佐藤公子さんの場合(4)
路地を通り抜けると、商店街がありました。
気のせいか、電信柱の数も電線の数も少ないようです。
異世界って、中世のヨーロッパみたいなもんやと思とったけど、ここって、ぶっちゃけ、日本や。しかも、昔の日本。昭和や。しょうもない。
やっぱ、騙されたんやろか。
それに、普通、異世界転移って、転移した人が聖女になって魔法を使えるようになったり、勇者になって剣の達人になったりしてチートになるのに……。そんな気配もないし……。
だいたい、あの胡散臭いネコの胡散臭い転移って、どうよ。
普通、魔法陣とかが現れたり、車に轢かれるとかして死んで転移するものなのに……。単に、この道をまっすぐ進めって、無茶苦茶あやしいわ。
道を歩いている人たちの服装が野暮ったく、何となくモコモコした感じなのは、冬だからでしょう。空がどんよりした灰色で、今にも雪が降ってきそうです。
みんなコートやジャケットを着ています。公子さんも同じような恰好ですので、周囲に簡単に溶け込めました。
知らない土地で必要以上に目立ちたくありません。そういう意味では、ラッキーでした。あんまり目立つと、それこそ生贄にされたりするんじゃないかと、公子さんは本気で心配だったからです。
町だけじゃなく、道行く人たちが何となく地味に見えるのは、髪の色のせいでした。
公子さんの元の世界――平成の大阪では、人々が集まると、黒だけじゃなく、ライトブラウンからダークブラウン、時には金色、赤、それに緑、果てはピンクや紫まで、様々な色に染めた髪が自己主張していました。
でも、ここでは、禿げ上がった人を除けば黒か白かごま塩だけで、無彩色なのです。
でも、いくら見た目が地味でも、歩いている人の数が元の世界と比較にならないくらい多いので、商店街は賑やかなものでした。
お店の人たちも客を呼びこもうと、威勢の良い声で客引きをしています。
「へい、らっしゃいらっしゃい。今日のおすすめは、天然もののブリ!脂がのって美味いよ!養殖とは味が違う!」
「良いホウレンソウが入ってるよ!おしたしには、これが一番!
きれいな白菜と太くて甘いネギ、ついでにエノキや大根もどうだ!今夜は鍋!鍋にしよう!奥さん、勉強しとくよ!」
「今日は、豚の大安売りだよ!生姜焼きにトンカツ!今晩のおかずは、トンで決まりだ!」
ものすごい賑わいです。元の世界では、阪神タイガーズが優勝したときのバーゲンでもなければ、これほどの活気はありません。
ただ、どう見ても、昭和の商店街。しかも、田舎の商店街なのです。
そういえば、昔の商店街って、こんな感じやった。
公子さんは、実家がある田舎の商店街を思い出しました。
子供の頃賑やかだった商店街も、最近は見る影もありません。共働きが普通になって、昼間町を歩く人がいないせいです。町の人々は、週に一度か二度ロードサイドの大型スーパーへ出かけてまとめ買いします。
田舎では、車は必需品です。公共交通機関があまり便利じゃないからです。バスの便が一時間に一本か二本しかなかったら、仕事に行くにも、お医者へ行くにも、子供を保育所に送迎するのも車がないと不便で仕方がありません。いちいちタクシーを使うのも不経済ですし、バスを一本逃すと一時間待たなきゃならないなんて、時間がいくらあっても足りないからです。
勢い田舎での生活は、どこへ行くにも車を使うことになって、買い物も、商店街より駐車場を完備した大型スーパーの方が便利だということになります。
結局、町の中心部の商店街を利用する人がどんどん減り、そのせいで店が潰れるという悪循環になるのです。
でも、この町の商店街は元気でした。シャッターが下りている店なんかありません。後に、公子さんは、この世界にはシャッターそのものが少ないことを知るのですが、いずれにしても、潰れたまま放置されている店なんかありません。どの店もたくさんの商品を並べて威勢よく客を呼び込んでいます。
