言葉を話しません。

 武史さんは、ガックリと肩を落としました。


 明らかに、武史さんはネコを探しているのです。それも、特殊なネコを。

 

 この人も、こっちの世界に連れて来られたんや。ネコに騙された口や。ウチと一緒や。


 そう言えば、……。


 公子さんは、思い出しました。

 確か、ネコは、元の世界へ帰りたければ、行った先の世界の俺の兄弟に頼めと言っていました。

 武史さんは、元いた世界へ帰りたいのに、ネコ――あの黒ネコの兄弟――に会えないでいるようです。

 ということは、仮に公子さんが帰りたいと思っても、あのネコの兄弟――そっくりということは、多分、額に星の形の模様のある黒ネコなのでしょう――に会えなければ、帰れないということになります。



 気をつけよう。甘い言葉と暗い道。

 

 やっぱり、美味しい話には裏があったのです。

 さて、どうしたものでしょう。

 武史さんに正体を明かして、一緒にネコを探した方が良いでしょうか。


 でも、公子さんは、来たばかりです。まだ、遊んでいません。

 ネコを探すのは、しばらくこの世界の生活を満喫してからでも遅くはありません。それに、日々の生活を楽しんでいる間に――多分、帰るときが来たら――ネコの方から会いに来てくれることになっているのかもしれません。そうです。今は、まだ、帰るときじゃないから、姿を現さないだけなのかもしれません。

 

 大阪のおばちゃんは、楽観的です。


 でも、ネコがそのときじゃないと判断していても、公子さんが帰りたくなったら、ネコを探さなきゃなりません。武史さんみたいに。

 やっぱり、いつでもその気になったら帰れる状態にしておいた方が良いのかもしれません。


 例えば、あのネコの兄弟のネコを飼っておくとかしておけば、気が向いたらいつでも帰れるのです。

 いずれにしても、帰ろうと思ってもなかなかネコに会えないというバカげた事態(どうやら、武史さんはこれなのでしょう)だけは避けた方が良いでしょう。

 だとすれば、公子さんも正体を明かして、協力した方が良いことになります。

 でも、せっかく知らない世界で非日常を楽しんでいるのに、正体を明かしたせいで不自然なしがらみが生まれるのは、面白くありません。

 どうしたものでしょう。



 しばらく考えて、心を決めました。


 まあ良いわ。考えても始まらん。しばらく様子見よ。


 つまり、結論を先送りして、しばらく様子を見る――ほっかむりする――ことにしたのです。

 開き直ったとも言えます。

 見た目は完璧でも、性格なんかは付き合ってみないと分かりません。武史さんがどういう人か分からない以上、軽率に動いて自分の首を絞めるようなことは、したくなかったからです。


 さすがは、アラ還の大阪のおばちゃんです。きっちり計算したのです。




ようやく、公子さんは、富岡武史さんがお仲間だと知ります。でも、遊びたい盛りのおばさんは、スルーすることにします。

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