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ブラックなネコ  作者: 椿 雅香
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玲奈ちゃんの登場(2)


「その子が、公子さんが拾った向こうの世界から来た子っすか?」

 

 そんなことまで、井田屋食堂ここで話して良いのでしょうか。

 他の人に聞かれたら大問題になりそうで、玲奈ちゃんは絶句しました。

 慌てて周りを見回して、他の客がテレビに夢中なのを確認しました。


 冒頭のセリフは井田屋食堂へ食事に来た二人組に紹介されたとき、ちょっと軟派な青年が笑顔で公子さんに尋ねたときのものです。

 単体で見たら、甘いマスクでかなりイケてる青年ですが、すぐ側に見たこともない美青年がいるのです。比べると、普通レベルに見えました。しかも、他の客がいる井田屋食堂で安易な質問をしてのける軽率さがあります。


 玲奈ちゃんは、何となく身構えました。


「可愛い子ですね」

 美貌の青年が真面目な顔で言いました。


 二人に凝視されて、玲奈ちゃんは体が強張ります。


「もう、二人してにらんだらあかん。

 玲奈ちゃん、怯えてるやない」


 公子さんがかばってくれます。


 女の子のあしらいに慣れているのでしょう。最初に話しかけた青年が自己紹介しました。

「玲奈ちゃんっていうんだ。俺、筒井和也っていうんだ。よろしくね」

 もう一人の青年もそれに続きました。

「僕は、富岡武史だ。よろしく」


 玲奈ちゃんの背中を公子さんがそっと押して、自己紹介するよう促します。

「吉野玲奈です。よろしくお願いします」


 玲奈ちゃんがすごく可愛かったので、浮かれた和也くんがとんでもない質問をしました。

「玲奈ちゃん、君、付き合ってる子いる?っていうか、前いたところで付き合ってた子いた?」


 これを聞いた武史さんが和也くんの頭をはたきました。二人の関係を象徴するような行動です。


「バカ、そんなもんいたって、しょうがないだろ。あっちの恋人は、こっちに関係ないんだ」

「バカってなんすか。バカって」

「そのまんまの意味だ。お前と話していると、こっちまで調子が狂ってしまう。

 玲奈ちゃん、こいつのことは気にしなくて良いから」

「それって、ひどくね?」

「お前みたいなお調子者と付き合うには、このぐらいでちょうど良いんだ」


 玲奈ちゃんは、呆気にとられて、公子さんに助けを求めました。

「公子さん……」


「玲奈ちゃん、気にしなくて良いんや。なにせ、二人は仲良しなんやから。昔から言うやろ?仲がいいほど喧嘩するって」


 それを聞いた二人が同時に否定しました。

「仲良くなんかない!」

「仲良くなんかねえ!」


 シンクロしてしまったことに気付くと、顔を見合せて罵り合います。

「こんな無計画でいい加減なお調子者なんかと仲良くできるか!」

「こっちだって、あんたみたいな冷血漢と仲良くなんかできねえ!」


 二人の勢いに玲奈ちゃんは、怖くなってしまいました。

 こんな人たちと付き合っていけるのでしょうか。

 本当の十八歳なら、こんな無茶苦茶な二人とも上手に付き合っていけるのでしょうか。

 

 そう思ったとき、公子さんが動きました。  

 

 二人の眼の前で手をたたいて、争いを止めたのです。


「いい加減にし。玲奈ちゃん、怖がっとるやない。

 そんなことより、相談があるんや。今夜、良いやろか?」


 失礼。と、咳払いした武史さんが、答えました。

「了解です。いつものように僕の部屋へ集合ということで。時間は、午後八時で良いですか?」

「今日は早あがり頼んであるさかい、ウチらはそれでOKやけど、カズくんの都合はどうなん?」

 ぶすくれていた和也くんも、居住まいを正して答えました。

「ここんとこ残業もないし、オッケーっす。じゃあ、その時間に」


 これで、井田屋食堂での話し合いは終わりです。

 と言うか、居合わせた皆さんはテレビに夢中でこちらの会話なんか気にもかけていないようですが、他の人に聞かれる可能性のある場所でネコの話をするわけにはいかないからです。


 

 武史さんと和也くんは、それぞれの注文したお造り定食とヒレカツ定食の黙々と食べながら、公子さんたちというより、玲奈ちゃんを観察しました。

 

 傍から見ると、仲良しって感じです。でも、女の子って、どうしてこんなに体型が違うのでしょう。

 公子さんは、どっちかというと細見で胸も小さく、少女の色合いを強く残した中性的な体型をしています。

 対する玲奈ちゃんは、身長こそ似たようなものですが、出るところは出て、くびれるところはくびれているのです。つまり、肉感的な体型なのです。二人が並んでいると、玲奈ちゃんの方が年上のように見え、公子さんが気の毒なほどです。

 でも、雰囲気はというと、全く逆です。

 公子さんは、大人びてしっかりしています。それこそ、武史さんや和也くんを褒めたり叱ったり引きずり回したりしてくれます。そして、生活のいろんな局面で二人を助けてくれたり、フォローしたりしてくれます。

 玲奈ちゃんの方はと言えば、会ったばかりですが、雰囲気が幼いのです。もの慣れない様子でおどおどしています。まあ、知らない世界へ一人で流されたら、誰でもそうなるのですが。

 それにしても、生活力がなさそうで、今も公子さんの手伝いと称して、井田屋食堂の従業員の真似事をしているのですが、注文を取るのもモタモタしていますし、できた料理を運ぶ手つきもおぼつかないのです。

 