これが、異世界……でしょうか。
やっぱり、騙された……のでしょうか。
主婦の習い性でしょう。公子さんは、つい、八百屋の店先の野菜の種類や鮮度それに値段を見てしまいます。いつも行くスーパーよりかなり安いようです。安いだけじゃありません。鮮度も良さそうで、いかにも美味しそうなのです。
そんな公子さんに八百屋のおじさんが声を掛けて来ました。
「ねえさん、見慣れない顔だね」
「うん。ちょっと遠くから来たから」
見るからに、おいしそうな野菜や果物が並んでいます。この値段なら、買わなきゃ損です。買うなら、どれにしよ?と、さんざん悩みました。
「リンゴなんかどうだい?うちは青森の良いの置いてるんだ。甘くて、美味しいよ」
おじさんは、手近にあったリンゴをとると皮をむいて一口大に切りました。そうして陶器の皿の上に置いて爪楊枝を添えました。試食販売なのでしょう。
「食べてごらん。絶対美味いから」
リンゴは、しっかりした歯ごたえがあって甘みと適度の酸味が絶妙で、公子さんはすっかり気に入りました。
でも、買おうとして気が付きました。
公子さんが持っているのは、元いた世界のお金です。つまり、日本銀行券と造幣局で鋳造した貨幣です。これって、この世界で使えるんでしょうか。
とりあえず野口英世さんを取り出して、恐る恐る尋ねました。
「おじさん、これ、使えるやろか?」
「ん?ああ、外国のお金だな。時々こういうの持ってる連中が来るけど、ねえちゃんもその口か?」
公子さんは、耳を疑いました。時々、公子さんのように野口英世の千円札を持った人が来るというのです。
あのネコは、公子さんだけじゃなく、何人もこっちへ送り出しているのでしょうか。何人送り込んでいるのか分かりませんが、公子さんも、その中の一人ということになります。
同じ境遇の人間がいる。
会ったら、この異常な体験を語り合うことができる。
絶対楽しいに違いありません。ワクワクするような展開です。
公子さんが他のことを考えているのに気付かない八百屋のおじさんは、伊藤博文の千円札と岩倉具視の五百円札を見せてくれました。
「残念だけど、それは使えない。ここじゃ、こういうのを使うんだ」
伊藤博文さんも岩倉具視さんも、どちらも公子さんが若い頃、姿を消したお二人です。
あり得へん。
公子さんは声に出さずにつぶやきました。
おじさんは、天井からゴムで吊り下げたザルから小銭を取り出して、
「あとは、こんな感じだな」
と、小銭も見せてくれました。
わっ。昔のお店って、あんな風にザルにお金を入れとったわ。
感心するポイントが違うだろ!と、あのネコがいれば、突っ込みを入れるところです。
おじさんの手の中の十円玉、五十円玉、百円玉は公子さんの財布に入っているものと同じでした。 ホッとしたのもつかの間、公子さんは、とんでもないことに気付きました。五百円玉なんか影も形もないのです。そうです。岩倉卿の五百円札が健在なのです。五百円玉なんかあるはずがありません。
思わず、冷や汗が出ました。
もしかして、ここは異世界なんかじゃなく、過去の日本なのかもしれません。
だとしたら、公子さんが持っている十円玉、五十円玉、百円玉の鋳造年にこの年以降のものがあったら、不自然です。あってはいけないものだからです。ということは、ここが何年か確認して、それ以前のものしか使えないってことになります。面倒というより、絶望的な気分です。早い話、公子さんの持っているお金は使えないと思った方が良いでしょう。
「ここでは、こういうお金しか使わない。だから、買い物するには、どっかで働いて、お金を稼がなきゃな」
元いた世界では専業主婦として、優雅(?)に暮らしていた公子さんですが、異世界で働かなきゃならなくなったのです。
公子さんは、異世界へ行ったのでしょうか?それとも、単なる過去へ行ったのでしょうか?




