次世代の会の恋愛模様(2)
和也くんが玲奈ちゃんと一緒に行動するようになると、傍目には、恋人同士のように見えます。
そうなると、トオルくんやリカちゃんが憤慨しました。玲奈ちゃんと和也くんがくっついて、トオルくんやリカちゃんが振られたと思ったからです。
とりわけ、トオルくんは面白くありません。
以前、公子さんに振られた経験があるからです。こうなってみると、高島アパートの住人である公子さんにも玲奈ちゃんにも振られたことになります。
何でえ。何でえ。二人して、俺を虚仮にしやがって。
喫茶『花梨』でリカちゃん相手にお酒も飲んでいないのに、管を巻きました。
「でもまあ、あの二人、最初から、気が合ってたじゃない。それに、次世代の会だって、玲奈ちゃんが入ったから、男の子と女の子が同じになって数が合うようになったから良いんじゃない?」
「ダメなんだ」
「何でよ」
「キミちゃん、大坂に結婚を約束した人がいるらしい」
リカちゃんにとって、初めて聞く話でした。
でも、さすがは客商売です。内心の驚愕を隠して、以前から知っていたかのように振る舞います。
「仕方がないわね。分かった。トオルくんには、このリカさんが付き合ってあげるよ。だから、あんま、しょげないの」
「リカ、お前、良いヤツだな」
「今頃分かったの?」
「いや、昔から知ってた。何てたって幼馴染だもんな」
「そうだよ。高島アパートの皆さんと違って昨日今日の仲じゃないんだよ。何も言わなくたって、トオルくんの気持ちなんか分かっちゃうんだから」
八百屋のミヨちゃんと魚屋のケイジくんも似たようなものでした。ケイジくんも玲奈ちゃんが好きだったです。だから、玲奈ちゃんが和也くんと行動を共にするようになって、ガックリしました。
昔から、好きな子ができるとトオルくんにかっさらわれたものですが、今回は、トオルくんじゃなくて別の男にかっさらわれたのです。
配達の帰り道、大谷川の河原でミヨちゃんと出会ったケイジくんは、元気がありません。
俺、このままじゃ一生恋人できないかも……。
肩を落とすケイジくんをミヨちゃんが慰めます。
「大丈夫。ケイジくん、すっごく優しいとこあるもん。そのうち、きっと、分かってくれる人が出て来るよ」
「あり得ねえ。お前だって、俺よりトオルや武史が良いんだろ?
武史ってものすごく良い男だもんな。いや、もしかして、和也の方が好みか?
まあ、どっちにしても、俺みたいなヤツ好きになる女なんかいねえさ」
あんまり情けないことを言うので、ミヨちゃんは悲しくなりました。
「そんなことない。私、あんたのこと好きだよ」
「友だちとして、だろ?
それって、男振るときのセリフだよな」
投げやりなケイジくんの言葉に予想外の反応が返ってきました。
「ううん。前から好きだった。
でも、ケイジくん、リカちゃん好きだったでしょ?玲奈ちゃんが来てからは、玲奈ちゃん好きになってたし。だから、言い出せなかった。
私、小学校のときから、ケイジくんのこと……」
引っ込み思案なミヨちゃんにとって、清水の舞台から飛び降りるほど勇気が必要な一言でした。
「……好きだったの」
ミヨちゃんは、恥ずかしさと居たたまれなさに真っ赤になって逃げ出しました。
惚けたように見送るケイジくんには、今のセリフが理解できません。
「何て言った?今、ミヨは、何て言ったんだ?」
呆然と独り言のようにつぶやきました。
秋は、もの思う季節です。トオルくんやケイジくんが、玲奈ちゃんと和也くんの仲を誤解するのも、秋だからでしょうか。
思いがけない展開に付いていけず立ち尽くすケイジくんの前に、ひょっこりと武史さんが現れました。
さっきのやり取りを聞かれたでしょうか。
ケイジくんは武史さんが苦手です。年が一つしか違わないのに保護者然とした風格を漂わせているからです。
武史さんは、いつものように淡々とした様子で「こんにちは」と言うと、どこかへ行ってしまいました。大方、高島アパートの住人の共通の趣味である散歩の途中だったのでしょう。武史さんは散歩するもの哲学しながらするようで、頭の出来が違うことを見せつけられるようで、そういうところもケイジくんは苦手なのです。
大谷川の河原には、ススキが群生しています。
和也くんや玲奈ちゃんが現れる前、中秋の名月の晩に、ケイジくんたち次世代の会は、武史さんや公子さんと月見をしました。いかにも情緒あふれる日本の秋、という感じですが、次世代の会は、花より団子、月より酒を地で行くグループですので、結局、宴会になってしまいました。
いつもと、どう違うんだ?と絡むトオルくんに、公子さんが、月がきれいでススキが風情あるやない、と笑いながら答えたものです。
それを見ていたミヨちゃんはコロコロ笑っていたものです。
あの頃は、公子さんと付き合えるかもってワクワクしていたのに、玲奈ちゃんが現れて玲奈ちゃんを好きになり、その玲奈ちゃんを途中から現れた和也くんに取られ……事態はケイジくんの想定外の方向へ進んでいます。