 きっと、箱入り娘だったのだろうと、武史さんと和也くんは結論付けました。大事に育てられ過ぎて、家事能力のない子供が育つことがあります。きっと、玲奈ちゃんはそれなのだと思ったのです。


 


 その晩八時に公子さんは、玲奈ちゃんを連れて高島アパートへ出かけました。いつものように、差し入れの惣菜を持って行きましたので、武史さんや和也くんに歓迎されたのは、言うまでもありません。


「このアパート、空き部屋あったやろか?」

 公子さんが尋ねると、武史さんが訊き返しました。

「二階に一部屋空いてたと思いますが、玲奈ちゃんですか?」

「いや、ウチもこっちへ来るわ。ウチと玲奈ちゃん、二人で住むことにする」

「ええ?公子さん、こっちへ来るんすか?でも、井田屋食堂の方が、家賃も要らないし、賄い付きだし、条件は良いんじゃないんすか?住むなら玲奈ちゃんだけで良いんじゃ……」

「あかん。むさい男が二人もおるんや。そんなとこに玲奈ちゃん一人置いとくわけにいかんやろ」

「ひでえなあ。俺たち、品行方正っすよ」

「少なくとも、僕はむやみに発情することはない」

「なんでぇ。自分だけカッコつけやがって」

「事実だろう。お前は、ミヨちゃんとリカちゃんの二人を天秤にかけるような節操なしじゃないか」

「天秤にかけるって、今どき、そんな硬いこと言わないっすよ。二人とも俺と青春を楽しく過ごしてるだけっす。誰かさんみたいに、公子さんにお膳立てしてもらっても、女一人口説けないのとは違うんす」


 玲奈ちゃんは、自分だけここに住めば良いと言われたときは、ギョッとしました。でも、いつの間にか武史さんたちの口げんかになってしまったので、何が何やら分からなくなりました。

 バトルを繰り広げる二人の剣幕が恐ろしくて、こんな二人組と付き合わなきゃ元の世界へ帰れないと思うと、情けなくなりました。


「いい加減にしよし。そんな話やないんや」


 公子さんの一言で、武史さんと和也くんが喧嘩をやめました。

 一時休戦です。

 どうやら、三人の中では、公子さんが一番偉いようです。


「ええか?ウチらは本来の年より若返ってるけど、玲奈ちゃんは逆みたいなんや」

「逆って?」 

「どういう意味です?」

 

 和也くんも武史さんも、公子さんの言葉が理解できません。


「簡単に言うたら、本来の年よりズッと年上になってるんや」

「ってことは、今は、パッと見十八ぐらいで、僕たちと同じ年頃だけど、本当はもっと幼いってことですか?」

「あり得ねえ」

「あり得るんや。胸に手ぇ当てて考えてみ。ウチらだって、年齢設定いくつにするって訊かれて、十八って言うたやない。あのネコ、それと同じことを玲奈ちゃんにしたんや。ただ、玲奈ちゃんは、子供やったから、大人になりたいって言うたんや」

「確かに、大人って、うぜえもんな」


 和也くんが、玲奈ちゃんの気持ちに共感したようです。

「あれをしろ、これをしろ。世の中そんなに甘くねえ。若造がって言われて。そんなら、大人になってやらあって思ったもんだ」


 自分の気持ちが分かってもらえたので、玲奈ちゃんは嬉しくなりました。


「だが、大人が子どもにどうこう言うのは、子供の将来を思えばこそだ。子供の間は、世間を知らない間は、大人の言うことを聞いておいた方が無難だ」

「ったく、だから、武史さんは面白みのない大人だって言われるんだ。武史さん自身面白みがないから、そんなこと言うんだよ。

 そんなにキッチリしてなくも良いんだよ。

 ほら、物を作るとき、キッチリ作るんじゃなくて、遊びっていうかゆとりをもたせるだろ?あれみたいなもんさ。寸分も狂いもないって、窮屈で弱い。ちょっと遊びというか、誤差があった方が強かったりするんだよ。 

 そんでもって、子供って、キッチリして無難なものほど、嫌いなんだ」

 

 そうです。お母さんやお父さんは、無難な道を勧めます。それが、玲奈ちゃんのためだから、と言って。

 でも、玲奈ちゃんは無難なのは嫌なのです。波瀾万丈、トラブルが連続する中を火の粉をかいくぐるみたいに駆けて行きたいのです。


「で、無難な道を避けてたら、こっちへ来てしまったってか?生活力もないのに。

 親元離れて、子供が一人で暮らせるわけないじゃないか」


 何という言われようでしょう。そりゃあ、玲奈ちゃんは、無謀だったかもしれません。でも、元の世界では、お母さんやお父さんの命令形や否定形にうんざりしていたのです。

 

 だから、もっと、玲奈ちゃんの気持ちを考えて欲しいと思ったのです。

 だから、ネコの誘いに乗ってしまったのです。

 だから、こっちの世界に来てしまったのです。

 だから……。


 お父さんやお母さんのことを思い出すと、涙が流れました。もう、お父さんやお母さんに会えないのでしょうか。


「武史さん、言い過ぎや。相手は、子供や。

 それに、ウチら三人とも、あのネコの甘言に乗って、こっちへ来とるんや。他人のこととやかく言う資格ない」


 確かにそうでした。


 三人ともネコの言葉にうかうかと騙されて、帰るに帰れなくなっているのです。今さら取りつくろっても無駄です。

 ここにいる四人全員ネコに良いようにあしらわれたのです。何とか、元の世界へ帰るためにも協力しなければなりません。

 喧嘩してる場合じゃないのです。




やっと、全員そろいました。一同は、協力してブラックなネコを探すことになります。

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