さして日も経っていないのですが……。
数日後、黒ネコ捜索大作戦の一環として、夜の散歩に出かけた武史さんは、同行した公子さんにケイジくんたちの話をしました。
「男と女の関係がこんな難しいのなら、僕は永遠に恋愛なんかできそうにないと思う。一生、独身だったらどうしよう?」
公子さんは、さっぱりしたものです。
「それはそれで、良いんじゃない?」
「それじゃあ、あのブラックなネコに騙されてこっちへ来た甲斐がないじゃないですか」
食って掛かると、笑われました。
「恋がこんなに難しいて大変やていうことが分かっただけでも収穫や。
でも、リカちゃんやミヨちゃんとデートして、女の子の扱い方っちゅうのが、ちょっとは分かったやろ?」
「そんな、一律に同じように扱えるもんじゃないですよ。それぞれ個性があって、好みもみんな違うんですから」
「それが正解や。でも、武史さん、向こうにいたとき、そんなこと知らんかったやろ?」
「そりゃそうですよ。女の子とデートしたことさえなかったんですから」
「こっちでデートできたし、経験値上ったやん」
何となく言いくるめられたようで、面白くありません。
「ミヨちゃんは、小学校のときからケイジくんのことが好きだったみたいですよ」
「そうなん。一途な子やな。ウチ、そういうの嫌いやないわ」
「でも、可哀相ですね」
「可哀そう?」
「ケイジくんは、一体、何を見てたんでしょうね。彼も、ミヨちゃんのこと、憎からず思ってるって感じだったんです。
でも、リカちゃんが好きだったし、玲奈ちゃんも好きだった。
ただ、恋愛以前に仲間がいて、仲間がいることが当たり前だと思ってたんだ。
仲間の中にミヨちゃんもいたのに。
誰かに恋しても、ミヨちゃんは仲間だからズッと側にいるとでも思っていたんだろうか?」
「空気みたいに、そこにおって当然って思とったんやろな」
「だけど、ミヨちゃんが他の誰かに恋をしたら、彼の側を離れるじゃないですか」
「そんなこと考えたこともなかったんやろ。あり得へんって、思う以前の話や」
「でも、あり得るんだ。
ミヨちゃんは、ズッとケイジくんを好きだったんだ。
可哀相に、どんな思いでケイジくんを見てたんだろう?
ケイジくんがリカちゃんや玲奈ちゃんに惹かれるのをどんな気持ちで見ていたんだろう?」
公子さんは、驚いたように武史さんを見つめました。
「どうかしましたか?」
「あんた、変わったわ」
「変わったって?」
「最初の頃は、女の子の気持ちなんか理解しようとせえへんかった。というか、想像すらできひんかった」
「だとしたら、公子さんのおかげです」
武史さんの賞賛には上の空で、公子さんは悩み始めました。
「どうしたんですか?」
武史さんが尋ねると、十八歳の顔に大人びた表情が浮かびました。
「ええか?ウチ、前から考えとってん。ウチら、何のためにこっちへ来たんやろ?て。
来たちゅうより、呼ばれたちゅう方が良いかもしれん。
そんでもって、ウチらの欠けた部分を補うことが目的やったんやろかって、思とったんや」
「欠けた部分って?」
「武史さんなら、恋するスキル。和也くんなら、就活に立ち向かうスキル。玲奈ちゃんなら、親子の信頼を取り戻すスキル、ってとこや」
「公子さんは?」
「ウチは、非日常を満喫することやから、こっちへ来た時点で目的達成や」
公子さんは一体何を言いたいのでしょう。
「いくら探してもブラックなネコが見つからん。ちゅうことは、この旅の目的が達成されてへんからやと思とったんや。
さっきの話で、あんたの目的は達成されたみたいや。
和也くんの目的は、とうに達成しとる。エントリーシートの書き方なんかはあんたが指導してくれたし、インターンシップみたいなアルバイトで地味な仕事も辛抱強くやれるようになったやろ?
玲奈ちゃんの目的は、ウチがあの子を拾た時点で達成しとる」
「と言うことは……」
「そろそろ、ブラックなネコが見つかっても良い頃やと思うんやけど、どう思う?」
元の世界に帰れる。
それは、武史さんにとって、嬉しいことのはずでした。
でも、向こうへ帰って、あの殺伐とした毎日が始まると思うと、微妙でした。
「何や?微妙な顔して。
嬉しないん?」
「いや、まあ、それは、嬉しいことは嬉しいんですが……」
「元の世界帰っても、ここでのことを忘れんとゆとり持って生活を楽しんだら良いんや。それが、ここへ来た意味や」
公子さんは、武史さんに念を押すことを忘れませんでした。
「そやけど、これは、和也くんと玲奈ちゃんには内緒やで。推論にすぎんし、無駄な期待させたら可哀相や」
「分かりました。じゃあ、ネコ探すの、頑張れって言っときましょうか」
公子さんが、黙って頷きました。
もしかして、こっちの世界へ来た目的が達成したら、元の世界へもどれるかも……という期待がふくらみます。




